3ー②
「だって……今声掛けられたし――――、」
「勝手な勘違いだな。声掛けたのは、今、アンタが思いっきり踏みつけてくれてる俺の搭乗券取ってほしいから」
「へっ? 踏みつけてる?」
とぼけた声の莉亜は自分の足元を慌ててみる。
「……ホントだ」
「わかって貰えたなら、さっさとそれをこっちに貰えないか?」
冷めた口調の男は無言で莉亜の目の前に手を出す。
搭乗券を拾うと恐る恐る目の前にいる呆れ顔の男性に手渡した。
「はい、どうぞ……」
ふたりの座席に不穏な空気が流れるのだった。
◆◇◆◇◆
日本に到着するまでの時間を、莉亜は身体を休めるのに使う事にした。彼女はまぶたを閉じ、数時間の仮眠を取る。頭をコックリコックリと揺らしながら寝る莉亜。首筋や肩のコリを感じ始めるのと、同時にズッシリとした重量感のある重みも感じ始めるのだった。
(ってか……重い。確実に何か乗ってる――――肩に)
莉亜が閉じた瞳を恐る恐る開けて見ると、肩にはあの男性の頭がある。
男性とこんなに密着した事がなく、緊張する莉亜。どうしたらいいのか、わからず、身体が硬直して固まるのだった。
莉亜はもう一度自分の肩を確認。すると、やっぱり男性の顔が肩に乗っているのだ。スヤスヤと気持ちよさげに眠る彼の顔をなんとなく、また観察する。
(まつ毛――――長いんだ。やっぱり、鼻筋が通ってて彫が深いな。男の人の割りに肌も綺麗)
こんな間近で、マジマジと莉亜は男性の顔を観察した事がなかった。もちろん、女性の顔も。ただ、脈が不整脈にあまりにも動くので、鼓動の速さに――――――自分自身がついていけないのだった。
完全に油断していた莉亜の耳に思いもしない声が舞い込む。
「なぁに、見惚れてるんだよ――――俺の顔に。痴女」
片目を開けた男性が、莉亜の顔を見上げると、寄り掛っていた自分の頭を彼女の肩からどける。
莉亜はその瞬間、心臓が止まるぐらいに驚くのだった。一気にその顔が真っ赤になると、餌をねだる金魚の様に音もなく口を動かしている。唐突すぎて、声が出ないのだった。うろたえながらも、なんとか自分の言い分を言葉にする。
「ななな何っ、バっバカな事言わないで下さいっ!」
「なんで俺が、いつの間にバカ呼ばわりなんだよ」
「へ、変な事言うから。ただ……あたしは頭が肩にあったから」
「それで……」
白けた瞳の男性。そんな彼の問い掛けに、当然――――――莉亜の言葉は続かない。
「何も言わないのは自分に非がある事に気づけたんだな」
「気づいてませんし、それに非なんてないです」
「あるだろ。さっきの勘違いだった訳だから」
「さっきの事は、置いといて」
莉亜はこれ見よがしに何かを置く素振りを見せた。
「いや、置くな、置くな」
思わず莉亜に男性が突っ込んだ。
莉亜はそれにもへこたれず、真面目な顔で話を続けるのだった。
「で、今は肩にのっかてた事です」
「んっ? 肩悪かったな。つい――――あんまり色気がないから、気が緩んでね」
「――――色気が、ないって」
「当機は只今着陸準備に入りました」
「お客様はお座席のベルトを着用をお願い致します」
「言われたく」
「当機は只今着陸準備に入りました。お客様はお座席のベルトを着用をお願い致します」
計算でもしたかの様にアナウンスが莉亜の言葉へと見事に被せてくる。繰り返されるC.Aのアナウンスが機内に響く度に、戦意喪失ぎみの彼女はしゃべる事を諦めて座席のベルトを大人しく装着するのだった。
13日 間話1.2 10時UP予定