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3-5 悪徳商人のタチが悪すぎる(1/3)

「ああ、イヴァン。例の薬師だけど、失踪したわよ」


 エンテ伯爵領の別荘地にあるシュトルヒ公爵家の別荘……略してエンテ邸に私たちが滞在を始めた翌日。朝の散歩時間にお兄様とリーノ様がクラリス様からのご挨拶を受けたところに立ち会った後、私たちは作業用にと与えられた部屋に集合していた。

 メンバーは、私とクロードお兄様、リーノ様にイヴァン様の四人だね。そこにクラリス様がお昼寝なさったのを見届けたフェリシア様が訪ねていらっしゃって五人になった。扉の外ではシュトルヒ家の護衛騎士様が待機してくださっているみたい。

 

「例の薬師……って。以前若様がお話ししてくださった、クラリス様の処方を全部任されていたっていう薬師ですか?」

「ええ、そうです。皆さんは事前に情報共有を受けていらっしゃるようですね」


 フェリシア様は真面目な顔で、私の言葉に頷いて応えてくださった。

 

「その件を含めて、イヴァンから事前に書面で尋ねられていたことの結果など色々と共有いたします。お互いに情報交換いたしましょう」

「そうですね。よろしくお願いします」


 フェリシア様の言葉に全員がうなずく。机の上に色々と積み上げられている書類を、それぞれが手に取り確認する。

 

「薬師の件については改めてもう少し詳しく、そうだな……まずは診療所から説明が必要か。エンテ伯爵領のこの保養地エリアには、本格的ないわゆる病院というものがないんだ。基本的にはみんな短期でしか滞在しない場所だからな」


 例えば邸の管理を任されている使用人とか、そういう事情でずっとこの辺りに住んでいる人もいるにはいるようだけれどね。そういう人たちが病院へかかる場合は、少し離れた場所にある街まで行くらしい。それほどでもない軽い体調不良や応急処置であれば、湖のはずれに薬師が何人か在籍している簡単な診療所で薬を処方してもらってすませることが多いそうだ。

 別荘へ来ている高位貴族たちだって、もし大きな病気や怪我をしたなら応急処置だけならともかくちゃんとかかりつけに診てもらいたいよね。そしたら王都なり領地なりに帰還するだろうから。……で、今回問題になっている薬師はその診療所に所属していたらしい。

 

「ご存じのとおり、クラリス様については奥様から依頼されていると言っていつも同じ女性の薬師が担当していたんです。この邸への往診にも定期的に来てくれていたのですが、先日突然来なくなりまして。そこで診療所に尋ねたところ、急に一身上の都合で辞めた、という話なんです」

「えっ、挨拶とかもなしに突然……ですか?」

「そうなんですよ。ですから敢えて、失踪(・・)という言葉を使いました。いくらなんでもあまりに不自然ですし、それこそ奥様も何も聞いていらっしゃらないということでしたので。タイミングとしてはクラリス様がイヴァンから手紙を受けとって、私たちが事前の調査や家具の取り換えなんかに取り掛かり始めた頃でしたね」


 それは……案の定何か探られたらまずいことをやってる自覚があって、アインホルン公爵家子息が乗り込んでくるって聞いて逃げたってことだよね?

 

 診療所の同僚の薬師たちも、『シュトルヒ夫人から一任されているから』とクラリス様の処方には一切触らせてもらえなかったし情報も明かされてなかったみたい。もしかしたら動きを怪しんでいる人もいたかもしれないけど、かといって一介の薬師が公爵家夫人の名前を盾にされると無理な介入は難しかったのかもしれないね。

 そんな中でいきなり『一身上の都合で』と退職して、その際にクラリス様のカルテを含めて全ての情報を完全に抹消していったらしいから……それはまあ、だいぶ怪しいわ。

 

「まあ、想定の範囲内だな。公爵家で雇った監視をつけていたし、足取りの調査もしてもらっているところだが……」

「あら、じゃあ彼女が失踪……退職したことは知っていたのね。それならそうと言ってくれればよかったのに」

「いや、こっちもフェリシアが事前に情報をよこしてくれていなかったら監視をつけたりはできなかったからな、それについては助かった。俺のところに報告が来てるのは、そいつが乗合馬車に乗って王都を経由して馬車を乗り換えて、西方のシュトルヒ領都までたどり着いた……というところまでだな。その後も監視は続けさせているが……ちなみにシュトルヒより更に西のアメイゼ侯爵領には、ノイライヒ商会の本部がある」

「ノイライヒ商会……。はあ、案の定ね……。今回のその薬師のことがあって彼女についてエレオノール奥様に尋ねたとき、初めて彼女がその商会からの推薦だったと聞かされたのよ……。奥様が懇意にしていた商会の担当者もぱったりと王都の奥様を訪ねて来なくなったそうだし、状況的にもそこがつながっていることは確定でしょう」


 ノイライヒ商会。新しい名前が出たけど、その薬師の話をしていたときにも出ていた例の健康食品売りつけ商会かな?

 

「あの商会は、奥様のお気に入りなんです。他では見ないような色々と珍しい商品を取り扱っていて、奥様はそういうものが昔からお好きなので……。なんというか、その……純粋(・・)な方なのです……」


 フェリシア様は呆れの混じった困り顔で言った。あ~……クラリス様も仰っていたっけ。確かお母様が信じているまじない(・・・・)の影響で男児として育てられた時期があって、そういう理由で一人称が僕なんだとか。そういうまじないとかを実行しちゃうだけじゃなくて、やっぱり更にいわゆる神秘的なグッズとかも買っちゃうタイプなんだね~。あー、なるほど。察した。

 

「純粋っていうか、昔から騙されやすいんだよなぁ。いい金蔓だよ」


 あー若様、直球です直球。まあ奥様ご本人やクラリス様の前じゃないからいいのかもしれないけど。

 フェリシア様はその言葉にまた怒るのかなーと思ったけど、これが否定も肯定もせずやれやれといった表情だ。立場上そうは言えないけど、心情的には肯定したい方なのかもね……。

 

 このエンテ邸での静かな環境での療養を勧めたこと自体がそもそもその商会の担当者だったらしくてそれを聞いて私は思わず頭を抱えた。

 これはもう……クラリス様を夫人や信頼できる医者からも引き離して、ほぼ人質にしてるみたいなもんだよねえ? 体調を商会の息のかかった薬師によくも悪くもならないように調整させて、クラリス様の体調を改善したい一心の夫人に付け込んで効果があるんだかないんだかわからない迷信(オカルト)グッズとか健康食品を高額で売り付けて……ってことでしょ?

 

「薬師の方は気づくのが遅くなったけれど、商会については私たちももちろん怪しんでいなかったわけではないのよ……ただ言い訳にはなるのだけれど、なかなかこの件で奥様をお諫めすることが難しくて。特に商会の担当者とは本当に数年来のお付き合いをなさっていて、なんでも言うことを聞いてしまわれるし、勧められるものはなんでも買ってしまわれるし……。私たち使用人の言葉は右から左で、担当者の肩を持たれてしまうと私たちにはもうどうしようもなかったの」

「……ではこの流れで、僕からもイロンデル商会からのノイライヒ商会についての調査結果をご報告しますね。ただ……一言先に告げておきますが、みなさんがご期待しているような内容ではないかもしれないです」


 お兄様はちょっと不穏な言葉を前置きしてから、報告書を手に続けた。

 

「ノイライヒ商会については、確かに少し珍しい品を扱っているという話も聞かれましたが、それ以外は少なくとも表面上大きなトラブルなどがあった、というような情報は掴めなかったようです。家具の入れ替えのため事前にこちらへお伺いしたイロンデル商会の担当者も、クラリス様のために設えられたお召し物や家具などを実際に確認するととても質がよく流行も取り入れた最新のものが揃えられていたと感心していたようですよ」


 おや、意外。もっとわかりやすく怪しい情報が出てくるものだと思ってたんだけどな、それは確かにちょっと肩透かしかもね。

 

「ここから先は推測ではありますが……わかりやすく怪しいものをだけを売り付けるようではすぐに商会の評判が下がって顧客や取引相手に警戒されるでしょう。ですから、少なくとも表向きは『ちゃんとした』商会の形を保つよう気を付けていたのだと思いますよ」


 まあ売り付けてくるもののすべてが怪しいものだったらさすがにすぐブラックリストに載っちゃう、って話か。そりゃあ夫人の信頼を十分に得ていたんだもんねえ。それくらいにはちゃんとまっとうな仕事もしていて、その上でちゃんとした物と詐欺まがいのものをバランスを見ながら混ぜてたってことかな。

 ……いや、それ余計タチが悪いやつじゃん。

 

「実際商会自体が怪しい組織だったというよりは、その担当者個人の独断というか……商会の名を笠に着た単独犯ということも十分可能性がありますね。まだ新興の小規模な商会のようですから、末端の担当者まで管理が行き届いていないこともあり得ます。診療所の薬師は、その問題のある担当者と個人的に繋がっていた、とか」


 ノイライヒ商会の本部があるアメイゼ侯爵領は、鉱山を擁する商業都市。鉱物を取り扱う問屋からスタートしたノイライヒ商会は、近年特に急成長した組織みたいだね。

 

「なるほどな。その線も確かにある。少なくとも夫人のところにその担当者が来なくなったというのであれば、これ以後に同じ被害が積み重なるということはなさそうだな。そこに関しては安心か……」

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