§0 六月の海
――ザザァーン……ザザーン。
六月。
海に入るには、やや早いそんな時期。
潮の香りを運ぶ強めの風に、波は快活なうねりを見せていた。
砂浜を洗うように押し寄せる潮に乗って、少女――四葉は陸に戻った。
彼女が立ち上がると、水気を帯びたダイブスーツが陽の光を受けて輝く。
サーフボードを片手に、海水で濡れた前髪を拭って、自分の快調に微笑んだ。
水温は低く少しばかり凍えるが、今日は日差しもよく、四葉くらいのライトなサーファーにとっては絶好のトレーニング日和だった。
浜辺に人気は少なく、サーファーたちが数人ほど冷たい海に、しかし笑顔で入って行く。
今日はずいぶん頑張って練習したけど、もうちょっとだけ実力をつけたいな。
もっと上達して、お兄ちゃんを驚かせてやるんだ。
みんながどんな顔するのか、夏休みが楽しみだ。
――よぉし!
そんな意気込みを入れて、四葉はボディーボードの格好で再び海上を目指す。
――ウゥゥゥゥーーーゥゥゥンッ!
間の悪い事に、そこでサイレンが鳴り響いた。
何事かはしらないが、海に入ることが出来なくなってしまったらしい。
ちぇ……っと舌打ちして、四葉は立ち上がった。
そこで四葉は異変に気付いた。
にわか雨と言うには早すぎる暗雲。
日差しは遮られ、一気に肌寒くなる。
穏やかだった風が暴れ始め、丘の上の木々が激しく揺さぶられた。
稲光が轟いた。近いところで落雷が起きたようだ。
波は荒れ狂い、人を巻き込む勢いで往来を始める。
……いや、実際に逃げ遅れた人々を飲んでいる!
余りにも急展開過ぎる環境の悪化に、四葉は血の気が引いた。
身の危険を感じ、大急ぎで避難をはじめる……が、
「あっ」
ゴウという音で、体が宙に浮いた。
恐ろしい突風が我が身を襲ったのだと、彼女は知る由もなかった。
……そしてポチャン、と、広大な海の底に消えた。
夏を目の前にして、四葉は二度と地上に戻る事はなかった。