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黒くて甘い罠。

作者: 覇王樹。

「会長、私と勝負しましょう!」

 生徒会室のドアを勢いよく開け放つと、第一声をぶつける。事前のリサーチ通り部屋にいるのは生徒会長である関谷卓也、その人だけだった。

 開口一番突拍子も無いことを言い出す女子生徒の発言に、関谷は軽くその切れ長の目を見開くが、すぐに興味を失ったように手元の書類へと視線を戻してしまう。


 敵の意表を突くことは出来たようだが、「何も聞こえてません」と言わんばかりの冷ややかな対応に拍子抜けする。しかし、気を持ち直した絢香は関谷の座る重厚な机の前へと足を進め、再攻撃をしかける。


「勝負を受けていただけますか?会長」

「……」

「会長!聞いてます?!」

「そんなに大声を出さなくても聞こえてるよ。一年三組十五番、斉藤絢香さん。」


 目線は書類に落としたまま、表情も変えることなく関谷は答えた。

 切れモノの生徒会長として有名な関谷が、学年も違い、今までほとんど接点がなかった自分について、クラスはともかく出席番号やフルネームまで知っている事に、絢香は驚きを隠せない。

 

「私の事、よくご存知なんですね…じゃなくて!勝負ですよ、勝負!!」

「別に僕が君と勝負なんてする理由がない」

「会長になくても、私にはあるんです!」

「…なんで?」

「なんででもです!」

 理由は…今は言えないのだ。

 こういうのは最初の勢いが大事。引かない心が大事。

 目的を達する為に、ここは勢いで押し切るしかない、とそう信じて絢香は関谷を見つめ続ける。


 そんな問答の間も、関谷の視線は書類の上。あまつさえ、その右手は滑らかに動き、文章を綴っている。


「お時間は取らせません。とにかく、これで勝負です!」

 左手に隠し持っていた箱を関谷の顔の近くに突きつける。


「今この時点で十分に要らぬ時間を取らされてるけどね…。で、それは?」

 自分の顔に近づいてきた物体の圧にしぶしぶ顔を上げたものの、表情は変えぬまま関谷は興味なさげに聞く。


「今日は11月11日です。」

「…そうだね、それで?」

「お忙しい会長はご存知ではないかもしれませんが、今日はポッキーの日なんです。」

「…あ、そう。」

 あっという間になけなしの興味を失ったらしく、スッと再び書類へと意識を戻してしまう関谷に心が折れそうになる。


「あの!ですからですね!私とポッキーゲームで勝負してください!!」

「…断る」

「えぇっー!!!?」

 勝負を申し込んだ勢いそのままに、驚きと非難の声をあげる絢香の様子に、心の底から溢れ出たようなため息をつくと、関谷はゆっくりと顔を上げ、視線を絢香に向けた。


「…と、言いたいのはやまやまだが。」

「は?」


「このままだといつまで経っても君は僕の仕事の邪魔をする気だろう?それは時間の無駄だからね。いいよ。さっさと終わらせよう」

 急に態度を変えてきた関谷にあっけに取られているうちに、

 ほらそれ貸して、と手を出してくるので、絢香は左手のソレを言われるがまま渡してしまう。


 関谷は軽い音を立てて箱を開けると、一本のポッキーを持ち、先端にチョコレートのついた側を絢香の口元に差し出してくる。

 絢香が反射的にそれを咥えたのを確認して席を立ちあがると、関谷は絢香の目の前に立った。


「同時に僕がこっちから食べていって、途中で折れてしまう、もしくはどちらか先に食べるのをやめてしまった方が負け、ってことでいいのかな?」

 ポッキーの端を指でつまんで自分の口のそばへ持っていきつつ、ルールを確認してくる関谷に、こくこくと首を小さく縦に動かして、絢香は「是」の返事をする。


 ゲームを始める前からこんなにも相手との距離が近いとは…。

 失敗したかも?と内心焦りつつ、自分から仕掛けておいて、今更この勝負ナシで!とは言えない絢香は、軽く目を閉じてスタートの合図を待つ。

 それを知ってか知らずか、関谷は「クスッ」と微笑を浮かべると、「はい、スタート」とゲームの開始を告げる。


 

 ポリポリ…と両側から食べていく音が部屋に響く。

 ふいに音が止まった、と絢香が思うと同時に、先ほどまでとは違う感触のものが唇に触れる。

 ハッと目を開くとそこには焦点も合わない近い距離まで迫った関谷の顔があって、自分たちの唇が触れあってしまっているのに気が付く。

 慌てて身体を離そうとする絢香の動きを許さず、いつの間にか置かれていた関谷の手が絢香の腕をぐっと掴んで、逆に自分へ引き寄せることでさらに二人の距離をなくしてしまう。


「んっ…あっ…くぅ」

 なんとかして離れなければと顔を左右に動かそうとする絢香だが、その度に関谷の唇が追いかけてきて口づけは深くなっていってしまう。

 息苦しさを感じ、新鮮な空気を求めて開いてしまった絢香の口の中に関谷の舌が差し込まれ、好き勝手に動き回られる。尖った舌先で上顎をくすぐるように舐められて、ぞくりとする痺れを感じてしまったのを止めたくて、絢香は恐る恐る自分の舌でもって相手のソレを追い出そうとするが、逆にからめ取られてしまい、舌同士が熱く触れ合う。くちゅっとどちらともなく濡れた音がして、口の中も顔も頭の中もすべてが熱くて、熱が逃げる場所がない。


 もう、無理…!と力が抜けて崩れ落ちてしまいそうになる身体をなんとかしたくて、縋り付くように関谷の制服の胸のあたりをぎゅっと握る。

 すると、ようやく関谷の侵入が止まる。途端に湧いてくる恥ずかしさに絢香は逃げ出したくなる。軽く触れ合うだけになっていた唇を慌てて離し、いつの間にか腕から頬へと上がってきていた関谷の大きな手から逃れ、握りしめてしまっていた制服を放す。と、距離を置いた事でだんだんと冷めていく熱に寂しさを感じてしまい、「あ…」と小さな声が漏れる。

 つぅっと絢香の口の端を流れようとする、どちらのものかわからない唾液を関谷の細く長い指が拭っていく。ぼんやりと自分の指の動きを見ている絢香の視線を意識しつつ、関谷はその指を自身の唇へと持っていくと、蜜を味わうように舐める。

 チラリと関谷の赤い舌が見えるのにドキリとしてしまう。

 指が当てられた唇がゆるりと笑みの形になっていくのに気が付いて、絢香が視線を上げると関谷と目が合う。いつもクールで冷たい印象の関谷の瞳には、先ほどの余韻だろうか小さな熱が燻っている。


「勝負は俺の勝ち、でいいだろ?」

 自信たっぷりにそう言ってくる関谷の一人称は「僕」が「俺」になっている。

 

「こ、こんなの…」

「先に顔を離したのは絢香だ」

 名前を呼び捨てにされているのには気付かず、勝負中に突然された口づけという名の暴挙に対する怒りをぶつけていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!こんなのずるいです。」

「ゲームのルールにはキスしちゃだめ、なんて無かったと思うけど?」

 

「ふ、ふつうしないでしょ?!いきなりキスなんて!」

 恋人同士でやればそういう流れになることぐらい知っていたが、自分と関谷ではそんな事になるはずもない。自分達はあくまで勝負としてやるのであって、そこには決して恋愛感情などないのだから。

 ギリギリのところまでいけば、自分とキスなんてしたくない関谷が食べるのをやめ、勝敗は絢香の方に軍配が上がるに違いないと思っていたのだ。

 まさか、こんな形で負けるだなんて…。

 

 しかも、私、あれがファーストキスだったんですけど!

 

 この勝負で自分が勝ったら、言う事を聞いてもらうという名目で、この生徒会室を時々訪問するのを許してもらい、少しずつ斉藤絢香という人間を知ってもらおうと思っていたのだ。

 そうして、ゆくゆくはしかるべき時に会長に告白しようと、「あなたが好きなんです」と、言おうと思っていたのに。

 それがなぜこんな風に初回から濃厚な口づけ…なんてしてしまった(されてしまった)んだろう。

 計画の破たんっぷりに絢香は呆然とする。


「再戦の申し込みは何時でも受け付けるよ。ただし、次からはポッキー抜きで、ね」

 急に考え込むように静かになってしまった絢香を見て、ニヤリと口端に黒い笑みを浮かべると、肩にかかる絢香の髪をひと房持ち上げて、チュッと音を立てて口づけを落とす。

 色気を含んだ関谷の行動に、絢香の頬が赤く染まっていく。


「…なっ!ちょ…!」

 とっさに言葉が出てこないらしい絢香にフッと笑う。

 こんなにも感情がもれてしまうなんて、何年振りだろうか。絢香の前ではついつい感情の振れ幅が広くなってしまうようだ。苛立ちも喜びも、欲も。

 徐々に深くした口づけに流されていく絢香の初々しい態度に、ついついこちらも手加減を忘れて貪ってしまった。


「俺はチョコレートはそんなに好きじゃない。甘いのは絢香の唇だけで十分だ」

 だから、こんな口説くような言葉も囁いてしまう。


 こちらの態度の豹変っぷりについていけなくなったのか、あ、とか、う、とか意味の無い言葉を口にして、視線を彷徨わせると、「し、失礼しました!」と頭を下げて、絢香は足早に部屋を出ていく。


「いえいえ、こちらこそ。ゴチソウサマでした」

 ポッキーも甘い唇も。

 

 チョコレートには若干の中毒性があると聞くが、絢香という存在はそれ以上だ。

 一度味わうとまた味わいたくなって、もう離せない。

 ただの後輩として見ていた頃には戻れなくなる、戻りたくなくなる。


 今はまだ手を離してやるから、もっと甘くなってまた俺に向かってくれば良い。

 

 

 机の上に残されたポッキーの箱を手に取ると、新たな一本を食べつつ書類へ目を落として、ようやく訪れた静かな時間を過ごす生徒会長であった。


 





 


 <完>

 


 


イベント事が好きなので「ポッキーの日」をテーマに書いてみよう!と思ったのですが…。

…なんでこうなった?!

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