第44話 手間のかかるお姫様
講義が終わり人がまばらになった講義室で小野寺教授は莉亜目掛けて歩いてきた。
「また、拉致されたらしいね、君は?」
「……はい」
力なく頷く莉亜。
小野寺教授は心配すると自分の手を莉亜の顔へ触れさせる。
「顔に傷が残ってるじゃないか、大丈夫なのか?」
「はい」
「ここで、待ってなさい。良いもの持ってきてやるから」
「えっ」
答えるよりさきに小野寺教授は急いでどこかへ行ってしまうのだった。
誰もいない講義室で座って莉亜が待つこと数分。
「ごめん、待たせたね」
「いえ」
手に持った物を莉亜へ確かめさせると蓋を開ける。
「これ、その傷に塗るぞ。よく効くんだ」
指で白い色をしたペースト状の薬を莉亜のいくつもある傷に優しく塗り込んだ。
「君はまるでゲームヒロインだな」
「ゲームの?」
「ああ、よくそのお姫様は緑の甲羅を背負った奴にシリーズ毎に拉致られるんだよ」
「はぁ、それでどうなるんですか?」
「毎回同じ赤い帽子で青のつなぎのヒーローに助け出されるんだよ。そしてハッピーエンドさ」
「何それ面白いですね、毎回なのに逃げられないのって」
「正しくな。わかっているのに捕まるんだよ……どうしようもなく面倒がかかるお姫様なんだ、君のよう」
「もうっまたからかうんだすね、そうやって」
「ああ、そうだな。もしかして君も王子様にでも助けられたのかい?」
「だったら、どうなんです?」
「本当に手間のかかる姫だよ、君は」
「ほっといて下さい」
「すまん、怒らしたか? でも……俺が助けたかったよ君を」
莉亜を惜しむような視線で見る小野寺教授。
「なっ何言ってるのか、わかってます?」
「ああ。その顔の傷をみたら、どんな男もそう思わずにはいられないだろう」
莉亜の頬に小野寺教授のくすり指が戸惑うように触れる。
「俺だったら、君をこんな傷物にしたりしないけどな。その男は君をちゃんと守れるのか疑問だな」
「龍之介くんは悪くないんです。あたしに隙があったから」
「だな、だから困った姫なんだよ。少し目を離すとこれだから」
「今日の小野寺教授変です、なんか……」
小野寺教授は訝しげな表情をした。莉亜の目前に自分の顔を近づける、それから耳元で囁くのだった。
「どうして? いつも通り君をからかう、ただの教授だ」
そう言った後にもう一度反応を見るのに莉亜の表情を伺ったが、動かず固まっているようだった。
身動きもひとつ出来ないのと声も出ない莉亜。
小野寺教授はそれをいい事に――――
頬にキスをすると莉亜が口をパクパクして動揺する。そんな彼女を冷めた口調の小野寺教授が見た。
「ホントに隙だらけだね、君は。今度はその唇にしようか?」
「ダ、ダメっ」
「安心しろ、いつもの冗談だろ」
「どっどうしていつもからかうんですか」
「君の王子はいつでも現れる訳じゃない、無防備なのは構わんが、それで身が自身で守れるのか?」
「急――だったから」
「俺に唇奪われても、王子にそう言い訳するのか?」
「そ、それは」
「前にも言ったよな、男は――いつだって、惚れた女と……」
莉亜の察していない顔を見て、絶望的な事を悟った小野寺教授――鈍感過ぎるここまで言っても通じないものなのか、と。
「はぁ……要はだな、言い換えると好意持った男が君にいつ襲い掛かってきても文句は言えないぞ、今の君じゃ」
「き、気を付けます」
「わかったら、もっと自分を守れるようになるんだな」
「はい、おっしゃる通りです」
「素直でよろしい。その薬はやるよ。傷と隙だらけのお姫様」
小野寺教授は莉亜の頭を撫でてから、講義室の出口へ行くのだった。
※第18/25/36/40話参照




