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§12 超能力と機関銃

 トトキのドレスは伊達ではなかった。



 フリルの合間を縫って装備されているぬいぐるみ達は、彼女が逃げ続けるために必要な〝武装〟だったのだ。



 実験は夜、少しスペースのある砂地で行われた。

 なにもない野球場のようなそこで、たき火の灯りに照らされたトトキは、固唾を飲んで見守る藤也たちの前で、服にひっついているカメさんのぬいぐるみを天に放り投げた。

 どん。という音がしたわけではないが、空中で瞬く間に巨大化したカメさんは、藤也たちの身長をゆうに越え、十メートル前後になって地に着陸する。




「おぉー」

 何度か目撃はしたが、こう改まって見せられると感心する。

 それ以外に反応する余地がないというのも本音だが。




「一体どんな原理で巨大化するんですか、このぬいぐるみ」

 結衣が木の枝でこわごわカメさんの足をツツいていたが、突然縮小化を始めたためきゃっと悲鳴を上げて退いた。

「わからん」

 部長が両手を水平に、澄ました感じで言った。

 手のひらサイズのカメさんを回収してきた結衣は、トトキに手渡しながら、

「わからないって。アインシュタインも真っ青ですよこれは」

 トトキはおっかなびっくり受け取る。

 嫌われてるの、気にしてるんだろうな。




「わかってるのは、」

 部長が説明する。

 彼は超能力にずいぶん関心を持ったようで、トトキを連れてあれこれ調べていた。



「ぬいぐるみは最大一分程度巨大化するということ。

 大きさは二十メートルまで任意である。

 ぬいぐるみの硬さや強度も自在である。

 彼女はぬいぐるみしか巨大化させることができないということぐらいか」

「あれ、ぬいぐるみしかダメなの?」

 藤也の問いかけにトトキは頷いて答えた。

 ぬいぐるみしか巨大化できない超能力なんてあるのだろうか?

「彼女はこの能力で、亀や貝のように我が身を護りながらここまで来たらしい。

 なぜぬいぐるみなのかは今一つよくわからんが……。

 俺はとりあえず〝メガファンシー〟と名付けた」

 とりあえず名付けるな。

「最後にだが、ここがミソだ。

 トトキちゃん、あれを」



 トトキは頷くと、胸元をゴソゴソとやり、例のペンダントを引っ張りだした。

「やっぱり、こいつが超能力の源らしい。

 小高!」

 藤也はクリスタルを受け取ると、左手で握りしめた。

 サッと髪の色がシルバーになる。

 デモンストレーションとして、ぷくぷくとシャボン玉を発生させてみた。

「藤也、もっとマジカルエミっぽく!」

 なんでお前のハピネスを捕まえなきゃならんのだ。

「お前のは〝ストライク・バブル〟な。

 異議は却下する」

 勝手に名付けられちゃったよ。

「能力と、それに伴うデメリットも個体差があるらしい。

 やはり理由はわからん」

「はーい質問でーす☆」

 海斗が手を挙げた。

 昼間の浴衣をまだ着ている。



「何かね?」

「それ持ってれば、海斗も超能力が使えるんですか?」

「デメリットを飲めば、おそらく」

「藤也っ! それ貸して!」

 海斗はらんらんとした瞳でクリスタルをねだった。

「馬鹿言うな。

 デメリットの話を聞いてないだろお前」

「ちゃんと聞いてるよー。

 でも藤也だけずるいよー」

 果たしてこいつ、ホントに頭からっぽなんじゃないか?

「部長。なんか言ってやってくださいよ」

「うむ。天野、それは良くない」

 たき火の灯で煌めくグラサンはゆっくり頷くと、

「小高から物をねだるなら色仕掛けから入らないと」

「死ね! 六角グラサン即死しろ!

 おい霧崎、いつもの冷徹正論マシンガン頼むよ」

「毎度の如く服を剥いじゃえば解決じゃないですか」

「あ、そうか。あの浴衣を八つ裂きにうひょーって違う!

 その解決方法絶対違う!」

「いつもやってるのに一体なにが違うんですか。

 あれ、趣味と実益兼ねてて効率いいと思いますよ」

「趣味じゃねぇよ! 衝動的にやってるだけで、断じて趣味じゃねぇよ!!

 うわこの人必死だー、って顔すんなよ!

 くそ、お話にならねぇ! トトキ!」

「――ッ!

 ――――ッ!! ――――ッッ!」

 トトキはすでに説得を試みていたが、海斗のおつむが足りないせいで、

「ねえ、トトキちゃんが大騒ぎしてるけど、なんかの発作じゃないかなぁ?」

 などと言われてがくりと膝をついていた。




「ちげえよ、トトキは危ない事を遊び半分でやるなって言ってるんだよ」

 トトキがふんふん頷く。

「遊び半分じゃないもん! 海斗の藤也への気持ちは遊び半分じゃないもんッ!!」

「あぶねぇ、こいつの読解力もジェンダー意識も何もかもあぶねぇ!!」

「とうやーっ!

 このらぶみーどぅーを受け止めて!!」

 海斗が愛を唱えながら勇んでフライングボディ・アタック!

「やめろくるなどうわっ!!」

 咄嗟にシャボン玉でバリアを張ったときには、もう遅い。



 相手はバリア領域より内側に入り込んでおり、意外な形で弱点を知った藤也は海斗の全体重を受けてひっくり返った。




「……いてて。いったい何を考えたらこの流れで体当たりになるんだ!」

 起き上って怒鳴りつけようとしたが、海斗が上半身に座っているため叶わなかった。

 海斗は舌を出し、悪びれなさそうにえへへ、と笑う。





 間近で見て、どきりとした。




 ひと暴れしたせいで浴衣の着付けが乱れ、左肩の透き通るような肌が夜風に晒されている。肌襦袢などの下着は付けていないため、着衣の崩れは胸元にまで影響していた。

 焚火の淡い光が海斗の華奢なシルエットを強調している。

 背景には無数の星々や月光が煌めき、彼女の笑みを神秘的に感じさせた。



 ――だから、〝彼女〟じゃねーての。



 意識しすぎて昂ぶってきた気を落ち着かせようと、かぶり振り一息つく。

 男のくせに変に可愛いから妙な気分にさせられる。

 良く考えるんだ藤也。見えそうで見えないあの胸は、あくまで胸板だ。

 異性のおっぱいじゃあない。

 そこんとこOK?

 よーし、良い子だ藤也、さすがだ藤也。お前はやればできる子だ!

「あ。

 ペンダント、げっとーっ!」

「あっ!」

 自分を必死に諫めている最中に、海斗はペンダントを手に入れてしまった。

 体当たりの衝撃で落っことしたらしい。

「何やってんですか先輩っ!」

「ホントに色仕掛けで奪われるとは。

 あーあ……情けない」

 非難の集中砲火。

「うわーん、どうして俺一人のせいになってんの?

 コラ海斗ッ! それ返せよ!!」

「やだもんねー」

 海斗は立ち上がり、すたこらさっさと距離をとる。

「ホントに危ないんだよ、それは!」

 藤也が警告すると、海斗はまた悪戯な笑みを浮かべ、





「ちゃんと知ってるよ」





「え?」

 カッとペンダントから閃光が放たれる。

 眩い光に一同が目を背けると、

「きゃーーーーーーっ!」

 と海斗の悲鳴が響いた。

「いわんこっちゃない!」

 閃光が止み、恐る恐る目を開ける。




 そこには着衣を変えた海斗が居た。

 セーラー服である。白い夏服で、朱色のリボンを付けている。

 スカートの丈は膝が隠れるほど長い。

 今時あの丈はないだろう。ちょっと昭和を感じてしまう。

 藤也達の学校は、男女ともにカッターとブレザーが制服だから、中学以来だ。

 なんとなく久しぶりに見た気がする。

 海斗は光ってる間に着替えたのだろうか? いや、一分もない間に浴衣を脱いでセーラー服に着替えるなんて、奇術師でもない限り無理なんじゃないか?

 下に何も着てないのは確認済みだし……不可抗力でな。

 と、すれば。

 まさかあれがあいつの超能力?




「……おー」

 海斗も自分の変化に気付いたようで、長いスカートをひらひら動かし感心していた。

「とうやー、見て見て!

 セーラー戦士に変身しちゃったー!」

「いやお前は斬殺用ティアラも幻の銀水晶も装備してないだろ。

 ただのセーラー服だよ、それ」

「えー。

でも、ちゃんとスティックあるもん」

 そう言ってずいっと得物を持ち出す。

 ずいぶん図太くて黒光りするスティックだな。

「それ、スティックじゃありません。

 どう見てもマシンガンです」

「え。

 ……ホントだ。良く見たら全然違う」

 結衣に指摘されるまでムーン・スティックだと信じて疑わなかったようだ。

 先入観って怖いね。M3マシンガンをスティックと間違えるなんて。

「じゃあさあ、セーラー戦士じゃなきゃ、なんなの?

 海斗は何にメイクアップしたの?」

「よくわからんが……あと、他に所持品は無いのか?」

「無いよー」

 海斗はきょろきょろ見回して確認する。


「セーラー服と機関銃だけだよー」


「「「……」」」



 場が固まった。



「小高、霧崎……ちょっと集合」

 部長の合図で三人の会議が始まる。

「本人気付いてないみたいだがあれって……いや、まさかな」

「そうですよね。いくら天野先輩がコスプレ好きだからって」

「でも言われてみればあのセーラー服、八十年代直撃デザインだぞ」

「おかしいだろ。

 薬師丸ひろ子に変身する超能力って」

「あーあ、ひろ子って言っちゃったよ」

「おかしいも何も、先輩が実際変身してるんですから」

「わかった! あいつサバゲー好きだから、きっとそのせいだ」

「セーラー服である意味がわかりませんが……その辺が落とし所ですね」




 どぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!




 突然の銃声。驚いて振り返ると、海斗が機関銃の試し撃ちを始めていた。

 トトキはびっくりしてあたふたパニック気味に回っている。

「とうやー!

 これなんか撃つとすごい気持ちいい!!

 癖になっちゃいそう!」

 いかんっ! あの恍惚とした目、あいつあれを言うつもりだ!



 藤也は走った。第二射が放たれる。

 間に合え――海斗はマシンガンを撃ち終えると、うっとりとした目で、



「か――い――か――……ンぐぅ!!」



 間一髪! 藤也は海斗の口を塞ぎ、事態の阻止に成功した!!




「ったはぁ! ……何するの!?

 今のセリフ、すごくすごく言いたくてしょうがなかったのに!!」


 こいつ、その内戦車を繰り出して七日間戦争でも勃発させるんじゃないか?

「あるいはラベンダーの香りで時を駆けたりしてな」

 そう言った部長と頷きあう。

 今夜はいい酒が飲めそうだ。

「しょうもないミニコントも結構ですけど、大事な事忘れてませんか?」

 結衣に言われてはっとなる。

 そうだ、デメリットだ!

「おい海斗。体は大丈夫か?

 頭が痛いとか、目眩がするとか……」

「うーん、今のところ無いよ。

 はい、藤也」



 マシンガンに飽きたのか、海斗はペンダントを取り出し、藤也に投げて寄越した。

 途端にセーラー服は浴衣に戻る。







「そもそもデメリットって、そういう単純なものかなぁ」

「どういう意味だよ」

「うーんっと」

 海斗は小首を傾げて虚空を見上げ、少々唸ると、「良くわかんないや」と笑んだ。

 どうせ思いつきで適当な事を言ったのだろう。

 そう断じようとしたところで、ふと思い出す。





 ……こいつ変身前に〝ちゃんと知ってる〟って言わなかったか?




 そもそも、いくら頭がからっぽだからといって、〝デメリット〟に対して警戒心が無さ過ぎるのではないだろうか。

 そりゃあ、藤也だって咄嗟に受け取ったが、悩む余裕が無かっただけで平時にそんな賭けに出ようとは思わない。結衣ではないが、植物人間になってしまった可能性を考えるとぞっとする。ならば、どんな状況なら平気でペンダントを受け入れられるのだろう。

 考えられるのは〝自分のデメリットを知っていた〟……とか。

「おい、海斗」

 気の知れた仲だ、妙な推測をするぐらいならさっさと聞いてしまおう。

 藤也はそう判断して海斗に声をかけた。

「え、何……あっ!」

 こちらに向いた海斗の意識が、間を置かず夜空に奪われる。

 バン……っと、闇夜に煌めきが散る。




 花火だ。



「そういやあ、地元の花火大会、今日だったな。いろいろあって忘れてたわ」

 次々に発射される焔のアートを見上げて、部長が言った。



「海斗は覚えてたよ!」

 それで浴衣を着てたわけか。

 えっへんと胸を張る海斗を見て、なんだか毒気を抜かれた気分だった。

 ちょっと考えすぎだったか。

「小高、手伝え。かき氷作るぞ!」

 部長が調理コーナーで手招きをしている。


「花火といえばかき氷だからな。このためにバッテリー式冷凍庫借りて来たんだぞ」

 じゃあかき氷メーカーも電動にしてくれればいいのに。

 藤也は重たいハンドルを回しながら不服を言った。


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