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荒城の姫君 一

 暗闇の中、それは行われていた。

 巨大な石で出来たモニュメント。それをすっぽりと覆う白い大理石の神殿。王宮よりも高く作られた場所。何よりも尊い物としてそれは扱われている。


――兄は何をするつもりなのか。


 彼の青い二つの目は一点に注がれている。いつまでも変わらぬはずの横顔が日に日に青白く、暗い影を落としているように感じた。




 この国は既に多くのものを手に入れた。


 神との契約により、長寿を手に入れたのだ。

 普通以上に生きれる、不死に近いからだ。

 代わりに、この国では子供が生まれなくなった。


 流行病を無くした。

 と、同時に神の気まぐれで国は長い冷たい夏に覆われた。

 餓死で死ぬものが出た。


 この神の困ったところは必ずしも因果が含まれない所だった。つまりは、願いが、なんの見返りも無く叶えられる時もある。それどころか、望み以上のものが手に入ったりもする。

 逆に、対価を求められれば良い方で、突如として支払いを求められたり、前払いで不幸が押し寄せてきたりする。


 この神と最初に契約したのは兄だった。

 王である兄、年の離れた優しい兄。愛する妻を亡くした兄。

――その妻が死ぬ瞬間に残した子を河に流した兄。




 暗がりの部屋を覗いていると、突如肩を掴まれる。

「――!」

 思わず上げそうになった叫びは抑えられる。口を布越しに抑えられたのだ。

「しっ、シャルラ様」

 しかし、すぐさま降ってきた声に私は安堵をした。無理に口を開いたりせずに大人しくした。

「離しますよ。そしたら静かに付いてきて下さい」

 こくんと、首を縦に降る。そうするとそっと口元の圧迫が無くなった。

 次に手を引かれた。真っ白のすっぽりと全身を覆う神官服が目に入る。流れてきた裾の感触を感じて、私は大人しく付いていった。


 いくつかの部屋を抜け、太陽が見える位置まで出てきた。

 暗闇に慣れた目には少々刺激が強い。影の方に向かって視線をずらす。その途中で彼と目が合う。コチラを見ているとは思わなかった。

 表情は変わってないかもしれないけれど、少しまずいかもしれない。呆れられている目だ。それもとてもだ。

「お気をつけ下さい。儀式中は皆かなり気が立っているのです」

「あら、でも気づかれるつもりはなかったのよ?」

 カタン、と軽い音を立て目の前の彼は立ち止まる。私は反応が遅れたせいでほんの少しだけ前のめりに急停止した。

「……それは何よりで」

 はあ、と溜息を大きめに付くことも忘れない。

「ええ、良かったわ。でもね、」

 王の様子が、最近特におかしくて。そんなことを言うつもりだった。

「良いのです。あなたが無事なら。私に貴女様をお止めする権利などございませんから。でもどうやって入ったのか知りませんが、お気をつけ下さい。最近は一般向けの拝殿に入ることすら制限がかかっているのですから」

 そう、この敷地に入るのすら苦労した。

 おかしいのだ。民に広く神の威光を伝えるために作った神殿すら人の出入りを制限している。これもまたここ最近の事だった。

 だけど、それも彼だって知っている。知っていて連れ出した。だからこう言うしか無い。

「ええ、わかったわ」

「送りましょう。せめて護衛の兵がいる所まで」

 彼は静かに私の手を離した。



***



「おかえりなさいませ、よくご無事で姫様」

 向かい入れた女官達は心底安堵の表情をした。パラパラと次の間からも集まってくる。

 年かさの女官指示を出して、ここまで護衛をしてきた兵を返した。そして別の女官は直ぐ様私を奥の間に引き入れた。

 水の入った盆が運ばれてくる。

 それが目の前に置かれたので、素直に足を浸けた。足先がその冷たさに驚く。しかし

それは一瞬のことであっという間に慣れてしまう。後は大人しく洗われるのを見ているだけだ。


「肝を冷やしましたよ。ええ、寿命が百年は縮みました」

 老女は言う。

「ふふ、どうせ長生きするわ」

 兄が最初に行った大きな約定。

 それがある限りこの老女の寿命は百年ほんとうにあるのだ。そして、縮み切ることもない。

「せっかく王が苦心して神から頂いたのに、姫様のせいで減ってしまったと言いたいのです。それで、どちらにいらせたので? それはもうこの宮どころか、後宮や果ては施政宮まで探しに行きましたぞ」

 どう答えようか。口を開かずに盆の水を覗いて悩む。

「よもや、街に降りたのではありませんか?」

「いいえ、少し神について考えたくて、神殿へ」

 考えるだけではなかったけれど。

「でしたら、言っていただければ護衛など用意いたしました。それに捧げ物も。ああ、神に何ぞ失礼があってはなりませんぞ!」

 祈りの場として開放されている、その奥に行ったと知ったらこの老女はどうなってしまうのだろう。そんな嘆きだった。

 老女の健康のため、それ以上に今後の動きやすさのために嘘を重ねた。

「……ええ、でも入らなかったの。入り口を、建物の影から見てね」

「全く、貴女様はご自分の事をなんとお思いですか」

「もう言われたわ」

 言い過ぎた、と口を抑えてみるがそれは既に後の祭りである。

 老女の白く濁った目が鋭く光った。

「どなたにです?」

 じっとまっすぐこちらを見る。まるで鷹に睨まれた蛙だわと脳裏をよぎった。

 とりあえず、彼なら問い詰められてもきっと誤魔化してくれるだろう。

「ナラム神官に。ええっと、大司祭さまの、ご養子の」

「ああ、あの若い神官ですか。黒髪で、あまり笑わない。まだ随分と若い男でしたね。そうそう、例祭の朗読は上手かった気がします。朗々と、しっかり読めていました。ま、他の者が出来なさすぎていただけとも言えますがね。もごもごと聞き取りづらいったらありゃしない! あれじゃ神に伝わるものも伝わりませんて。ああ、近頃の」

 老女は、名前は知らないものの彼の特徴を良く覚えていた。が、少々余計なことまで覚えすぎているらしい。

 笑い声と手でそれを制止した。

「宮の入り口まで送ってくださったのも彼なの」

「そうでしたか。後で礼をせねばなりませんね。我らのおてんば姫君を見事お止めくださったと! 伴も付けずにお出かけになられたね」

 彼女はまだまだ言い足りない言葉を飲み込んで、釘を差した。そして席を立つ。まだまだ指示せねばならないことがあるのだろう。

 足を洗っていた女官が顔を上げて新しく乾いた布を取り出した。

 それに合わせてそっと足を水から引き抜く。

「ええ、後で、ね」



***



 ショールを深く被って、カリガを締めあげて。出来るだけ目立たないように整えたら、闇夜に紛れて道を行く。

 ここ最近何度も歩いた道。

 城壁の隙間を通ろうとするとガサゴソと大きな音がする。慌てて手近の建物の裏に隠れる。

「……でさ、蔵にワインを運ばされたワケだ」

「やってられないよな。最近の持ち込まれる量はおかしいくらいだ」

「そうそう、この間なんて捧げ物の仔ヤギが……」

 松明の光が揺れながら去っていくのを見送る。しっかりと人が居なくなったのを見計らって先に進む。


 私が日々暮らしているのは王宮の一部、奥地にある宮の一つだった。王が座す場所にも程近い。特に警備がきびしい場所である。抜け出すなど容易ではない。

 が、何事にも例外はある。

 警備の目は外に向かっていた。中から抜け出す者に対しては監視が緩くなる。まして行く先が、「王宮の内部」となれば見つかったとしても咎められない。

 もっとも、自分の宮の外歩きまわる事は「姫」である限り不味いのだろうけれど。


 ともかく、早く目的地についてしまいたい。

 あの、不気味なことが行われている神殿へ。知らなければ。そして止めなくては。



***



「……また、いらっしゃってるのですね

 ナラム神官は非常に呆れていた。灯りを手に、静かに佇んでいる。

「貴方様も、よくお待ちで」

「姫君の監視を。慣れたものです」

「ふふ」

 彼はいつもいる。こちらの行動を見透かしているように、神殿に一人で来ると大抵居た。多分、いつでも待っていてくれているのであろう。

「まるで教育係のよう。そんなにお若くていらっしゃるのに」

「王が、長寿の契約を交わしたのははるか昔になります。私とて、そんなに若くはないのですよ」

「まあ! 私より若いのに。それで十分よ」

「……それすらも私はわかりません。拾われ子ですから」

 そう言うと彼は目を伏せた。

「大丈夫、分かっています。よしよし、ナラム様は良い方です」

 手を差し伸べ頭を撫でた。そのまっすぐに流れている黒髪が右へ左へとうねる。そうするとなんだか犬のようで可愛らしかった。

「撫でないで、下さい。こんな所を見られたらどうするの、ですか?」

 見られた所でどうということでないのではないのか。ただ頭を撫でていただけだ。

 もちろん、深夜に男女が会うなど言語道断と言われればそのとおりなのだが。

「はい、ではやめておきます」

「そうじゃなくて。いえ、それもそうなんですけど。……そもそも、最近ここに来る頻度が増えている気がします。それ以上に禁止区域にまで入り込む始末ですし」

「少し、ね。気になります?」

 彼かかぶりを降った。

「残念。貴方様も一緒なら心強いと思ったのですけど」

「危ない事に巻き込まないで下さい」

「そうします」



***



 止めるべきなのではないか、と思う。

 アレは良いモノではない。


 毎夜毎夜、時々は日が高いうちも。何度も何度も一人で神殿に足を運ぶのは兄がやっている事を確かめるためだった。

 神の力を頼ることを覚えたこの国は、どこか息苦しい。

 自分で切り開くことを忘れてしまったし、不幸があると誰かが祈りをしたせいでは無いかと疑心暗鬼でいっぱいだった。

 

 なにより、対価として、儀式のために、人が殺されている。

 国全体のためだと言われればそうなのかもしれない。

 少ない犠牲で済むなら、それに越したことは無い。

 恩恵を受けている身だ。


 でもやはり苦しい気持ちになる。

 抜け出したい、この神の手から。


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