37ー②
奥さんはまだ気が動転した様子でいたが、莉亜の状態を再認識した模様。
「ぁ…………あの、よかったら家に来て下さらない?」
「でも――――――ご迷惑じゃありませんか?」
思わぬ誘いに、莉亜は戸惑いを隠せないでいる。その様子で奥さんはもうひと押しするのに、旦那さんへ同意を求め始めた。
「いいわよね、貴方」
「あっああ。もちろんだとも。この子をかばって下さった時に、汚れたわけだから――――――」
夫婦は莉亜から一時も目をそらさないでいた。今までの弱腰の声とは違い、明らかに確信に満ちた力強い声に変っている。
それでも、旦那さんは急な事でまだ何が何だかわからない感じの困惑した表情のままだった。
莉亜がその夫婦の申し出をそれ以上断る理由はなく、さすがにこの状態は気持ち悪すぎると、ふたりの言葉は願ったり叶ったりだった。
「わかりました、お言葉に甘えさせて頂きますね」
「ええ、家はすぐそこなのよ」
奥さんが安心した様子で、笑って腕を前に伸ばす。
その先にあるたくさん並んだ一軒家の中のひとつを示した。
奥さんに案内され、家の中のリビングへ。
「那桜ちゃん、おじいちゃんとおてて洗っといで」
「うん。おじいちゃん、いこ」
「ああ。それじゃ失礼するよ」
旦那さんは那桜と呼ばれた男の子に手を引っ張られながら、奥の洗面所へと行く。その様子を見ていた莉亜へ遠慮がちに声を掛ける奥さん。
「服、よろしかったら、お洗濯させて」
「そんな……ご迷惑じゃ」
「迷惑だなんて、そんな事ないわ。それに若い女の子がそんな姿じゃ、家にも帰りにくいでしょ?」
「それじゃ、お願します」
「ええ。すぐ、着替えを持ってくるわね」
奥さんはスリッパを履いた足で、パタパタ急ぐように奥へ。
彼女の急ぐさまを見て莉亜は、なんとなく申し訳ないような気持ちになるのだった。
急ぐ奥さんの背中に、莉亜は叫んだ。
「お手数かけて、ホントにすみません」
一分くらいで奥さんが戻ってくると、手には四角い紙袋。
「お待たせして、ごめんなさいね」
「そんな、気になさらないで下さい」
「これなんだけど……」
おずおずとした様子で紙袋を莉亜に手渡した。
受け取ると莉亜は、奥さんへと深々と頭を下げる。
「わざわざ、すみません」
「ホントに気にしなくていいのよ」
その声に莉亜は下げた頭を上げる。
「はい――――――どこで着替えたらいいですか?」
「そうね、そこの畳の部屋がいいわ」
奥さんは、すぐ横の和風の引き戸を指した。
引き戸には和の柄が描かれていて、とても品の良くてセンスが感じられるものだった。
そこに莉亜が手を伸ばして、引き戸を開ける。
「じゃあ、失礼します」
莉亜へ笑顔だけで応える、奥さん。そこへ手を洗い終えた那桜が、急いで駆けて来る。
「おばぁちゃん、おねえちゃんは?」
「今ね、お着替えしてるから、那桜ちゃんも着替えてらっしゃい」
「は~い。おじいちゃんお着替え手伝って」
「ああ、わかったよ」
◆◇◆◇◆
莉亜が着替えに入って、十分ぐらいが経ち、先に那桜や旦那さんがリビングに着替えを終えて、戻って来ていた。
「あの……」
莉亜が和式の引き戸を開けて、リビングへ出てきた。
「あら……とっても似合っているわ」
「ホントに、まるであつらえたように」
それぞれそう言った夫婦は、まるで娘をみるような優しい眼差しを莉亜に向けていた。
「おねえちゃん、とっても可愛い」
「ありがとう、那桜くん」
「さぁ、座って」
旦那さんが莉亜へそう促すと、奥さんは彼女が座ってから、湯呑みに入れたお茶を目の前に出す。
「温かいお茶を入れたから、どうぞ」
「いただきます」
莉亜は目の前の湯呑みを手に取った。
熱いお茶を冷ます為、息を吹きかけながら飲む。それはおいしく、初めて来た場所にいる事を忘れさせてくれる。しばらく、お茶を飲んで洗濯物が渇くのを待っていたが、結局そのまま着替えたワンピースで、莉亜は帰るのだった。
その事を目の前のワンピースが、置いて帰った自分の服を思い出させる。
「そうだ、いつでもいいから家に取りに来てって言ってたよね」
莉亜はそう言うと、部屋から玄関へ足が急ぐのだった。




