第10話 新しい日常
大学生活へ。それに伴ってある人物たちのせいで窮地へたたされる事になる主人公。そして、主要なサブキャラも登場します。
「あの後、ゆっくり寝る事できた、良人くん?」
莉亜が昨晩の出来事を気に掛けて、良人に声を掛ける。
朝日の光がキッチンの窓から入り込み、部屋全体を明るく照らしている。
寝起きで部屋が少し眩しそうな表情の良人。
「うん、ま~なんとかね」
キッチンにあるテーブルへ、焼けたパンを皿に並べながら、良人は寝ぼけ声で答えた。莉亜も冷蔵庫から飲み物を取り出して3人分を用意。
朝ごはんの準備が終わると莉亜だけ座ると祐大を挟んだ状態で続きを話す。
「あの、昨日はありがとね、良人くん」
「いや、俺が勝手にした事だから、気にしないで」
「うん。優しいんだね」
「いやぁ、そんな事ないよ」
莉亜の笑顔に良人は顔をだらしなく緩ませた。
朝ごはんの準備もせずにただ座っていた祐大が、焼いたパンを片手に寝起きの悪さを発揮する。
「なぁに、ニヤついてんだよ。気持ち悪りぃな」
「見えてもないのに、変なこと言うなよ」
「お前の事だから、だらしない顔でもしてるのかと思ってな」
「そんな顏……してないよ、俺は」
「さいですか。ほんじゃ、朝からお熱い事で」
祐大はてんこ盛りの嫌味を、のし付けた言葉で、良人に返した。
シンクにいた良人が、何か言おうと彼の後ろ姿を睨んだ。
ふたりの会話に割って入る慶太。
「ふたりともさ、朝から静かにしたらどうだ?」
ほとんど呆れ顔。ふたりのケンカに見兼ねて、慶太がキッチンの入口でふたりに声を掛けた。
朝から、余計な事を言われたくない祐大は、彼に減らず口を叩く。
「兄貴、タダの……日常会話だよ」
慶太はそんな嫌味に応える事なく、無視。キッチンの中を歩き進む。
良人はそれまで歯を食いしばった険しい顔をしていたが、今はいい気味そうに、コッソリとひとりで笑みを浮かべるのだった。
ふたりのやり取りを見ていた良人は、晴れやかな表情。慶太へ爽やかな朝の挨拶をした。
「慶太、おはよう」
「――――慶太さん、おはようございます」
近くを横切る慶太に、昨日の一件もあって、彼に目を合わせられないでいる莉亜。
慶太は横目でチラッと莉亜を見たが、何も反応しない。涼しい表情で、彼女の事を華麗にスルー。コーヒーを作る為、キッチンの奥へ。
良人が慶太の耳そばまで近づくと、ぼそぼそ何か言っている。
「慶太、彼女声掛けたんだから、応えてやってくれよ」
その言葉が気に触ったらしく、露骨に嫌そうな顔をする慶太。ジっと彼を睨む。
良人はそれでも動じる事なく、慶太に向かって、ニッコリ微笑んだ。
観念した様子の慶太はため息ひとつ吐く。それから、仕方なく莉亜へと挨拶を返すのだった。
「――――――おはよう」
慶太が、それでも莉亜を見る事はなかった。
良人はふたりのそんな様子に、何も気づかない。得意げな顔をして、彼の耳元でささやく。
「分かって貰えて、よかったよ」
ご満悦な笑顔で、自分の席に座る良人。
隣には少し元気がなくなった莉亜が食事を取っている。
「そう言えば、片瀬さん、俺たちと同じ大学だよね?」
「うん、そうなんだけど……」
食事の手を止めた莉亜、それ以上何も言えないでいる。
「どうかしたの?」
「その……できれば、誰か一緒に――――――――」
「お前、俺らと同じ大学なわけ?」
ふたりに対して、無関心だった祐大が、急に会話へ割り込んできた。
「うん。一緒に来てもらえたらって」
「わりぃけど、お前の子守なんかできる程、暇人じゃねぇよ」
食べ終わった皿をそのまま残し、祐大はそう言って、さっさとキッチンを出て行った。
すぐさま、良人が莉亜に声を掛ける――――このチャンスを逃さんとばかりに。
「じゃあ、片瀬さん。俺が一緒に行くから」
「ホント?」
「うん、だから安心してよ」
「ありがとうございます」
「ううん。最初から案内するつもりだったからね」
「よかった。ひとりじゃ、少し心ぼそかったし……」
「じゃっ、元気出して、ご飯食べて」
「うん」
ふたりとも満面の笑みで、朝食を再開する。
コーヒーカップだけを持った慶太が、楽しそうなふたりを横目にキッチンから出て行くのだった。