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荒城の姫君 二

 ざわざわと空気が騒ぐ。

 これから始まる事を察知して。


 今は、誰も気づいていない。



 朝の支度の為にやって来た侍女は大きな話題を持ち込んだ。

「え…それは本当? 王が、大きな儀式をすると」

「まだそうだと決まったわけではないのですが……でも日の出る前から沢山の供物が神殿に運ばれています。今までに見たことが無い量であちらこちらから人手を集めているようです」

「……そう」

 最後に行った時はそんな気配はなかった。いつも通り祭司たちがゆったりと動き、日々の祈りを捧げているだけだった。

 彼に教えてもらった情報も特段目新しいことはなく、いつも通りの日々が進んでいると勝手に安心していた。

 しまったと思う。そうやってまだ大丈夫だと、悠長に重臣たちへの説得程度のことしかしていなかった。せめて、神官たちもこちら側につけておければ……準備の邪魔が出来たかもしれない。

 今更嘆いても仕方がない。やれることはやらないと。

「あなた、もっと詳しく分かる?」

 取り敢えずは、第一報を持ってきた彼女に問い詰める。が、侍女は私が何をやっているのかなど知らない。

「あ……申し訳ございません。私はただ洗濯場の女からぼやきを…いえ、あの、そういった話を聞いただけでして」

「そう、いいの、気にしないで」

 自分で確かめに行かねば。この為に毎日神殿へ行って見張っていたのだから。

 兄が神とどうしようもない誓いを立ててしまうのを防ぐために。



***



 普段は静かで荘厳な場所だった。しかし今日は本当に多くの人が出入りして騒々しい。

 兵、下働きの女、一般人、下級役人――祭司でないと見なされるおおよその人間はその手に大きな荷物を持っていた。あるいは荷車を引いていた。

 これは、確かに不思議な状況だった。ここ最近、人の入りを減らしていたから余計に喧騒を強く感じたのかもしれない。が、お祭りでも行われているかのような、そんな賑いだった。 

 そしてどうやら、持ち込まれた物は全て神殿の前の広場へと置かれるのだった。


 人混みを抜けて、神殿の内部に潜り込む。

 それは、慣れた道だった。何より、今日は余りに多くの人がうろついている。波に紛れて入り込むのは簡単だった。

 そして表の祭場を抜け、神官たちの控えの間の廊下をすり抜け奥地の重要な儀式が行われる最深部に向かう。


 ここまで来ると流石に喧騒から遠かった。

 それどころか、朝方だというのに人が通っていない。

「どうしたの……かしら」

 早る心を抑えて、それでも警戒をしながら進む。

 そして……


 骨、骨、頭、骨、人骨。

 王は中央辺りに立っていた。


「何をして……いらっしゃるの?」

 白一色で統一された部屋。そうだ、その装飾品の数々、祭壇も、それに飾る花も、敷かれた布地も、司祭達が着ている服も皆一葉に白い。

 もちろん、そこかしこに積み上げられた人骨も。

「……ああシャルラか。とうとうこの時がやって来たのだ」

 兄の話は頭を通らない。普段より一層妖しく装飾された部屋に目を奪われて仕方がない。

 返事もできず目を奪われると、やがて私が何に驚いてるのか兄はわかったらしい。

「ああ、部屋の事か。これはな、願いを聞き入れてくれる神が『人の骸』を欲する神らしくてな。随分前から墓を掘り返して集めさせていたのだ」

 墓を掘り返す。

 神殿の動向を探っている裏でまさかそのようなおぞましい事が行われていただなんて信じられなかった。だが、もしこれだけの人骨を新たに集めたとしたら……そうじゃないだけマシだと思ってしまったのが悔しい。

「神が?」

「そうだ。いや、これはつい最近知ったことなのだが……どうやら神は一柱だけではないらしい。そして、此度の神はなんと……」

 その先まで一気に言う事が出来ずに兄は言葉を詰まらせる。その焦燥した顔。まるで兄ではない人だった。

 何度か呼吸を繰り返し、体を震わせる。そして、ようやく出た言葉は私を更に驚きの海へと沈めるものだった。

「死んだ人も生き返らすことが出来るのだ!!」

「死んだ……」

「そうだ! そうだぞ! はは、凄いではないか。それが真実なら、我々はもう死を恐れることなど無いのだぞ!! いいや、それだけじゃない。大切な者が死んだ時その復活を願うのはだれだって同じだろう! そうだろう!」


 もし自分の大事な人が死んでしまったら?

 父と母はもう居ない。だから分かった。自分もその死を歪めたくなるだろう事が。

 だけどそれは駄目だ。

 気持ちは痛いほど分かるのだ。どうしようもなく分かるのだ。けれども、その対価とは何なのだろうか? 神は、何も求めずそれを許してくれるのだろうか。

 どうしても恐ろしい事が起きる気しかしない。


「ねえ、お兄さま、今からでも遅くはありません。止めてはいただけませんか」

「何故?」

「死んだものを生き返らせるだなんて、許されるはずがございません。義姉上さまもこのような事を望んでるとは思えないのです」


――お願い思いとどまって。


 死んだものを生き返らせると言う事がどういう結末を迎えるのか。それは悠久の長寿を願うよりも罪深いことに思えた。

 そして、その対価とは如何程のものか。


「誰が許さぬというのか。神か? 神に望んで叶えるというのに」

「その埋め合わせは? お兄さま一人が払いになるだけで済むとは思いません。お願いです、お兄さま。お兄さまはずっと民のために、この国のすべての人の為だけに願いをしてきたではありませんか。その志を……」

「わかってはおる、シャルラ」

「では……」

「分かっていて止められないのだ。手に入れてきたもの、失ってきたものを思えばもう引き返すことなど、私には耐えられない。アレが居ない長寿ほど辛いものはない。生まれてきた子を河に流して、災禍を払ったが、それで得た平穏に耐え切れない」


 止められないなら、止めるまで。


「離して頂戴」

 祭司達の手を振りほどき祭壇に手を伸ばす。

 これを失えば、取り敢えず儀式は防げる。少しでも時間が稼げれば。その間に兄を説得出来るかもしれない。

 次の策を練る為の時間を。


 身分に対して遠慮があったのだろう。祭司の拘束する力は緩かった。

 その手を逃れ、祭壇の上にあったものを力いっぱい壊す。

 部屋中に強い音が反響した。


「お止め下さい! シャルラ様」

 直ぐ様、我に返った祭司達が近づいてくる。

 もう少し。少しでも。

 そうやって祭壇に手を出し続けた結果、あっという間に彼等の手の中に戻る。

「……シャルラを牢に。神殿の方で捕えておけ」

 彼等はその命令を聞く。無言で私を引きずる。

「お兄さま、私は何度でも言います。お願いです。お止め下さい。どうか立派な王である貴方様のままで居て。お兄さまが望むのでしたら私の事はかまいません」

「シャルラ、私は誰も失いたくないのだよ。そう思って、すべての民の永遠の命を願った

。ずっとそうだった」

「ええ、そうでいましょう。ずっとそうで」

「しかし、王妃が居ない。子も……不吉だと言う人々の声に従って、殺した。止めても無駄だ。私は叶え続ける」

「やめて!」


***


「しばらくはこちらにお留まり下さい」

 通された場所は半分地下に埋まっている、正しく牢だった。

 石が冷たく迎え入れる。

「姫様をお迎えするに相応しい牢はありませんので……その王の命令で……」

「大丈夫、聞いてましたから」

 ここまで連れてきた祭司達は息を吐き、安堵した。

 別に、お咎めがないとは一切思ってなかった。いいや、もしかすると処刑とまで言い出すかもと思っていた。儀式の生贄になっていたかもとも。

 ただ閉じ込められるなら、まだ大丈夫。兄はまだ残虐な心に身を委ねていない。頑張ればこちらの話を聞いてくれるかもしれない。

 でも、ここを出るのは骨が折れそう。

 入り口となる扉が一つだけ。その扉には小さなもの見窓。他には天井近くに格子が入った小さな窓。後は全て石壁だった。

「それでは、失礼します」

 ぎぃ、と木で出来た扉が閉められた。



 儀式を壊したのは朝方だった。

 夜が明ければ丸一日経ったことになってしまう。

 早く、早く。

 びくともしない扉に体を預けながら、事態が変わるのを待った。


 それから、一夜を明かした。

 

 いや、明かそうとした。



 日が落ちて暗闇が降りてきからかだいぶ時間が経ってしまった。空気は深々と冷えていく。私は、眠ることも出来ずに静かにしていた。

 そんな深夜に、扉の前を人が通る気配を感じる。

「だあれ?」

 疲れきった頭は深いことを考えられなかった。ただ、反射的に問うた。

 静寂。確かに感じた気配が夢だったかのように音がなかった。随分と待っても返事はない。

 仕方がなしにのろのろと立ち上がって扉の小窓から部屋の外を覗う。

 夢ではなかった。そこには確かに一人の人間が立っていた。フードを深くかぶり、顔は見えない。けれどもその立ち姿にはよく覚えがあった。

「ナラム様」

 それでも彼は何時までたっても返事をしなかった。固定も否定もせずに。だが、間違いなく彼はナラム神官だと、そう確信していた。

「ナラム様、私をここから出すことは可能でしょうか。私はどうしても王を、お兄さまを止めなくてはならないのです」

「……」

「お願い、ここから出して下さいませ」

 気がつけば扉に縋り付いていた。

「ねえ、話を聞いて。分かってる、今まで見逃してくれたのとは違って明確に王に楯突くことになってしまいます。あなたがそれを躊躇する気持ちもわかるけれどでも……」

「違います」

 その声は間違いなく彼だった。抑揚を押さえたその喋り。いつもの通りだった。だが、反応はしかたがないこととはいえ、冷たかった。

 だからなおも続けた。

「ええ、私で出来る事なら……王の命令に背かせるなんて難しいことだってわかってるの」

「だから、違います。そういう事じゃない!!」

 怒号だった。彼のその珍しい反応を受け、初めて自分の反応が会話になってない事に気づいた。

 焦って軌道修正をする。

「ごめんなさい。どういう事?」

「それは……」

「それは?」

 ナラムは言い淀む。顔も体もすっぽりと隠されていて、彼が今どういう表情をしているのか分からない。何を考えているのかを推測するすべがなかった。

「いえ、そういう事かもしれませんね」

 やっと口を開いたかと思えば、まるで要領を得なかった。

「今随分と一生懸命否定なさってたじゃない」

「ちょっと反抗したくなっただけですよ。さあ、姫様、これを受け取って下さい」

 反論の隙を与えること無く、小窓の隙間から包みが差し出される。

「ちょっと、通らないかも……」

「大丈夫です、押し込んで下さい。大丈夫なものです」

 無理やり隙間から押し込まれる包み。二人で押して引いて、こんな状況だというのに不思議と顔が緩まる。

 そして、通り抜けた瞬間、思わず笑いが零れた。

「ふふ」

「……あなたの無事が確認できて良かった」

「そんな、まだ一日も閉じ込められていないのに。私は大丈夫……」

 だけど、私がここに閉じ込められた意味。それは忘れられない。

「ナラム様、正直に答えて。王は……儀式は……」

 お兄さまは考えを改めてくれたのだろうか。いいや、そうだったら早晩に此処から出されているだろう。そうでないということは、まだ諦めていないのだ。準備が整い次第、また続きをするはずだ。

 そして、邪魔出来たのはほんの少しの時間だけなのだ。

「それでは失礼します」

 こちらの問いに答えず彼は踵を返す。

「待って! どうなったの?」

 しかし、彼は一度も振り向かなかった。

 一度も顔を見ることが出来なかった。


 ナラムからの包は厚手のマントだった。

 それに気づくと、途端にこの場所の寒さを思い出した。ふわりとただ頭からすっぽりと被る。

「暖かい……」

 その優しさに身を任せて、気がつけば目を閉じて居たのであった。


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