第37話 小さな出会い
大学から戻って来た片瀬莉亜は、自分の部屋に行くとドアを開けた。
久しぶりに部屋でくつろぐため、ベッドに腰を下ろしてリラックス。床にある雑誌を何気なく拾い上げると目の前の壁に視線が奪われる。
壁には三日程前にかけて置いた可愛いワンピースがあった。
それはある夫婦から頂く事になった品。それを見ていると莉亜はその出会った日の事を思い出すのだった。
◆◇◆◇◆
帰ろうと図書室の出口に足を運んだ莉亜。
案の定、外は雨が降り始めていた。それはとても激しく道路へ叩きつけるように降るどしゃ降りの雨。
確かに市の図書室に来る前までは、雲ひとつない空だったのに。でも、唯一、風だけは、強くふいていたのは確かだった。
莉亜が勉強する中、図書室の外では段々バリバリと音が大きく鳴り始める。その雷の音で勉強に集中できなくて、勉強を終わらすはめに。
でも、それは彼女だけじゃないようで、図書室にいた全員の集中力をも奪っていた模様。
雷はゴロゴロと鳴ると、すぐさまガラスの越しに稲妻の光をはなった。
それを目の当たりにした莉亜は、窓越しの後景に集中力を欠いて、ついに帰る事を決めて、図書室から渋々出て来たのだった。
「雨、結局降っちゃったんだ。これでこの夏、何度目のゲリラ豪雨になったっけ」
真っ暗な雲を仰いでから、ため息をついた莉亜。そうしている間に、何故か雨の強さが弱まる。
「もしかしたらもう少し待てば、ゲリラなら雨やむかもしれない」
狙い通りに雨が上がる。そうなると途端に雨雲はどこかに消えて、太陽が光を射し始めた。
光差す空を眩しげに、また見る莉亜。天気のすこぶる早い回復ぶりに、満足げな顔なる。
「これで、雨を気にせずに帰れる。よかったぁ~」
莉亜は鞄から手に持ち出していた折り畳みの傘を、鞄へとまた直した。
折り畳みじゃ頼りなくて帰るのを躊躇したのが、功をそうした結果になって、少しは気が晴れるのだった。
雨がひどかったのを物語る様に、道路のあちらこちらに水溜りがある。
莉亜が歩く道にも、アスファルトが沈んでできた窪みに、来た時にはなかった水溜まりがたくさんある。
そこを小さな男の子が楽しそうな足取りで、ひとり歩いている。雨は止んでいたが、傘を差してすごくはしゃいでる様だった。
「おばあちゃ~ん、おじいちゃ~ん」
男の子は嬉しそうに自分の頭より傘を上に上げてから、何もない片方の手で大きく手を振っている。
莉亜はその姿を通して、男の子より後ろに歩いていた夫婦に気がついた。
夫婦は男の子の愛らしい笑顔に、微笑みで答えた様だ。
莉亜がその微笑ましい後景を見ていたら、そこへ、車がスピードを緩めないで水溜りのある道路を横切っていくのだった。
危ないっと思った瞬間、身体が勝手に動いていた。
車道を背に莉亜が男の子をかばう様に抱きしめるのだった。
「大丈夫、ぼく?」
腕の中の男の子を心配そうに見る莉亜。
男の子は少し驚いた様子もちゃんと答えるのだった。
「う、うん。ありがとぉ」
「ううん、怪我しなくてよかったぁ」
莉亜に遅れはしたものの、バタバタと夫婦が駆け寄るのだった、ふたりに。
「すみません、ありがとうご、ざ、います」
しゃがんでいた莉亜が振り返ると夫婦の言葉が一瞬だけ途切れた。
「いえ。車があまりにも早かったのが心配で」
立ち上がる莉亜の顔や服には、しっかり車ではねられた雨水がついてしまい、所々汚れている。
「あの、どうかなさいました?」
莉亜が怪訝に思い声を掛けるが、夫婦はまだ呆けていて、少し間が開いた。
「――――――っえ、ああ……どうしましょう、貴方」
奥さんの方が口を右手で覆う。すると、左手ですがるように旦那さんの腕に触れた。
「なんて、事だ…………こんな事が」
旦那さんの小さな目が大きく見開いたのを、不思議な表情で莉亜はうかがい見る。そんな彼女の服の裾を小さな手が引っ張るのだった。
「おねぇちゃん、お洋服やお顔が、すんごく汚れてるよ」
「あっホントだ、あらら~」
服が冷たいのをそこで初めて莉亜は気がつくのだった。
さっきの車の泥水のようなものが、服など含めてあちこちに付着している。もっと酷い部分はビチョビチョだった。




