45-④
榊本慶太が吉永那桜の汗で濡れた髪に触れる。
「そろそろ、風呂入るか?」
「うん、莉亜ちゃんも一緒に入ろ」
無邪気な笑顔を片瀬莉亜に向ける那桜。
「もって事は、慶太さんと3人?」
「うん、そうだよ。きっと楽しいよ」
莉亜が当惑して言葉を考えている間に、慶太が彼女の代わりに答える。
「あのな、那桜」
「なぁに?」
キョトンとした瞳で慶太を仰ぎ見る。
「あ~パパは具合が悪いから、ふたりで入ってもらえるかな」
「そうなの、パパ大丈夫?」
「ああ、そんな顔するな」
慶太は心配そうな顔の那桜の頭を優しくなでるのだった。
莉亜は慶太の気遣いで問題をかわせて、ひと安心する。
「じゃあ、ふたりで入ろ」
「……うん」
元気のない受け答えになった那桜。それを心配になった莉亜はフォローする。
「また、今度3人で一緒に入ろうね。だから今日はふたりで我慢してね」
那桜が莉亜に満面の笑みで頷くが、慶太は莉亜の言った事に焦ったようで彼女の耳元で小声で本意を確かめる。
「そんな事、約束して大丈夫なのか?」
莉亜も動揺する慶太に小声で耳打ちした。
「その時は、3人とも水着で」
「あぁ、なるほどね」
莉亜の本意に理解できたらしく納得の顔をみせる慶太。
ふたりはお風呂へ行くのだった。
お風呂から出た那桜は莉亜に頭を拭かれていたが、飽きたのか急に洗面所でいう事を聞かなくなる。
「ほらっしっかり頭拭かないと」
バスタオル姿の莉亜は自分を後回しで那桜の事をする。戦隊ヒーロー柄のバスタオルで今度は身体を拭き終わらせる。
「やだっここ暑いよ。ぼく出たい」
「そうだね。でもパンツ履かないと」
莉亜が次にパンツを履かせようとスタンバイしたが、那桜は裸で洗面所のドアを飛び出した。
「やだっやだっ、涼しいとこ行く」
莉亜が捕まえようとしたが、那桜はそのままキッチンの方へ。パンツを握って追いかける事になった。
「誰か、その子を捕まえて」
お風呂の方角から莉亜の大声が、キッチンやリビングに響き渡る。
「――っん」
何人かそれで気がついた榊本家は那桜を捕まえるのにてんやわんやで大騒ぎ。
「あっこらっ坊主、その恰好で走り回るなっ」
祐大が那桜を捕まえようとするもすり抜けられる。
「祐大、任せて」
逃した祐大に代わって今度は良人が追いかける。
那桜をはキャッキャッしながら、素早く家具の間を走り回る。そこへ莉亜も現れた。
「鬼ごっこ楽しい、鬼さんこっち」
3人が那桜のおもちゃにされて大騒ぎ。それが我慢できなくなった龍之介、とうとうソファ-から本を置いて立ち上がる。
「何やってるんだよ、子供独りに」
「一緒に捕まえて」
莉亜が誰よりも早く龍之介に助けを求めた。彼女の姿に目を一瞬奪われる。
「その恰好……は?」
龍之介の言葉で祐大も良人も後ろの莉亜へ視線を初めて送る。
「気にしないで、大丈夫大丈夫」
全員が目を丸くする中、莉亜に構うより、今は那桜を捕まえる事に集中と切り替えるのだった。
「鬼さん、こっちこっち」
走り回る那桜がキッチンのテーブルや椅子の下を潜ったり、廊下から出てリビングに戻って来た。
那桜の目の前には、息切れする莉亜が立ちはだかる。
「はぁはぁ、那桜くん、コレ履こう」
「やだっ」
那桜はそう言って手を伸ばすとパンツを取るつもりが、莉亜のバスタオルを掴んだ。それでも全く気にせず、引っ張るのだった。
龍之介、祐大、良人が期待の眼差しで莉亜に注目する。
ところが、期待外れの結果で、明らかに全員が残念な表情に変わった。
莉亜がその反応に気づいて、何パターンかのポーズをして見せる。
「まさか……期待して、たの?」
「それ……詐欺だろ」
その場にいる誰よりも一番ガッカリして力なく膝まづいた祐大。
気持ちはわかるよ、と言わんばかりの良人が、無念そうにグッと拳を握る。
「水着だから、ね」
シラケた顔の龍之介も口惜しいというような態度だった。
「水着……だな」
莉亜にもそれは見て取れるくらい、感情がわかる表情をしていた。
「やだな、そんなヘコまなくても」
気を遣おうとする莉亜へ答えるのは慶太。
「男の性だからな」
慶太の眼はどことなく憐みと同情の感情がまじりあっている。
莉亜がそんな慶太に視線が行くと腕にはちゃんと那桜が無事捕獲さていた。
「向こうで着替えさせたげて、片瀬さん」
「あっうん」
那桜は少し暑さでグッタリしているが、つまんないと言いだげな目で顔の頬を膨らませる。その顔のまま莉亜へ抱っこされて、ふたりは洗面所へ向かった。
ふたりの様子を見ていた3人の兄弟に呆れた口調で、一言慶太がはなつ。
「憐れで、情けないな」
冷徹な目がそれ以上の事を物語っているのだった。
(こいつら、女に植えすぎだろ――)
◆◇◆◇◆
慶太は着替え終わった那桜を抱っこして、寝かす為自分の部屋へ階段を上がる。
眠たくて生あくびをする那桜。
「ファ~ア、鬼ごっこ面白かったね」
「そうだな」
「また、遊びたいな」
ふたりが今日の事を会話している内に部屋に到着。
慶太は自分のベッドへ那桜を寝かすのだった。
「……そうだな、今日はもう寝なさい」




