39ー③
「よかった、家に居てくれて」
助手席から、車を運転する榊本龍之介の横顔を莉亜が見ながら話す。
その顔は少しだが不機嫌そうにみえた。
「……ああ」
「事情は電話で話した通りで」
「ああ――――――」
「そう言えば龍之介くんさ、今日バイトは?」
「――――――ああ」
絶句する莉亜。同じ言葉しか繰り返さない龍之介に、一瞬、言葉が出ない。
「――――――――あのさ、話聞いてる?」
「ああ」
こっちを一秒たりとも見ないで、前をぼんやりと直視する龍之介。
「龍之介のバァァァァァァカ」
そう言った莉亜の身体が一瞬だけ前のめりになった。
それは信号が赤になったからなのか、龍之介が言葉に反応したからかなのかは、わからないが、とにかく急に車が停止した。
それと同時に心ここにあらずだった龍之介の表情が戻って来た。
でも、どうやら莉亜の言葉にお冠の模様。
「…………って、おいっなんだよ、それ」
ますます龍之介の顔が不機嫌極まりない表情に、予想以上に変貌していく。しかし、莉亜はその逆でやっと相手してもらえた事で、彼に笑顔を向けるのだった。
「やっと、反応してくれたね」
「あのな……」
龍之介は怒りを通り越して呆れている模様。
「……さっきから、何をイライラしているの?」
「アンタには関係ない――――――」
そう言ったのと当時に、信号が赤から青に変わる。それで車が動き出すと、ゆらゆら揺れる車内ではふたりの会話が途切れた。
それから、何度目かの信号機に捕まると莉亜が口を開くのだった。
「あのさ……不機嫌なの、あたしのせいなのかな?」
「違う……アンタは関係ない――――――」
「――――――もしかして、ちさとさんって人に、関係して……」 (※第7・8・28・29話参照)
「なんでそう思うんだ、何か知ってるのか?」
その言葉に少しだけためらった様子をみせる莉亜が、この間自分が見た事を話し始めた。
「あの日、家から出て行ったあなた達の事を見かけたの、あの後……偶然」
「見たって、もしかして……公園での事か?」
訊かれたことに莉亜が黙ってうなずく。それを見て参ったという言う感じに、龍之介は頭をかいた。
「あれを……か――――――」
静かにそう言うと、龍之介が息をゆったり吸ってから、苦々しい表情をする。
「…………カッコ悪いとこ、目撃されたな――――――アンタが言う通り彼女の事だ」
「彼女って、高科コンツェルンの」
莉亜が話し終わらない内に、憮然とした表情の龍之介が口を挿んだ。
「で、だから……なんだって言うんだ?」
「なんだ――――――って、彼女結婚してるんだよ?」
「そんな事、アンタに言われなくともわかってるよ」
「結局、最後は旦那さんのとこへ戻って行く人なんだよ?」
「知ったような事言うなっ何も事情を知らないだろ、俺たちの事を……」
「知らないよ――――――何も。でも、これだけは確実に知ってる、不倫が良くない事だけは……」
龍之介がそう言った莉亜に、それ以上に険のある言い方をした。
「――――――――俺もだ」
ふたりはそれ以上話しをする事は、なかった。
そして、車は、ふたりとは裏腹に順調に榊本家に向かい、無事到着するのだった。




