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§13 トトキと霧崎

 汗だくになって五人分の氷を粉砕し、藤也がやっと自分のかき氷にありつけたころ、本日の炊事係である海斗から、「ごはんですよー、はやくおりてらっしゃい」という声色が響いた。


 たき火の周囲に各々座ると、トトキがお皿を配ってまわる。共同生活の中にいるのだから、彼女にも仕事が与えられているわけだ。


「――――」



 はいっと、トトキにカレーの盛られたペーパー皿とスプーンを渡される。

「おう、サンキュー」

 このサーフィン部の輪の中にトトキが溶け込んでいる様は、見ていて喜ばしかった。



 だが結衣に接するとなると、空気が少し変わる。トトキはびくついた手で皿を渡すと、そそくさと部長の方へと逃げてしまった。

「なあ、霧崎……」

 言うと、本人も思うところがあるのか、

「分かってますよ」

 とため息混じりに呟き、右手でちょいちょいとトトキを呼び出した。


 かにさんやえびさんを揺らし、おどおどとトトキがやってくる。



「あんまり居心地がよくないので、はっきりしておきましょう。

 私はあなたが大っ嫌い」



 おいおい。っと、思ったが、結衣はバカではない。素知らぬ顔して黙っていることにした。

「でも、なりゆきとはいえあなたがこのキャンプに参加している以上、私にとって後輩同然なので。輪を乱すようなことはしたくないです。わかりますね?」



「――――」



 トトキがこくりと頷くのを確認すると、結衣は手を差し出した。

 握手を求めているのだ。トトキは少々驚いた様子で応じる。



「トトキ。すぐに気を許せとは言いません。お互いゆっくりやりましょう」



 結衣が彼女をトトキと呼んで、握手を求めて来た。

 藤也はそこでやっと気付いた。

 そういえば、結衣はトトキを〝トトキ〟と呼んだ事が無い。

 今まで意地になってその名で呼ばなかったのだ。



 トトキの表情にパッと花が咲いた。

 握った手をもう片方の手で包み、ぶんぶん上下に振って喜びを表現する。

「ちょっと!

 もー、すぐにとは言ってないでしょう!?

 ……あー、痛い痛い、うひゃぁ!」

 ばっ、とトトキが結衣に飛びついた。地面にもんどりうつ結衣は悲鳴を上げながら、やがて藤也にSOSを発信する。

 藤也はちょっとそうやってるのもいいだろうと、知らぬ顔で食事を続けていた。


「小高見てくれ!

 新発明の『マーマレード丼』だ!」

 唐突に部長が奇声を上げ、自分の皿を突き付けて来た。

 本来カレーが盛っているはずの白米の上に、艶やかなマーマレードがどんっとぶっかけてある。

「米の炭水化物が口の中でブドウ糖に変わることを計算に入れた完全なる甘美!

 カッコイイ俺が求めていた一品だ!」

 部長は割り箸で一塊を空に翳す。

 火の輝きに照らされ輝く白米とオレンジピール。


 完全なる甘美、ね。

 えんがちょにしか見えないが。



「俺はバカだったよ。

 どうしてこの組み合わせに気がつかなかったのか!

 さあ、善は急げだ!

 いただきまーす!」



 ぱくっと一口。



「……んぐ、……!

 ぐ、げふっ、げふっ!

 がはっ!

 ……はぁはぁ……。

 ……。

 …………。

 あぁ。おいしいな」




 この人はもう少し幸せの探求方法を変えた方がいいのではないだろうか。

 トトキとプロレスごっこに興じていた結衣が、

「食事中にゲテ食いしないでください!

 もーっ!

 部長は離れて食事をしてくださいよ!」

 という新たな悲鳴を上げているのを尻目に、藤也は黙ってカレーを食べる。

 不意に胸に腕が回される。

 フリルのついた袖。

 トトキが背中にぴたりとくっついていた。


「なんだよ」


 ぎゅっと体を締め付ける。トトキは何も言わないが、ありがとう、そういう気持ちは伝わってきた。

 別に、なにか特別なことしていたわけじゃないんだけどね。なんかテレくさい。



「わかったから、カレー食えよ」


 そう指示するとトトキはそそくさと走って海斗の元に向かった。

 その背中を見ていると、もうずっと、このメンバーの中にあの子が居たような、そんな錯覚さえしていた。


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