5ー②
「早くても2時間ぐらいに家に着くかな」
そう言ってから、良人が車のドアを閉めた。
車の運転席にある鍵を回しエンジンをかけるのを莉亜は見計らって話しかけた。
「2時間って結構遠いんですね」
「うん、もしアレだったら、どこかで休憩してもいいし。遠慮なく言って」
「はい、そうしますね」
車が走りだしてから、ふたりはとりとめのない話をしていたが、ネタもつき、車内には走行する車の音しか聞こえなくなっていた。
緊張のせいかチラチラと莉亜を気にしながら、注意散漫の良人。沈黙に絶えられない様子の彼はカーナビのHDDの再生の文字へ視線を向ける。
「あ、音楽いいかな?」
良人に尋ねられると莉亜も軽く頷いて答えるのだった。
「えっ――――はい。どうぞ」
車内に音楽が流れ出すと莉亜がおもわず口ずさんだ。
「恋なんて~ンンンンンンの~シーソーン~、あっこれ知ってます!」
「あっ知ってる?」
「はい、すごく有名な方の昔の歌ですよね」
「うん、そうそう。この歌結構好きなんだ」
「そうだ、最近の歌の流行ってなんですか?」
「うーんと、やっぱりJポップかな。今はアジアのアイドルグループも結構人気があるかな」
「へぇ。そうなんだ」
音楽を口ずさみながら、しばらくの間聴いていた莉亜は疲れがどっと押し寄せてきた。車の揺れがちょうど心地よくなると睡魔が襲う。うつらうつらしながらも、ギリギリ意識を保っていたが、どんどん意識が薄れてゆき、そのまま夢の中へ。
目が覚めた莉亜が車窓から外を見ると、たくさんの家々が建ち並ぶ街の中を走っていた。彼女は目を手でこすりながら体制を整える。
「あ、目覚めた?」
「はい、あたし寝ちゃってたんですね」
「うん、よく寝てたみたいだね」
「よだれとか、出てなかったですか?」
「う~ん、ちょっと出てたかも」
「えっ、ホントですかっ」
まだ寝ぼけてる莉亜は良人の一言で目が覚めたのか、急いで自分の口を指で触る。
「うそっうそっ冗談だよ」
「えっじょ冗談?」
「ごめん、ごめん」
「ふ~ん、結構いじわるなんですね、良人くんって」
少し不機嫌そうなに言った莉亜の頬がプクッと少し膨らむ。
「あっそうだ、もうすぐ着くよ」
バツが悪そうな良人は話を逸らそうと、話題をすり変える。
良人に言われて、また車窓の方を見る莉亜。周りには家が程よく立ち並ぶ場所に、一戸建ての黒い瓦の大きな家が見えてきた。
莉亜が視線の先の家を指差して聞く。
「もしかして、あれそうですか?]
[うん、そうだよ」、
良人は答えてから、ハンドルを切る。曲がり角を曲がった。
空港から走行し続けた車はやっと榊原家の裏側にある道路に到着した。そこから車庫に入る。
車を止めて降りるとふたりはそれぞれ荷物を持って家の玄関に移動するのだった。
まだ誰もいない家の鍵を開けると、莉亜を玄関に招き入れる良人。
「今日からここが俺たちと一緒に生活する家だよ」
莉亜の目の前には、はじめてみる光景が広がる。
「ここが、これからあたしの住む家」
玄関に立ち止まった莉亜はマジマジと家の中を見て、これからの生活を思いながら呟いた。
先に玄関をあがった良人が声を掛ける。
「どうぞ、あがって」
「はいっお邪魔します」
「それじゃあ、早速家を案内するよ」
先頭に立つ良人は得意げに家を案内し始めた。
莉亜は返事をしてからピッタリと彼の後ろにくっついて歩く。
「ここはリビングで。あと、向こうの廊下の入り口からはお風呂と洗面所にいけるので」
「はい」
「それとあそこはキッチンだから、好きな時にでも使って」
「はい」
「じゃあ、次は片瀬さんの部屋だね」
「あっ…はい」
ひと通り簡単に1階の部屋を案内すると2階へ。
頑丈そうな階段を上がると2階の廊下部分に通じている。
廊下を挟んで左右にある壁にはドアが3つずつあって、廊下のつきあたりには1つだけ別にドアがあった。
「あたしの部屋は?」
「片瀬さんの部屋はね、俺の部屋の隣の隣だからここだよ」
指指した部屋の前までふたりは移動する。
少し躊躇しながら、莉亜が良人へ聞く。
「ここ……入ってもいいかな?」
「もちろん、今日からこの部屋は片瀬さんのものだから自由に使って」
「はいっありがとうございます」
嬉しそうに莉亜がペコッと良人にお辞儀をする。彼女の可愛らしい姿を見て、みるみる内に表情が緩むのだった。
莉亜が恐る恐る部屋のドアを開ける。
部屋にはアメリカの家と同じ見慣れた家具が並べられていた。ホッとした彼女は部屋に入るとゆっくり部屋を見てまわる。
良人はそんな莉亜の様子を見て、感情が高ぶり抑えられない模様。急に部屋の話を彼女にはお構いなしに夢中でし始めた。
「ここの部屋なんだけどさ。実はひとりでセッティングして、家の奴が誰も手伝わなくてさ、大変だったんだ――――いや、気にしないで。大変だったとかは別にいいんだ。ってかいつもの事で慣れてるし俺。それより……片瀬さんの事を想いながら――――」
良人は自分の苦労話を、ゆっくり間をためながら話す。最高潮に感情が高まると最後のセリフ共に莉亜を振り返る。
「って、あれっ。片瀬さん?」
振り向いた良人の目の前にはベッドで座った形のまま横に倒れて動かない莉亜の姿が。疲れ果てていたのか、彼女はベットで寝息もなしにスヤスヤと寝ている。
良人がそっと近づいて、ベット前に音をたてないように座る。目の前にある無垢で無防備な寝顔を見るのだった。
「片瀬さんの寝顔、やばい可愛すぎるよ」
顔が緩みっぱなしの良人。その上、瞳が完全にハートになってしまっている。本人は何も気づいてないのか、間違いなく、誰が見ても彼を痴漢と間違う様な状況。そんな状況の中、しばらく彼女の寝顔を彼は心ゆくまで堪能したようだ。
満足した表情の良人は優しく莉亜の身体を、布団の中へひとつひとつ丁寧に収納して行く。最後に掛け布団を彼女に掛けようとした瞬間、今まで一番ふたりの顔が接近するのだった。
良人の頭には善からぬ事が脳裏に浮かんだ――――――今、この家には自分たち以外誰もいないという事が。
(この状況は男にとってはおいし過ぎる)
そして――――――――――…・・・
少しずつ莉亜の唇に引っ張られるのを、本能が支配するまま受け入れる――――――万有引力のごとく唇に引き寄せられていく。
(やばっ――――理性が吹っ飛びそうだ。もう……止められない)
柔らかな唇に触れるか触れないかの距離で動きを止める。
莉亜の寝返りで、我に返った良人。腰が砕けたようにズルズル床に沈む。魂が抜けた様子で少しの間へたり込んでいたが、やっとの思いで立ち上がる。
そして、逃げるように莉亜の部屋からおぼつかない足取りのままフラフラと出ていくのだった。




