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§10 結衣の下山

「今すぐ山を下りて、この子を警察に届けるべきです!」



 結衣は高らかに主張した。

 腕時計は十一時と二十三分を示している。

 陽気は絶好調で、円を描くように座っていたはずの藤也たちは、いつの間にか大樹の影に避難しての会議となっていた。


 結衣は憤慨した様子で、立ち上がりながらなにやら熱弁を続ける。

 意外にも、海斗はしっかりと結衣に向き、彼女の正論をふんふん頷いて聞いている。でもたぶん、あんまり問題を理解していない

 いつの間にか縁日で着るような花柄の浴衣に着替えていた。



 部長は木にもたれ掛かって右足立ち膝、左足だらー、聞く気があるのかないのか団扇でぱたぱたと涼を得ていた。そんなに暑いなら皮ジャン脱げばいいのに。




 ――戦闘の直後、デブからペンダントを奪おうとする藤也に、気絶していたはずのノッポが飛びかかり、素早くデブのペンダントで狼に変身した。



 すわ、連戦か!? っと身構えたが、敵は仲間を咥えて脱兎のごとく逃げてしまった。



 狼なのに脱兎とはこれいかに。



「あーもー、ちゃんと聞いてるんですか!?」

 結衣の怒鳴り声。

「俺はちゃんと聞いてるぞ」

 藤也は答えた。少なくともこの中ではもっとも常識人を自負している身だ。

「まったく。ペンダントの後遺症があれだけで済んだからよかったものの」

 敵が逃げて行ったあと、海斗が鏡を持ってきて、藤也の状況を教えてくれた。

 一瞬、目を疑った。

 髪が真っ白に脱色していたのだ。

 まるで老人のようだった。

 戦っている間ずっとそうだったらしい。

 喋れなくなるよりいいけど……うわーん、お婿に行けないよぉ、と嘆く事十分弱。

 ラッキーなことに若く黒々とした元の頭髪に戻ってくれた。



「デメリットが不確定だってことすら、情報が無いままで戦ったんですよ。

 植物人間にでもなったらどうする気だったんですか!?」

「面倒見てくれるって言ったじゃん」

「えっ!

 海斗の居ぬ間にそんな事言ったの!?」

 すると結衣はどかっと樹の幹を蹴り飛ばし、

「ことばのあやにきまってんだろこのろくでなしがぁぁぁぁ!!」

 別人かと思うほどヒートアップしてがしがし蹴り続けた。

「そう言って焚きつけたんだ、ひどーい。

 ……海斗はちゃーんと、藤也の面倒見てあげるからね☆」

「お前はいいよ。

 てか擦り寄るな、また破くぞそれ」

「あ、これはダメ。

 ホントに高いから服ビリNG」

「男同士で変ないちゃつきかたすんなお耽美共め気色の悪いッ!!」

「い、いちゃついてねぇよ! 断じて!

 あとオタンビってなんだよ!」

 藤也は全力否定した。



 それにしても、一番かわいそうなのはトトキだろう。

 彼女は隅っこで正座して、ずっと俯いている。

 やはり責任を感じているのか。

 でもこの状況で正座って、トトキは実際どこ出身なのだろうか?





 ……しかしそれはさておき、端から見ればどんな風に見えるのか。

 少年たちの夏の微笑ましい一コマに見えるのかね。

 夏の日差し、大樹の木陰の男女。

 八十年代にそんな白いイメージの邦画なかったけ?

「小高先輩、聞いてるんですか!」

 ……スミマセン、聞いてませんでした。

 おもいっきり日和ってました。

「ほんと、みんな揃って!

 命の危機なんですよ!

 あの悪の組織とやらが報復に来たらどうするんですか!」

「あーあ。とうとう霧崎まで悪の組織を認めちまったよ」

 藤也がぼやく。

 実際びっくりするほど悪の組織が居たんだから、認めざるを得ないのだろうが。

 藤也としては、悪の組織って、どっかの国の工作員とかを想像していたのだが。

「海斗も本当は、アル・カポネとかゴットファーザーとかそんなの想像してた」

「今となってはどうでも良いことです!

 それより早く警察にこの子を引き渡すべきです!」




「まーまー、そう熱くなるなよ霧崎ぃ。

 いつものクーデレに戻ってさ」

 部長がぱたぱたと結衣に涼風を送る。クールは判るが彼女のどこにデレ要素がどこにあるのか、後で討論をふっかけるとしよう。

「……部長は、次の追手が来たらどうするんですか?」

 結衣がむすっとして尋ねる。

「まあ、カッコイイ俺がなんとかするさ」

 楽観主義の六角グラサンがふふんっとニヒルな微笑みを浮かべた。

 さっきのパンチを見る限り、ある程度信頼していいのかもしれない。

 何気に実弾も使いこなしてたし……いや、それはそれで問題ありそうだが。





 だがここにトトキが居る以上、奴らがまたやってくるというのも確かだろう。

 今度は話し合いもなく、強力な戦力を持ってして。

 結衣の主張通り、トトキを警察に引き渡し、藤也達は下山して身の安全を確保するのがベストというのは理解できるが。

「小高先輩。

 先輩なら、判ってくれますよね?」

 部長を諦めたらしい結衣が藤也を味方につけようと話を振る。

「珍しく頼ってくれるのはうれしいけど。

 ……うーん」

「なんでそこで悩むんですか」

「いや、ずっと気になっててさ。

 トトキがホントに逃げてるだけで、目的が無いのであれば、わざわざこんなところに来るかなぁって」

「確かにな。

 俺なら真っ先に交番に逃げ込む」

 グラサン部長が頷く。

「小高の言うとおり、トトキちゃんの行動にはなにか理由があるんじゃないか?」

 藤也はトトキをちらりと見る。

 ……俯いたまま、微動だにしない。

「そんなこと知りたくありません。

 これ以上首を突っ込むのは嫌です!」

 まあ、そう言うとは思ってたけど。

「でもさー、今トトキちゃんを護れるのは、藤也だけなんじゃないかな。

 今のところ超能力を使いこなせてるのは藤也だけなんだし。

 だったら、藤也と同じ部の海斗達も、一緒に護ってあげたほうがいい気がする」

「冗談じゃありません。

 さっきはたまたまうまくいっただけで、小高先輩、今度こそ死んじゃいますよ」




「だからだよ。藤也は死ぬまで止めないから、海斗達が護ってあげないと」




「……」

 結衣が押し黙る。

「お前ら変な期待してるけどさ、俺はそんなに滅私奉公キャラじゃないぞ。

 逃げるときはお前ら置いてすたこら逃げるからな」

 そう言うと、結衣と海斗にため息をつかれた。なんなんだこいつら。




「とにかく、私はこんな危ない目に会うためにキャンプに来たわけではありません。

 もう付き合いきれませんよ。

 こんなことなら、早く帰りたいです」

「じゃあ、霧崎だけ帰ればいいじゃん。

 下のバス停から帰れるだろ?

 送ってくぜ」

 藤也が気無しにそう言うと、途端に空気が変わった。

 結衣の目つきが変わり、海斗と部長が「あちゃー」っとジェスチャーする。

「え。俺、なんか不味い事言ったか?」



「わかりました」



 結衣は抑揚のない声でそう言うと、テントに戻り、ぱっぱと荷造りを始めた。

 もともとキャンプ用品自体は部長の所有物なので、早いもんである。

 スポーツバック一つ抱えて戻ってきた結衣は、

「さきに失礼します。見送りは結構です」

 と頭一つ下げてすたこら下山を始めてしまった。

 思ったより呆気なかったため、藤也がぼーっと後姿を見てると、

「小高。見送りに行け」

 部長に命令された。

「なんか怖いから嫌ですよ。

 部長が行ってくださいよ」

 ごつっと拳骨で殴られた。



「早くしろ。それから、聞いてくれるかわからんが、ちゃんと謝れよ」

「なんで俺が」

「判んなくていいから早く行け」

 強く言われ、不承不承、藤也は結衣の後を追った。



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