第18・5話 追憶の彼女
莉亜が積み重なった本を、ひとつずつ丁寧に机の上に置いてから席に座る。休憩にひと息つくのだった。
積みあがった本をみないように、視線をそらすとそこには榊本慶太の姿。
図書室の黒っぽいテーブルに小難しい本を開いて、なにやら勉強している模様。そんな彼の姿に身体が硬直して、声を出せないでいた。
どうしてかはわからないが、初めて会った頃から、彼は自分の存在を無視する態度を取る事が、しばしばあった。
(どうしよっかな、声掛けるべきなのかな……?)
莉亜がひとりで戸惑う姿に、いつからか気づいていた慶太が、先に声を掛けるのだった。
「そんなにジロジロみないで、くれるかな」
莉亜を見ずに、ノートとにらめっこしたままの慶太が彼女にそう言うと、彼女は益々動揺しはじめるのだった。
「っえ――――あっ見てた訳じゃなくて、そのタイミングをうかがってたら――――声、なんとなく掛けそびれちゃって……なんて言えばいいのか――――ごめんなさい」
「別に――――謝られても」
「だ……ね」
(なに、くちばしってるんだろうあたし。ものすごく、気まずい、このままじゃダメだ……なんか話さなきゃ)
「あっ――――あの、べ、勉強?」
「……ああ」
「そうなんだ。あたしも文学のレポート書くのにね、ちょっと図書室に用があって」
「そう――――」
「そう……なんだよね……文学の教授ってば、結構、厳しい人でね」
「―――――――そう」
「そうなんだ……そう言うわけでね、目の前にこんなにも沢山の本があるん――――」
「あのさ――――」
「な、なに?」
「声、デカくてうるさいんだけど。黙って自分の用事でも済ませたら?」
慶太の的を得たお言葉に莉亜は言葉を失うのだった。それでも慶太の逆鱗に触れたのか、彼のお説教は続く。
「それに、ここは君のおしゃべりする場じゃ、ないよね。静かに勉強するか、本を読む所だろ?」
「だね……」
「なら、迷惑かかるような声で、話をしない方がいい」
「だね」
不機嫌なオーラを身にまとった慶太は無言で立ち上がり、目の前の物を片付け出した。
「あ、あの」
「……もう、今日はここで勉強できそうもないから行くよ」
その一言だけ残して慶太は莉亜の目の前から消えていくのだった。
取り残された莉亜は誰にも聞こえないくらいの声で、小さく呟く。
「何も……わざわざ出て行かなくても――――――いいじゃん」
少しだけ不服そうな顔をした莉亜。自分の言葉をぶつける相手がいなくなり、慶太が歩いて行った方角を何とも言えない気持ちでただみつめる事だけしか、できずにいるのだった。
大学の図書室から逃げる様に出た慶太。キャンバスを歩くなか、ふと過去の出来事に思いをはせる。
◆◇◆◇◆
「ごめんなさい、あの本取ってくれませんか?」
「――――――っえ」
慶太は声の聞こえた方を見上げた。そこには本を山盛り積み重ねた苦笑いの女子が立っている。彼女の視線の先を自分も辿る。
床には一冊の本がひらかれたまま落ちていた。
「そ、その本なんだけど」
念を押すために彼女はもう一度声を掛ける。
椅子に腰かけたままの慶太は無言で、それを手に取った。床から本を拾いあげると彼女が持つ積み上がった本の上に置く。そして、彼女の持つ本を代わりに引き受けた。
「あっ」
身軽になった彼女は申し訳なさそうな顔で慶太をみる。そんな彼女を気にする事無く慶太は話を進めた。
「これ……どこに持っていけばいい?」
「あたしなら、大丈夫なんで」
「大丈夫じゃなさそうだけど」
慶太に反論されると彼女はまた申し訳なさそうに黙り込んだ。
「――――本落ちる度に音したら図書室なのに、皆驚くだろ?」
小さく頷いた彼女は運ぶ方向を指差した。
移動させ終わった本を見ながら彼女は苦笑いで話し始める。
「ありがとう……ホントはひとりで運べなくて」
彼女の言葉で慶太は目の前にひろがる本の海へ視線がいく。
「これだけあれば、普通は誰かに手伝い頼むだろ?」
「うん――――でも、頼まれたのはあたしだから……」
「俺が手伝わなかったら、どうするつもりだったの?」
「先生はゆっくりでいいからっておっしゃってたし」
「できないなら断れば済む話だと思うけどね」
「本が好きだし、ゆっくりならできるかなって」
「まぁ君が頼まれた事だから、俺には関係ないけどね」
「でも――――手伝ってくれたね」
冷めた態度をとる慶太の方を見て、彼女はクスっと笑って見せた。
慶太はその笑顔になんとなく自分の事を見透かされたような気がして、彼女から顔を逸らすのだった。
「今回だけ」
「……ありがとね、榊本君」
「俺の名前――――知ってるんだな」
何も言わず彼女は微笑んだ。そして、自分の胸についてる名札をトントンと触れる。その名札には吉永璃紗と書いてあった。
慶太の謎が彼女の行動のおかげで、すぐに解明されるのだった。
「――――――なるほど」
名前の謎は解けたが今度はどこかで見覚えのある彼女の名前。それが慶太には引っかかった。思い出そうと自分の記憶を探り出し始めるのだった。
慶太の追憶は自分の意思とは無関係にそこで終える。
◆◇◆◇◆
「おい、兄貴」
榊原祐大の声が慶太を追憶から引き戻した。目の前にはキャンバスを歩くたくさんの学生と自分と同じパーツを持った弟がいた。
「――――んっ?」
祐大に不意を突かれた慶太は、いつもとは違う気の抜けた声を出すのだった。
何とも言えない顔で祐大が慶太の顔を睨んだ。心配して声を掛けたのに、自分のそんな気持ちを理解していない腑抜けた態度の慶太。呆れるやら情けないやらで何とも言えない気持ちになるのだった。
「んっじゃねぇーよ」
「用でも――――――?」
「用なんかねぇよ。別になんでもねぇけど……」
「ないなら、またな」
立ち去ろうと歩き出した慶太に、祐大が彼の背中に向けて声をなげかける。
「らしくないから、声掛けただけだっ」
慶太が祐大の言葉に振り向くのだった。そして、答えにならないこたえを呟く。
「俺……やっぱダメかも――――――しれない」
慶太がそれだけを言い残して、キャンバスを何事もなく歩いて行く。
先程までとは違う慶太の様子に目を丸くして突っ立ったままの祐大。その場で彼が残した言葉に首を傾げるのだった。
「なんだ、それ。わけわかんね~し」




