§15 因幡兎の血統
やっぱり、まともにやりあえばやられる。
地上に降りるのは歩が悪いと判断した結衣は、空気の波をトランポリンのように張り、跳ね回りながらとにかく制空権を維持し続けた。
彼女が跳ねる度、ビィン、ビィンと弦を弾く音が響いた。
空中から狙いを定め、一発、二発と空気砲を撃つ。
「空に逃げれば有利と思ったか。
馬鹿め!」
セラフィーはにやりと笑んだ。
跳躍。
さすがに結衣はあぜんとなった。気付けば、敵は結衣よりはるか頭上に居たのだ。
「海獣を使い、海から海へと渡った伝説の兎〝因幡の白兎〟を知っているか?」
ウサギの耳がひょいっと揺れる。
セラフィーはビルをも越える高度から結衣に刃を向けた。
「私の曾祖母だ」
空中戦闘が相手の領域だと悟った時には、もう遅い。
ここから音波で防御しても、再び断ち切られる。
回避したところで、地上から返ってくる第二波を避けられないだろう。
どうする。どうすればいい?
パニックになりそうな頭をなんとか鎮め、結衣は努めて冷静であろうとした。
だが、なまじっかきれる結衣の思考回路は、どんな状況を想定しても最悪の答えしか返してくれない。
「終わりだッ!!」
凶弾の如く、切っ先が結衣めがけて落下してくる。
もう祈るしかなかった。
神や仏にではない。
五年前のように、どこからともなく現れ命を救ってくれるヒーローにだ。
結衣は、声なき声で叫んだ。
小高先輩――ッ!!
「きぃぃーーりぃーーさぁーーきぃッ!!」
聞き覚えのある、大声。
目頭が熱くなる。
本当に、彼がやってきたのだ。
結衣はクリスタルをぶん投げた。
クリスタルを手放せば、結衣はもうこの高度から身を護る術がない。
それでも迷わなかった。彼なら、必ずどうにかしてくれる、そう信じていた。
途端に、結衣は巨大なシャボン玉に包まれた。
「チッ!」
女騎士は動揺するが、攻撃は止めない。このままバリアごと突っ切るつもりだ。
刃の先端が泡に届く、その瞬間。
「爆ぜろッ!!」
パンっと、シャボン玉が散った。
不意打ちに女騎士の体は投げ出された。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ジェット・ジャグジーで空中まで跳躍した藤也が、結衣の元へやってくる。
結衣と白髪の藤也がクリスタル越しに手を合わせる。
何を、どうすればいいのか、どうして欲しいのかが瞬時に理解できた。
「先輩……お願いしますッ!!」
ドンッ!!
結衣は空気砲で藤也を撃ち放った。
クリスタルを彼に預けたまま、反動でさらに高い空まで舞い上がる。
加速を得た藤也は、泡で包み込んだ拳を相手に突き付ける。
不安定な体勢の敵はこの速度に対応しきれず、藤也は相手の懐に飛び込んでいた。
「もう一発、爆ぜろォ!!」
その一撃は、もはや火薬を積んだミサイルに等しかった。
衝撃で錐揉みしながら、セラフィーは落下していった。




