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河の子 二

「王が明後日、儀式を行うと仰せになった。皆の者、奥の間の準備を。あ、いや若い者は貢物の仔山羊を確認しに行け。足りなくなっては大事であるからな。それに……」

 王に付き従って連日続く儀式を取り仕切る神官は言った。

 周りには重数名の神官。その顔に疲労がにじみ出ているものも居る。

「またですか」

 誰かが口を開いた。

「王が神を重視し、我々を重用してくれているのだぞ?」

「しかし『あの約定』から儀式の回数が大変多くなっております。これでは……」


 あの約定。

 人々は老いることから開放された。そう王は言った。まだ信じてない者も多くいる。が、ここにいる人間は疑っていない。王近くに座し、神と関わる事もあるから分かる。

 我らの神は本当にその恩恵を授けるのだ。

 しかし、人々が信じがたいのも分かった。にわかには信じられない、それは途方も無い夢なのだから。

 だからなのだろうか。王は次々と約定をする。特に目に見えて分かりやすい約定を細かく重ねる。人々に、神の威光を刻むために。


「なに、心配するでない。王は神殿への寄進を増やしてくれると、そう仰ったのだぞ? どれだけ掛かっても構わないと!」

「おお……」


 神官たちは皆ただただ喜んでいた。

 その「準備」として運ばれてきたのが人骨であっても特に気にすることはなかった。自分たちの扱いが目に見えて良くなっているという事が彼らの喜びだったのだろう。

 もしかすると、疑問に思ったものも居るのかもしれない。

 しかし、王が行った神々との契約はどれもこれも人知の及ばぬ吉祥ばかりで、不要と叫ぶことが難しかった。

 契約相手である神自体になにか思うことがあっても、どうしようもなかった。その神に仕えることが仕事だったのだから。そこに疑問を挟むと自分自身のあり方に疑問を持つことになってしまう。一朝一夕で考え詰めれるものはそう多くない。

 

 逆に、姫君はあの約定以降表情を曇らせることが多くなった。

 彼女は相変わらず王のことを調べている。そして一人で居る時、会話が止まった時、まぶたを伏せて考えこむ。

 彼女が何をしたいのか。

 正しく答えてもらったことはない。が、彼女から頼まれる「王を見張れ」という望みがその答えでもある気もする。 

 彼女は王が神殿で行ってることを快く思っていない。だから何が起きたかを調べてるのだ。

 しかし、知るだけで足踏みしてるとは前途多難だ。次々に願いは叶えられている。悠長に儀式について調べていていいのか。



 そんな彼女はとうとう捕まった。

 王はいつもより気合を入れて臨んだ儀式を邪魔し、神殿の牢屋に入れられた。

 行動を起こしたのだ。稚拙だろうとなんだろうと。


 王は鬼の形相だった。温厚な姿を乱し、もはや人ではないナニカの顔をしていた。

 怒る事は忘れていた。とにかく素早い式の再開を望んだ。

 幸い一部の焼き物が壊れた程度で、代わりは何とか出来そうだった。深夜を徹して準備をする。そして明日の朝日が登ると同時に、再び儀式を行うと、そういう事になった。


 牢屋への廊下を歩き、そして引き返す。何度も何度も。移動するたびに、遠回りだろうと近道だろうと牢へと続く扉の前を通る。

 そうしている内に昼を越え日が赤く染まる。

 もう何度目かわからない、自分への説得をした。


 別に助けるつもりなんて無い。

 ただ、今の今まで頼まれていたからしていたことで。

 ヒゲギミの望みだったから叶えていただけだ。

 シャルラ姫がどうなろうと知ったことではない。


――本当に?


 しまった、口に出してしまったかなと思った。少しバツの悪い気持ちで、誰に見られたのかを確認する。

 いない。

 そんなはずはない。確かに自分は今返事を聞いたのだ。


――ねえ、オヒメサマ助けましょうよ。そして二人は幸せに暮らすのよ。


 やはり聞こえる。

 だがその声はどこから聞こえてるのか所在を確認することを許さない。はっきりと聞こえるのに近くで話しているとは思えない。

 実際問題見える範囲に人はいないのだが。

 第一この声は何をいっているのだ? シャルラ姫と幸せに暮らす? なんで俺が、そんな事をせねばならない。


――あら? だって好きなんでしょう? くすくす。その真っ青な目とそっくりな目を持ったオヒメサマを。


「お前は……誰なんだ……何故……」

 何故、口にしていない事も分かるのか。


――分かるもの、あなたが彼女に独占欲を抱いてることも。さあ、望みなさい。


 独占欲?

 ああ、そうだ、最初は日常がつまらなかったんだ。

 物心ついた時から厳粛な神殿の中で、義父に距離を取られ。飢えないだけ、素晴らしいか。ついには老いもなくなったようだが。

 そんな中見つけた異分子。

 日常をずらす者。

 飽きるまで構おうと思ってただけなのに。日常の一部になっても飽きることはなかった。


――あなたの目が青く輝いている限り、そしてオヒメサマを望む限り私はあなた方の味方。


 青い目。


――オヒメサマはあなたを見捨てない。父親は見捨てても。


 全く理解できない。

 この声が何なのか、知らない。けれども、いつの間にかこの疑問が消え失せていた。

 代わりに言葉の内容で頭がいっぱいになる。

 姫君を手に入れるとか手に入れないとか。見捨てるとか見捨てないとか。何故そういう話になったのかはまるっきり分からない。

 第一、自分はそんなことを考えたことなど一度もない。

 これからも起きないのだ。


――はやく、急がないとオヒメサマも消えちゃうのだから。


 最後に声は笑った。


***


 結局、なんにも思ってないことを証明するには、この馬鹿げたことを無感動にやり遂げるということが一番なのではないかと思った。

 牢屋に行ってしまおう。

 それは、いくども話した相手に親近感はあるだろう。が、行って話してみて、それ以上の気持ちはわかない事を確認するのだ。


 深夜をすっかり回ってから、暗闇の中を歩いた。

 姫君が居るというのに、ここは手薄だった。ここより大事な場所があるのだ。二度めの延期は許されないから、大半の人々は儀式の間を守っている。少数の人間は眠りにつくことを許された。「お疲れ様」とだけ牢屋の前にいた兵に声をかける。それで、充分だった。

 

 王自体が、既に自分の妹の存在を忘れてるのかもしれない。

 だから逃げられることも、粗雑に扱われることも気にしてない。

 肉親への情は薄い可能性を感じた。


 階段を降りて、半階下に行く。

 神殿に備えられた牢は神を冒涜した、特別な囚人を捕らえる場所だった。

 下々ならまだいるかもしれないが、この国の民の大半が神に強い畏敬を持っている。王宮の隣に併設されたこの最高位の神殿では、牢は閑古鳥が鳴いている。今ここに入らされているのは彼女一人はずだ。

 一部屋一部屋回って扉の小窓から中を確認していた時だ。

「だあれ?」

 不意をつく声。

 一番奥の部屋。

 まだ、心の準備も何もしていないのに先に声をかけられた。 

 ここには、あの声を否定するために来た。無感情で終えなければならない。それなのに声をかけられたら途端に自信がなくなった。

 随分経ったと思う。

「ナラム様」

 もう一度声がかけられた。

 それを合図に金縛りが解ける。自分は動けずに居たのだと気付かされる。


「ナラム様、私をここから出すことは可能でしょうか。私はどうしても王を、お兄さまを止めなくてはならないのです」

「お願い、ここから出して下さいませ」

「ねえ、話を聞いて。分かってる、今まで見逃してくれたのとは違って明確に王に楯突くことになってしまいます」


――あら? だって好きなんでしょう?


 昼間の声がリフレインして頭に響いた。

 はっと振り向くが周りには誰も居ない。また話しかけられたのか、それとも思い出しただけなのか。

 ひとつ分かったのは、姫君に話しかけられるだけで、どんな内容でも幸せを感じていた事だ。足先から背中から頭の天辺から感情が巡り回る。

 決意するのは早い。

 急がないといけない。

 この場を切り上げて、やるべきことをしに行く。誰も居ない場所が良い。今なら人のいる場所が偏ってるから直ぐだ。

「待って! どうなったの?」

 全く可笑しな事にどんな叫びでさえ自分に向かっているだけで悦に入れるのだなと、自覚したばかりの感情を自嘲した。




「代わりに私は何を失うのか」

 その問に声――神は答えた。


――何も。あなたの望みがヒメギミである限り。


 ならば問題ない。

 契約は簡単に行われてしまった。



 私の望みは姫君を手に入れる事らしい。強制的に気付かされた。今は納得もしている。

 姫君は王の契約を止めた。それはたった一日だけだったが、彼女のやりたい事を分からされた。

 王の望みは自分の妻を手に入れる事。なるほど、民思いの賢王にしては随分俗な望みだ。だが、気持ちがよく分かった。ならば精一杯手伝ってやろうと心を入れ替えた。王の望みは私の望みと相反しない。そうなるのだから。


**


 白い個性的な装飾も意外とあっさり慣れた。盃には酒が注がれ、祭壇には多種多様の供物が並べられた。仔山羊は殺された。それでもまだ足りぬと部屋いっぱいに捧げ物が並べられた。

 儀式は粛々と行われた。神官たちは経文を唱える。それに誰もが静かに聞き入る。余りに問題なく進みすぎて、延期されたのが嘘のようだった。

 最後に王が神へ望みを口にする。


「喪われし我が王妃の復活を」

 そう唱えた。


 直後起きたことは、その重大さに対して余りに静かであった。みるみるうちにその場に居た全ての人が動きを止めた。これは比喩ではない、事実微動だにしなくなった。

 次に起きた変化は、足先から順繰りと白く――あるいは灰色か――つまりは色彩を失った。石になった。

 異様なことが起きているのは間違いない。ただ、誰もが最初に動きを止められて反応する人が居なかった。もし反応できる人がいるとすればそれはナラムただ一人であり、

反応しなかった時点で変化は非常に静寂だった。

 次々と見知った顔が異様な事に見舞われている。それなのに不思議な感覚であった。本をめくっているのに近い。常ならば冷静に見えると言われている自分でも流石に叫んで取り乱しただろう。それが、これだ。

 もう普通の感情を持った「人」では無いのだなと思った。


 さあ、ヒメギミを手に入れよう。

ひとまず連載っぽいのは終わり。

でも中途半端なことわかってるので追加その内するかもしれないかもしれないような気がする(曖昧

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