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第29話 密約

 榊本龍之介と高科ちさとのふたりは榊本家を出ると、ふたりは静かな夜の道路を沈黙したまま、歩き続けるのだった。

 不思議とふたりは意図的に何も話そうとはしない。

 龍之介はちさとの行動で何か異変を感じていた。なぜなら、今まで自分の家にまで彼女が訪ねて来る事など、今までなかったからだ。

 龍之介の頭にはよくない事がぎるとふたりのこれからの事に不安が募っていく。そして、少なからず、ちさとも彼のいつもと違う様子を感じ取っていた。

 何も話さないまま、とうとうふたりは榊本家から少し離れた場所にある、公園にまで足を延ばしていた。


「……ちさとさん、ブランコにでも乗らない?」


 龍之介の突然な申し出に、ちさとは少し戸惑ったような様子をみせる。


「えっ…………うん―――――」


 静かな場所なのに耳を凝らしていないと聞こえない程、声が小さいちさと。 

 ふたりは公園の中央にあるブランコへ。

 誰もいない公園は閑散としていて、昼間の賑やかな様子からは想像できないくらいだった。

 ブランコへは先にちさとを座らせる龍之介。


「座って、俺が背中押すから」

「そんな事しなくていいよ。もうそんな子供みたいな事できる年じゃないわ」


 困るという感じに、はにかむちさとは少し寂しそうに答えた。


「まだ28だよ、それに誰も見てないから。ちさとさんは俺の言う事、黙ってきいてほしい」

「龍クン、いきなりどうしたの?」


 そう言ってから、ちさとは後ろに立つ龍之介を心配そうな目で見つめる。

 龍之介はちさとの目を真面にみない様に務めると表情はとまどいを隠せないでいた。


「不安なんだ――――――――らしくない事してるのも、子供染みた事してるのも、わかってるんだ。でも、ちさとさんが俺の傍から居なくなるような気が…………」


 ちさとは龍之介を見るのをやめて、前を向く。少しの間をおいてから、スーッと息を静かに呑んだ。


「――――――――今日来たのはね、今から話す事はあたし達の気持ちがこんな事で壊れないだって、そう思ってほしいから、ちゃんと話すね――――――龍くんにもそう思ってほしいの」

「やっぱり……何かあるんだな?」

「龍クンが夏休みの間、何も手を打たないで、あたし達の事ほっておく程、あの人は甘くないみたい…………」

「あの男が、考えそうな事だな」


 龍之介の言葉に小さく頷くちさと。


「あたし達を今以上に会わさないように必死みたいだね。軽井沢に自分のホテルがあるから、そこでこの夏は夫婦だけで過ごす、だって。そう今日言われたわ」

「ちさとさんは、アイツと行きたいのか?」

「あたしが答えを選択できる問題じゃないの」


 龍之介はそう言ったちさとの答えに納得ができないのだった。


「選択できないって、ちさとさん何があたんだ?」

「なにも――――――なにもないから大丈夫だよ。もう、行かないと」


 そう言って立ち上がろうとするちさとの肩に腕を回した龍之介。彼女を後ろからギュっと抱きしめた。


「あいつ……あいつのとこへはもう帰さない…………ちさとさんを困らせたくなかったから、今まで感情を行動に移さなかったけど、ホントは心だけじゃなく、ちさとさんのすべてが欲しい。このままずっと一緒にいよう」


 ちさとは龍之介の力がこもっている腕へ軽く手で触れる事でしか、こたえを返せないでいた。

 その行動がちさとの答えだと察した龍之介はそれ以上成す術が思い浮かばない。自分の腕から段々力がなくなるのを感じた。




◆◇◆◇◆




 一方、応えたくても龍之介に応えられなかったちさとは、車のある道路までもう戻っていた。

 そして、車の後ろの席にはちさとだけではなく高科もいる。その彼を、睨みつけるちさと。


「よくも……よくもこんな事、させるなんて…………」


 そう言ったちさとは口から深いため息を吐く、自分の辛いに気持ちに蓋をするとまた話し続ける。


「夏の事をわざと話させ、彼をあたしと逃げるよう仕向けた上に、理由も言わないであたしに断らさせる。しかもこれから先、その事を一切の説明もなしに、夏には連絡を遮断して、彼の前から姿を消す――――――――――どう…………あなたの計画通り進んで、さぞ満足でしょ?」

「ああ、満足だ、しかも思っていた以上にな。君には主演女優賞でも授与させたいくらいだ、女優じゃないのが残念だよ――――――非常に」

「…………ふざけないで」


 軽口を叩く高科を睨み一蹴した、ちさと。表情はますます彼への憎しみが際立つ。


「ふざけてないさ、ホントに俺との約束を守れそうで嬉しいよ。榊本くんがどんな風に君への気持ちが揺らぐのか愉しみだ。夏が終わる頃には、これで俺からも解放だな……おめでとう」


 ちさとが唇をギュッと硬くつぐむと、息苦しくて辛さがどんどん増した顏になる。今にでも瞳から溢れ落ちそうな透明な滴を我慢するのだった。


「最後の夏をふたりで楽しくすごそうって時に、そんな顏をするな」


 応える言葉と気力もない、ちさと。ただ、ぼんやりと車窓からながれる風景のどこか一点だけを見据えていた。

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