第38話 弾む声の正体
パパの一言で、莉亜は前にいる那桜ではなく、視線は後ろにいる人物へ注がれた。
あり得ないくらいに彼女の表情は驚き、引きつっていく。
「――――――ウソッ……」
莉亜以上に不意をつかれたような感情がにじみ出た表情をしていた。相手も驚きを隠せないでいる。
「どうして、君が――――――?」
まるで独り言のように、榊本慶太の声は聞き取れない程小さかった。
「今日パパ来る日だったかしら、那桜ちゃん?」
「ううん。来ない日だよ、でもね僕の忘れ物届けに来てくれたの」
慶太以外、誰も莉亜の答えを必要としていないらしく、慶太と莉亜の会話は何もないまま流れる。
そして、今ふたりは家の中にいた。
莉亜は依然来た時に入ったダイニングキッチンへ案内される。
そこに向かう途中の廊下で、慶太が立ち止まった。那桜と同じくらいの背丈に近づくためにしゃがんで、話始める。
その口調はいつもよりきつく、呆れたものだった。
「那桜――――――どうしてまた同じことをするだ」
そう言ってから、床に置いていたイグアナのいるケースを持ち上げると、それが見える様に那桜の前に出した慶太。 (※第17話参照)
今度は少し怒りがまじった目で、睨むような感じで那桜をみる。
「何度この子を忘れたら気が済むんだ?」
「……だって、僕忘れちゃうんだもの」
「毎回、忘れちゃうのか――――――違うだろ、そうじゃなくてわざとしてないか?」
「違うよ、わざとして……ないもん」
首を背一杯振って答えたが、すぐに下を向くと那桜は口をつぐんでしまう。
ふたりの会話はそれ以上続かないのだった。
様子を見守る事しかできない莉亜。でも、奥さんは那桜の様子を見兼ねて、慶太に声を掛けた。
「慶太さん、那桜は寂しいのよ。だから、貴方に会いたくて」
「お義母さん……そんな事は俺もわかっています。ですが、理解してもらいたいんです……那桜には――――――」
「いつか、この子もわかる日が来るから……もう少し長い目で見てあげてちょうだい」
奥さんに軽く頷いてから慶太は立ち上がって、改めて優しく声を掛ける。
「那桜、もう怒ってないから――――――でも、次は忘れちゃダメだぞ」
「…………うん」
ふくっれ面の那桜は、不満げな様子で元気なく返事を返すのだった。
「那桜ちゃん、パパもう怒ってないって言ってるから、仲直りだね」
そう言うと、奥さんは軽く那桜の可愛らしい頬に触れる。
「……うん、パパ仲直りだね」
「ああ、そうだね」
慶太はとても穏やかに那桜へと微笑んだ。
初めてだった、彼がそんな表情をしたのは、周りに驚きを隠せないでいる。
莉亜の顔は表情から見て取れるくらい、素直で正直な反応をしていた。
ハッと何か忘れていたのを思い出した慶太は、傍にいる莉亜へ視線を移す。
「なに――――――その顔は?」
そう声を掛けられても、驚きで声が出ない莉亜。代わりに何でもないと言った顔でブンブンと左右に振る事しかできないでいる。それでしか自分の意思を伝えられなかった。




