第9話 重なる人影
同時刻、目が覚めた莉亜は静まりかえった榊本家を徘徊していた。
「ノド渇いちゃった。下におりて水でも飲もうかな」
その言葉で始まり、暗闇を徘徊する事10分。キッチンに莉亜はやっとたどり着くのだった。
電気のスイッチを壁からさがす為、ペタペタと手の平で壁を触る。
「あった――――」
莉亜がパチッと音を鳴らし、キッチンのスイッチを押す。部屋は電気で見る見るうちに照らされた。
キッチンは目が眩むほどの明るい部屋に。暗闇に目が慣れていた為、何度かマバタキして、光に目を慣れさせる。
そして、目が明るさに慣れた莉亜はシンクに歩いて行く。近くに置いてあったコップを何気なく掴んで、水道水を注いだ。彼女はそれを一気に喉を鳴らしながら、飲み干した。
「プファ~!」
ビールを一気飲みしたおっさんの様な声を出す。
口の周りを拭きながら、飲み終えたコップをシンクに置いて、キッチンを改めてうかがい見る。誰もいないはずの階段の方から、物音がきこえてくる。
「んっ? なんか……物音が」
物音がきこえる方を莉亜は息を殺しながら、近づき見る。入口から顔を恐る恐る出して、耳をすませる。
「何も――――きこえない。気のせいだったのかな」
暗闇を見つめたままの莉亜が、身体を震わせた。
(なんか――――こわいかも)
「部屋にもどろう」
悲壮感漂う顔で、暗闇を心なしか莉亜は早歩きで歩く。一気に部屋まで戻り、自分のベットへ一目散に潜り込んだ。
(……お酒、クサッ)
莉亜は鼻に手を覆いながら、もう片方の腕を布団から伸ばす。その先にあったスタンドの紐をつかんだ。そのまま紐を引っ張って、灯りをつける。
まだベッドの中では、お酒の匂いで、顔を歪めたままの莉亜がいるのだった。お酒の匂いがたまらなくなって、下から一気に掛け布団と一緒に、彼女は身体ごと起き上がる。
布団からでた莉亜の目に向かいの壁がとび込んだ。
スタンドの灯りで壁にはもうひとつのあるはずのない人影が、浮かびあがっていた。その瞬間、榊本家中に、恐怖とパニックの悲鳴がとどろく。
人影はその悲鳴を聞くなり、目の前にいる莉亜に襲いかかった。もみ合ううちにふたつの人影は重なりあい、バランスを崩してベットから落ちると、家中にけたたましい爆音の様な音が鳴り響いた。
(痛くない――――んっ何? 柔らかい、感触)
目をつぶっていたのをゆっくり開ける莉亜、同時に部屋の扉も開く音がした。
「な、何してんの? お前ら」
知らない男性の声に続いて、莉亜にとって聞き覚えのある声も聞こえた。
「か、か、片――――瀬さん、口が口が」
激しく動揺する声の主は良人。目の前の信じがたいシュチュエーションに、ショックを隠せない。その場で崩れて座り込んだ。
(な、何かのまちがい。そっそう、これは夢なんだ――――――夢だとしたら……)
「あ、悪夢だ……」
良人が言うとおり、悪夢なのかもしれない。
何をどうしたら、そんな器用なマネができるのか、人生初の体験を莉亜は思わぬ事故で済ましてしまったのだ。
「ング――――フング」
口がふさがった状態で、声にならない声を出す莉亜。真下にいる男性の唇から、自分の唇を必死にはがした。
キスの呪縛をなんとか解いたが、放心状態。
男性はというと自分の身体からいつまでも動こうといない莉亜に、シビレを切らしていた。
「重い――――早くどいてくれ」
それでもピクリとも動かない莉亜。今だ上に彼女がいる為、うめき声に似た苦しそうな声が、男性からもれた。
苦痛の声に反応する莉亜。真下にいる男性の顔をぎこちなく見る。その瞬間、瞳が一層丸く、いつもより大きくなる。
「――――あなたはっ」
「ゲッまた、あんたか」
莉亜の顔が見えて、嫌そうに吐き捨てた男性。
そして、馬乗りになっていた彼女を遠慮なく、身体から落とした。落とされた彼女は今だ部屋でしりもちをついたまま座っている。
莉亜の部屋のドア前では良人と男性たちがいる。全員併せて3人。
その中の1人が部屋にいるふたりをからかうような口振りで言うのだった。
「来て早々、やってくれるぜ」
廊下にはまだ別にもうひとり男性がいる。その男性が、冷淡な表情で言い放った。
「確かに、ね」
聞き慣れない声の方を立ち上がり見る莉亜。
扉には良人以外にふたりも男性がいる事に気づく。顔がそっくりさんな人間がいる。奇妙な後景にクリクリとした瞳をパチクリさせるのだった。
「って――――あなたたち誰っ!?」
莉亜の疑問に同じ部屋にいる男性が、扉にいる3人を指差し、ひとりひとりの名前を言い始めた。
「顔がそっくりな奴らは、右が祐大で、左が慶太。もうひとりは」
「知ってます、良人くんでしょ」
「そうだ。それにこの家に住んでるのは、俺たち4人だ」
「俺たちって、まさか――――――」
莉亜は言葉が途中で出なくなる。
良人は彼女がこれ以上ショックを受けないよう、慎重にゆっくりと話し出す。
「寝てしまって言うタイミングなかったんだけど、片瀬さん俺たち一応みんな兄弟で――――」
「そっ、良人が言う様に、俺はこの家の住人で榊本龍之介」
「って事は、何? ココであなたたち兄弟と住むの?」
榊本兄弟を順に見終わった莉亜が、自分に指をさして誰ともなく聞いた。
質問に答えたのは、だるそうにドアへ寄り掛かっていた祐大。
「まっそう言う事みてぇだな」
「ム、ムッムリッ、4人って……」
ワナワナと震える身体を自分の両腕で抱える様にして、力いっぱい首を横に振る莉亜。
龍之介がその様子に呆れ果てると冷めた口調で言い放った。
「それはお互い様だ」
「お互い様って、あたしは女の子だし、そっちは」
話を続けようとして何か言葉を探したが思い浮かばない莉亜。何か言いたそうに口ごもる。
何が言いたいのかを察して、莉亜の代わりに祐大が答えた。
「まっ4人もいるし――――野郎だしな」
祐大の言葉のあとに、今度は慶太が理解できない口振りで話に割り込む。
「でっだから、何?」
「何って、理解できるでしょ?」
「理解も何も、問題ないよ。君がここに住まなきゃね」
「行く場所ないんです……ここしか」
困った様子の瞳で訴えかける莉亜。それでも追い込むような事を慶太は遠慮なく続ける。
「それは君の都合だろ? 場所がないなら、住むしかないだろ?」
「あたしにとって、そんなに簡単な事じゃ」
「じゃあ、出て行くしかないね」
「だから、行く当てが……住むには――――」
無慈悲な慶太の態度に莉亜は悟った。これ以上自分が話続けても、無駄だということに。
慶太との会話が止まったまま、この話の出口がいつまでたっても現れないのだった。
そこへ、こうちゃく状態のこの状況を脱する為、榊本兄弟のひとりが、話を再開させる。
「住むには、なんだよ?」
沈黙をするしかできなかった莉亜が救い主の方を見た。
声の主は双子の弟の榊本祐大。今の状況を打開する為に、彼女に疑問をなげかけるのだった。




