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2ー②

 何とも言えない複雑な表情をする学。彼の顔を見た由香も表情が雲るのだった。


「学……」


 彼女は視線を学から、そらすと小さな声で呟く。


「さっきのは……嘘」


 また、ポツリと呟いた由香。


「ホントは……予定――――通り、なの」


 学は自分の目をしっかり見る事のない由香の顔を覗き込んだ。自分から顔をそらしたままの彼女に声を荒げて責める。

 興奮して、学が由香の肩をめいっぱいの力で、わしづかみにした。


「なんで――――――なんでっそんな嘘つくんだよ」


 由香は学に今にでもすがりつきそうなくらいの勢いで、懸命に自分の誤解を解こうと必死に弁解するのだった。


「だって、このまま遠距離なんて曖昧な関係が続くと、傷つくの学だからっ」

「僕の為に……だって?」

「学が傷つくのみたくないのっ」

「だからって、勝手にそんな嘘を」

「学の為には嘘しかなかった」

「そんなの僕のためなんかじゃない!」


 怒りに任せた学は冷たく由香に言い放つのだった。すでに机にあった教科書やノートを荒々しく片付けては立ち上がる。


「ま、学?」

「予定通りなら、もう行くよ……」 

「講義――――どうするの?」

「もともと途中で抜けようと思ってた訳だし。もういいだろう、急ぐから」


 由香は立ち去ろうとする学に、尚もしつこく名前を叫んで引きとめる。


「ちょっとっ待って学」


 何度由香に名前を叫ばれても学は何も答えなかった。

 無言のままその場を足早に離れる。講義室には自分の名前を叫ぶ由香の声が響く、それでも講義室を振り返える事はなかった。

 学は予定の時刻より遅く講義室をでると、急いで空港へ向かうのだった。



 講義室はふたりのもめ事で、講義室全体の集中力がきれた模様。

 大勢の学生たちはその騒ぎにノートを取るのも忘れてどよめきだっている。

 無論、ここまで授業をぶち壊されて講師が黙っている訳がない。


「Hey you! Could I ask you to be a little more qeiet」

(君たち! ちょっと、静かに)


 学生たちのざわめきを一喝する怒声がマイクを通して、その場に響き渡った。

 

「I,m sorry」 (すみません)


 騒ぎを起こした張本人、由香の弱々しい声が、静かな教室にヒッソリと響く。

 それで学生たちが落ち着きを取り戻したのか、すぐに講義は再開される。

 由香はというと、音をたてない様に机の上を片付けていた。彼女の屈折した本能は学を追い駆けるべきだと感じているのだった。



 古びたキャンパスの階段を幾つも駆け下りながら、携帯を取り出した。器用に携帯のボタンを押している。電話を掛け終わると校内を走り抜けるのだった。


 目的の場所へやっとたどり着く由香。正門にしばらくして、一台の車が止まった。

 それは由香が先程呼び出したタクシー。

 由香が勢いよく車に飛び乗ると運転手に行き先を指定する。


「To the airport」(空港までお願いします)

「I got it」(わかりました)

 

 後ろを振り返った運転手は焦る由香の顔を見て、ただ事ではない状況だと悟ったらしく、即答で返事をした。

 由香はドアが閉まったのを確認してから、運転手の背中越しに再度話かける。


「Take the shortest way,please」(近道でお願い)


「It,s okay」(いいですよ)


 運転手はハンドルを握ったまま再度返事をした。

 サイドミラーとバックミラーで安全確認をして、サイドブレーキを上げ、PからDにシフトチェンジ。アクセルを踏むと車はやっと走り出す。


 しばらく順調に街中を走っていたタクシー。それでもだんだん空港に近づいてきたら、時々渋滞で動かなくなってしまう事がしばしばあった。

 由香はその度に後部座席で焦り、イライラする。道中、そんな事もありつつ、やっとの思いで空港に辿り着くのだった。


 学は空港に来るまでに由香と揉めた事もあって、結局見送りに間に合わなかったのだ。

 空港の中心で、莉亜が搭乗した後もフロアに独り立ちつす学。


(リアちゃん……)

  

「――――学っ」


 誰かが名前を呼でいると、そう思った瞬間、声の方へ振り向く学。

 由香が駆け寄ると、小さく肩を上下させる。

 そんな姿を目の当たりにした学は、息を切らす由香を見つめるだけだった。

 何も考えてなかった由香は、どう話掛けたらいいのか、わからずに言葉を詰まらせる。


「あ~えっと――っ」

「わかった。僕らの事が心配で来てくれたんだね」

 

 と、学が答えた。

 どこどう理解したら、そんな答えが出るのか、学への理解に苦しむ由香。この状況の中で、見事に見当違いの答えを導き出した彼に、ますますどう答えていいのかわからなくなるのだった。


 いつも予想の斜め上を人とはズレた答えで応えてくれる学。むしろ、ココで違うと答えてもよかったが、彼を混乱させても仕方がないので、平然を装い答える。


「そうよ、心配で来たけど……何か文句でも?」

 

 首を左右に軽く振って、少し苦笑したような表情を浮かべる学。


「いや、ありがとう由香ちゃん。意外と優しいんだね」

「それより、間に合ったの?」

「……ううん、ダメだったよ」


 悲しそうな表情の学にそれ以上なんて声を掛けていいのか、由香は分からなかった。

 そもそもふたりの邪魔をしたのは、プライドの為だけに――――


 学を欲しいと思ったから。スタイル抜群で美人の自分をさしおいて、勉強だけしか能のない莉亜に告白したのが、ただ気に食わなかった。

 それなのに、今は学を見つめているだけで、何かが胸を締めつけて苦しくなるのを感じていた。その瞬間、自分の気持ちに初めて気がづくのだった。


(この、あたし……が学を好き、になってる――って事?)


 由香は自分の中で気持ちを整理しようとパニクッている。

 学はそんな由香の気持ちに微塵も気が付かない様子。ただぼんやりと立っていたが、何も答えなくなった由香に声を掛ける気になった。


「ごめんね。こんな空港の中心で落ち込むなんて、やっぱり――――ダメだね、僕」

「……学」


 辛そうな学が可哀想すぎてみていられない由香。こんな時くらいは優しく声を掛けないとダメだと感じるのだった。


「帰ろうよ、学」

「――――――うん」


 飛行機に乗って彼女の元に飛んでいきたいと願っていた。学はまだ動けずにいる。


「ここにいても、仕方ないから、戻ろう――――キャンパスに」


 黙ってうなずく学。うしろ髪を引っ張られる思いで見つめる搭乗口。当然、そこにいつも優しい笑顔の莉亜の姿はない。


「行こう、学っ」


 学は目の前の搭乗入口を見つめたまま、由香へと無言で頷く。

 外を出た瞬間、空を見つめる学の眼差しには、空に飛び立った飛行機が見えるのだった。

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