第36話 なにを今さら……
「やあ、リアちゃん」
そう言われた事に大きな瞳を何度もパチクリさせる莉亜。口を大きく開けたが、声にならない。それ以上の行動以外何も取れないでいたが、まるで、そこには何もなかったかのように歩こうとする。
「リアちゃんっ! 確かにまだ怒ってるかもしれないけど、何も言わず…………行くの?」
学はこの場を去ろうとした莉亜を、焦って引き止めるのだった。
それで行くのを思いとどまると、驚きから覚めない莉亜は彼に対して、なんとか気持ちを切りかえてから今ある疑問を訊ねる。
「な――――――なんで、ここにいるの?」
「いや~それがね、この前、ここにリアちゃんに会いに来た時、たまたまバイト募集って張り紙しててさ」
「そっそれじゃあ……ここ、ここに――――――ここに、バイトが……決まったんだ」
ポカンとした表情の莉亜。榊本家を出て行った後、パタリと連絡も途絶えていた学が、まさか、自分の大学でバイトしているなんて、想像もしていなかった。目の前にはただ、前と同じ笑顔の彼がいる。
莉亜はそんな状況を整理しようと、頭の中がパンク寸前なるのだった。
学はその様子から自分がここにいるのを望んでいないかもしれない、と頭に過ぎると、顏からはすぐに笑みが消えて、不安を感じ始めるのだった。
「あの……気まずいなら、僕辞めるよ――――――食堂のバイト。あんな事があった後だもんね」
「その、正直驚いたけど、最後話した時に、あたしね、頑なに許さなかった事ちょっぴり後悔してる。今はそう思ってる――――――から、バイトは気にせずに続けてね」
「ありがとう。でも、そのちょっぴりだけど……あれから、どうしてそう思ってくれたの?」
「それは――――――秘密」
「――――――秘密……?」
「な~てね、あたしの考えを少~しだけ変えてくれた人がいたから」
そう言うと莉亜がはにかんだ。その姿に少しだけ気持ちが軽くなる学。彼女も気がかりだった事がちょっとだけ解決すると、彼と話せた事で満足するのだった。
食堂での元々の用事を済ませた莉亜が、テーブルから見えるキッチンのなかで、バイトを頑張っている学をみて、ふと、ある人物との会話を思い出す。
◆◇◆◇◆
「悩む学生の姿は、実に面白いね」
小野寺教授がそう言いながら、講義の内容を書いたボードを消すのだった。
講義が終わってそれぞれ学生が、他の講義へと雑踏のなか移動して行く。その状況の中、莉亜のみしかいないガラガラの講義室。
小野寺の発言は、莉亜の耳に案の定、よく聞こえた。その発言が余計に深いため息へと自分を導く。講義前には関渉されにくい席を選んだが、それは何の意味も持たなかった。
確かに講義中、上の空だった自分が、何度もため息をついたのは自覚していたけど、聞こえない様には努力したつもりでいたのに。そう思っていた莉亜は小野寺の言葉で、それが報われていない事に気づかされる。




