暗殺者は推しを殺せない。
「標的はシャルロット・シッティンだ」
皇太子の側近はそう言った。
暗殺者は頷く。
「承知しました」
彼は暗殺者のプロである。
今まで数多くの仕事をこなしてきた。
毒殺。
狙撃。
潜入。
何でもござれ。
依頼人の事情など興味はない。
仕事は仕事。
それが彼の流儀だった。
だから、資料を受け取った時も、いつものように確認するだけのつもりだった。
名前。
シャルロット・シッティン。
年齢。
19歳。
特徴。
金髪、青い瞳。
肖像画。
暗殺者の動きが止まる。
「…………」
もう一度見る。
「…………」
さらに見る。
「いや待て」
推しだった。
三年前から推していた。
社交界で一度見かけて以来、密かに推していた。
「なんでだよ」
頭を抱える。
完璧な公爵令嬢。
美しい。
気品がある。
歌が上手い。
礼儀正しい。
笑顔が素敵。
推しだった。
めちゃくちゃ推しだった。
「なんで依頼が来るんだよ……」
人生で最悪の仕事だった。
当日。
暗殺者は山小屋近くの木の上にいた。
弓を構える。
標的を確認する。
シャルロット。
実物だった。
推しだった。
「うわ……」
顔が良い。
めちゃくちゃ顔が良い。
「近くで見ると本当に顔が良いな……」
うっかり三度ほど仕事を忘れかけた。
だが、プロである。
仕事は仕事。
「撃つぞ」
弓を引く。
狙う。
頭。
無理。
心臓。
無理。
首。
無理。
「無理だろ」
再三いうが、推しである。
撃てない。
一方その頃。
山小屋の中。
シャルロットがナイフを振り上げ、セシリアが悲鳴を上げた。
暗殺者は焦る。
「まずい!」
依頼内容を思い出す。
シャルロット暗殺。
成功しなかったら自分が怒られる。
でも、推し。
「くそっ!」
葛藤する。
推し。
仕事。
推し。
仕事。
推し。
圧倒的推し。
仕事が負けた。
「肩だ!!」
ヒュッ。
矢が飛ぶ。
ドスッ。
肩に刺さる。
「よし!」
よくない。
全然よくない。
暗殺者として最低である。
数分後。
皇太子の側近が何も心配していない声色で聞く。
暗殺者は、仕事ぶりは一流で有名だったのだ。
「どうだった」
「撃ちました」
「死んだか」
「もちろん」
嘘だった。
肩である。
絶対死なない。
その日の夜。
暗殺者は酒場にいた。
同僚が聞く。
「仕事どうだった?」
暗殺者は遠い目をした。
「推しを撃った」
「は?」
「肩を」
「は?」
「本当は頭を狙う仕事だった」
「お前暗殺者向いてないよ」
正論だった。
後日。
王都。
シャルロット生存。
暗殺失敗。
という噂を聞いた暗殺者は
「生きてる!!!!」
大きくガッツポーズをした。
「よかった!!!!」
仕事失敗を全力で喜んだ。
暗殺者として終わっている。
その頃。
皇太子はイライラと、側近に当たり散らす。
「なぜ死んでいない?」
「原因は不明です」
(原因は俺です)
暗殺者は、誰にも言えない秘密を抱えながら、今日も元気に推し活を続けるのだった。




