35ー②
そして、水枕に氷を詰め終わらせるのと、同時に、莉亜は学の前から逃げる様にキッチンから去って行くのだった――――――――それ以上、学に弁解をするチャンスもあげず、キッチンに彼ひとり残して。
◆◇◆◇◆
傷心した様子を微塵も見せる事無く学は、気配を感じた方向をみると、こう言った。
「もういいですよ、出てきたらどうですか」
学は驚くわけでもなく冷静に、隠れていた人物に声を掛けた。
「盗み聞きする気はなかったけど、真剣な声がして、キッチンに入りづらくなったよ」
そう言いながら、キッチンの入口から、姿を現したのは榊本慶太だった。
「彼女を追い掛けなくてもいいの?」
「今、追いかけても失った信用と彼女は取り戻せないとおもうから」
そう言った学の顏は微笑んでいるが瞳だけは笑っていない。虚ろとした瞳をして話続ける。
「だから、そのうち様子をみて、また話をしてみます……」
そう言った学に対して、慶太は少し考えさせられるのだった。莉亜への敬愛ぶりや信服ぶりには呆れさせられる程だった。その事を今が忠告すべきチャンスかもしれない、と。
「そう言う君は彼女と違って、彼女の言う事はどんな事でも全て鵜呑みにするようだね」
「もしかして……その事って、いとこっていう嘘の事を指してるんですか?」
そう尋ね返してきた学に、敢えてそれ以上は答えない慶太。何も言わずに黙るのだった。
慶太が話す素振りをみせないので、学は言い訳と言うわけでもないが、自分なりの考えを話し始める。
「別に鵜呑みにしたわけじゃないけど、ただ彼女の口から事実をその内に話してくれれば、僕にはそれでいいんだ。でも、今はそれどころじゃなくなったけど――――――」
「どうやら、俺が思うほど、君は馬鹿ではないらしいね」
「なんですか、それ?」
「いやっ、なんでもない……こっちの話」
そう言うと少しだけ慶太の表情に笑みがにじんだ。
「ほとぼりが冷めるまで、僕はこの家からは姿を消しますから。あなた達兄弟を巻き込んだ上に、迷惑もかけたしね…………特に良人さんには迷惑かけたようだから」
「そう。関係のない俺には好きなようにしたら、としか言いようがないよ」
「ですね――――――」
複雑な想いをにじませた表情をする学は、そう言ってキッチンを出て行くのだった。
階段から駆け下りて来る藤堂由香。学を見ると急いで彼の方へ駆け寄る。
「学、さっき言ってたとおりにホテル予約して来たわよ。ホントにこれでいいの?」
「ああ。ありがとう、由香ちゃん。今は少し頭を冷やしたいんだ。僕たちのせいで迷惑もかけたしね」
「そう、じゃあ荷物取ってくるわ」
「そうだね、お願いするよ」
学は二階に上がって行く由香の姿を目で追うのと同時に、上にいる莉亜の事を想うと胸がギュッと苦しくなった。
そして、後悔の波がドンドン寄せ始めるのを自覚した学は、二階から視線を外す事で、今の自分の想いからも、そらす事しかできなかいのだった。




