19ー②
「イッテー」
一度ぶたれた勢いで莉亜のいる場所から、少し距離が離れた祐大は、また彼女の前に立ちふさがる。
「何も両手で殴るこたぁねぇだろっ」
「あっあなたが悪いんだから! 信じられない――――――よく言えるよね、そんな事」
潤んだ瞳で祐大を睨み、非難した莉亜。
「ちょっとしたジョークだろ」
「冗談にもなってないしっ」
「マジでお前みたいな、堅物と寝るわけないだろ」
祐大の罵った言葉がとどめを刺した。
莉亜は呆れ果てた様子で、ただ無言で彼を責めるのだった。
自分の言った事が、相当まずい事に気がついた。そして、祐大はやたら無意味に手を空中で動かし始める。弁解する言葉が思い浮かばなかい。
以前、目の前には涙をこらえている莉亜の姿。とうとう涙を流すのだった。どうやら、彼女の涙の堤防をコッパミジンに破壊したようだ。
「ホントっ最っ低!」
莉亜は目を真っ赤にして泣きながら、キッチンを走り出て行く――――――最後に捨て台詞だけを残し。
廊下で龍之介とすれ違ったが、彼の横を涙を拭きながらすり抜ける。
龍之介はその姿を目で追うが、顔を自分には見せないように隠す莉亜。その行動をみた龍之介は、敢えて彼女には声を掛けないでキッチンに入るのだった。
次はキッチンの奥で顔の両頬を手で擦る祐大が、目に映る。
「あいつ、泣いてるみたいだったけど」
「なんもしてねぇーよ」
と、祐大は龍之介の質問に答えた後、また、頬を擦った。
半場呆れた表情でキッチンの椅子に腰掛けた龍之介は、タバコを一本取り出す。
まだ顏を擦る祐大。赤く腫れているのが、龍之介にもわかった。口にくわえていたタバコがポロッとこぼれ落ちる。
「――――っ」
龍之介の言いたい事が瞳に乗り移ったのか、逆に祐大が不服そうにきく。
「なんだよ、その目は?」
「頬に赤い羽根の……あと、があるぞ」
「これはある意味、勲章だ、勲章」
祐大がヤケクソ気味に頬を擦りながら応えた。
(あの女――――――マジで引っ叩きやがったな。両頬がまだイテェ~)
腫れ上がった頬を気にしながら、また脱衣所に戻る祐大。
脱衣所のタオル置き場からタオルを取り出してから、洗面台でタオルを濡らした。
「マジで手形のあとが、しっかり残ってるじゃねーかよ」
濡れタオルでホッペタを冷やしながら、鏡に映る自分の顏をマジマジ見るのだった。
◇◆◇◆◇
「ハァ……」
ぼんやりとベランダから外の風景を、眺める莉亜。赤く熱いまぶたを風が冷やしてくれる。
(やっていく自信なくなったかも――――)
ベランダの銀色の柵にもたれながら、思い悩む莉亜。
龍之介がそこへタバコを吸いながら、ベランダに入って来た。
「あれ、こんなとこで何してるんだ?」
龍之介の声に振り返った莉亜は、薄っすらと浮かべてた涙を急いでぬぐう。
「――――龍之介くん」
「泣いてたのか?」
「泣いてなんか……」
龍之介はそれ以上の追及をやめた。やり場のない片方の手を後頭部に持っていくと頭をかいた。
「あ~、俺ココでタバコ吸うけど」
「――――気にしませんから、どうぞ」
「俺が、気になる。だから、部屋に戻ってくれないか?」
「だって、ここの方が今は落ち着くんだもん」
「俺もこの場所が落ち着くし、タバコはここでって決めてるから」
莉亜のうるうるした瞳にまた涙が浮かんだ。
「あたし……邪魔かな?」
「――――別に」
少し離れた場所で、龍之介がタバコを吸い始めると莉亜も目の前にある景色をただ眺めた。
龍之介の口からはタバコの煙が上がり、暗い夜空にスーっと白い煙がとけこむのだった。