依頼1件目「退職代行依頼 飲食店アルバイトS」1話
「注文まだー?」『すぐにいきます!』
「さっさとしろよグズ!」『申し訳ございません!ただいま!』
・・・
『はあ、今日もいっぱいお客様に怒られちゃったな…』
都内のビジネス街に構え、それなりに繁盛しているレストラン「ファム・ド・アルル」。ホールのアルバイトとして僕が採用されたのは去年の6月。某公立大学へ入学したはいいものの、実家を出て一人暮らしをしながらの大学生生活を送るには親からの仕送りだけでは到底不可能なものだと思い知らされた頃だった。
大学から近く、給料もそれなりに良かったというだけで選んだこの職場は思っていた以上に多忙で、過酷な労働環境だった。
正直忙しいだけならばそこまで苦ではない。
しかし、この店に来る客の3〜4割は店員に対して横柄な態度を取り、怒号が飛び交う日があってもおかしくないほどだ。特に入ったばかりでまだ仕事の効率が悪い新人の僕には当たりが強くなるのは必然だろう。
人間というものは自分より下の立場にあるものを蔑視し嘲弄したがるものだ。それは自身の立場が社会的に上級となればなるほどにーーーこの店には議員や会社役員、はたまた反社会勢力と呼ばれる人間がお忍びでくることもある。そんな店なのだーーー
当然、ただの大学生アルバイトの僕はそんな大人達に頭を下げることしかできず、日々不安と不満を抱えながら業務に勤しんでいた。
「今日もご苦労さん」
『店長、お疲れ様です。』
更衣室で着替えをしている途中で店長から声をかけられた。
「仕事にはなれてきたかい」
『少しは。まだお客さまをお待たせしてしまってばかりですが。』
「そろそろ1年になるか。店が忙しくなり私一人で回らなくなり、君を雇ったのは正解だったが…」
店長はかつて料理全般から事務・清掃・仕入れ・会計にいたるまでレストランのあらゆる業務を一人でこなしていた。しかし国の偉い人間がこのレストランに目をつけ、会食や社交の場として使用するようになって以来、このレストランは一般人よりも要人の客で埋まる日が増えてしまった。
お偉い様方はせっかちな人間が多い。店長一人だけでは到底対応が追いつくわけがなかったが、店長はそれでもお客様の機嫌を損ねることのないよう器用にこなしてみせていた。
しかし、いつしか限界を迎え、とある議員のトップの不興を買ってしまったのだ。このままではいずれ店を畳まなければならない日が来てしまうかもしれない。そう思い業務の効率化を図るためのアルバイトを雇い始めたのだという。
「君はもっとお客様との関わり方を学んだほうがいい。」
『関わり方、ですか…?』
「そう。ここにくるお客様はお固い頭をお持ちの方が多い。待つのが嫌い。下々の人間に軽薄な対応をされるのが嫌い。そんな人間ばかりなんだよ。」
『はぁ…』
「そういう人に頭を下げてでも我々はサービスを提供しなければならない。分かるね。」
『わかっています。そういう人たちへの関わり方を学べということですよね。』
「そう。気難しい上級民への対応という社会生活に於いて最も正解を見つけるのが困難な【人間関係】を君は扱わなければならないんだ。」
『難しいですよ…本当に』
「大学生の君には酷で鬱屈とした業務だろうとは思う。でも君ならできそうだと思って私は君を採用したんだよ。」
『ありがとうございます。頑張ります。それではお先に失礼します。』
「お疲れ様。そういや、もうすぐ君がきて1年になるね。引き続きよろしく頼むよ。」
僕は着替え終わり、店を出た。
5月2日、気温も心地よくなってきた夜道を歩きながら店長との会話を思い出す。
ーーー「君はもっとお客様との関わり方を学んだほうがいい。」
ーーー「そう。ここにくるお客様はお固い頭をお持ちの方が多い。待つのが嫌い。下々の人間に軽薄な対応をされるのが嫌い。そんな人間ばかりなんだよ。」
正直、まだ19になったばかりの僕にかたっ苦しいお偉いさん方の対応をさせるのは本当に酷なことだとは感じている。
最初にこの店を見かけた時、雰囲気・料理・店長の人柄、その全てに惹かれてここで働いてみたいと思ったのだが、ハズレだったのかもしれない…こんなオシャレなお店ならば客もエレガントかつ瀟洒な人たちばかりなのだろうと思っていたが実態は真逆。こんな客ばかりならやめとけば良かった。そんな感情も浮かびつつ、店としての魅力を天秤にかけながら明日も必死に働くのだろう。
明日は5月3日。世間的にはゴールデンウィークと呼ばれる3日間は大学の講義もないため、アルバイトをフルで入れることができる。だが当然客は多いだろうから、いつも以上にお叱りを受けることになるのだろう。僕ははぁ、とため息をつきながら帰路に着くのだった。
・・・
「あ゛あ゛ーっ!!今日も碌な依頼が来ないじゃーん!!!」
「濁った”あ”で叫ぶ癖はやめろと言いましたよね、桃香さん」
「だってだって、毎日つまんない依頼ばっかでつまんないんだもん!」
「某議員構文みたいになってますよ、桃香さん」
「うるさいうるさい!士郎のバカ!」
「はぁ…」
ここは都内の外れにある小さな事務所。濁声で叫ぶのは姫咲桃香。そして呆れた表情で溜息をつくのはこの事務所の責任者、つまり桃香の所属する組織の長である園田士郎。彼らはこの事務所で人間関係に悩む人のために、その関係性をあらゆる手段を使い強制的に”終わらせる”ための活動している【人間関係終了同盟】という組織を立ち上げ、SNSをメインに日々依頼や相談を受け付けている。
「だって、今日の依頼、2件とも『バイトが怠いから退職したい』って。自分で退職届出せばいいだけなのにいちいちウチらに依頼しなくてもいいじゃんね!!」
「上司に退職すると告げるのだけでも辛いという人もいるんですよ。現に退職代行サービスなるものが事業として成り立っているのも事実です。」
「ウチらはそーゆーのじゃないじゃん!もっと、社会の闇の排除とか、拗れまくった人間関係を是正するとか、そんなんやりたいのに!」
「そんな依頼が頻繁に来られるのも困りますよ」と士郎は呟きながらコーヒーを啜る。空いた手でノートパソコンを開くと、ふと思い出したかのように言葉を続ける。
「そういえば、昨日の件は解決したのですか、章助。」
「…ん、そこ、報告書置いてある。」
部屋の隅っこでスマホを横画面にしてデジタルカードゲームをしているのは、人間関係終了同盟のもう一人のメンバーである鶫章介。根っからのゲーマーであり、最低限の会話しかできない所謂コミュ障である。
「まーたそのゲームやってるの?飽きないのね」
「…ブラック・バーストDCG。面白い。」
「報告書はちゃんとあげてくれますし、仕事はしっかりしてるのでいいんですが、ちょっとゲームのしすぎではないですか…?」
「…だめか?」
「まあ暇だしいーんじゃない?ウチも買い物行ってこよーっと。」
「…良かった。」
士郎に許可を取らず、勝手に買い物のために事務所を出た桃香と、会話が終わりまたゲームに熱中し始めた章介を横目に、「はぁ…」とため息をつきながら士郎はノートパソコンを閉じた。
「とりあえず報告書読ませてもらいますね。ふむ…依頼人と対象者のアカウント同士の強制ブロックを運営会社へ依頼し無事対応完了。その他プロバイダに対象者へ依頼人に対しての他SNSでの干渉ができないよう回線遮断の対応依頼完了。オンライン上での『関係終了』を確認。と。」
「…開示情報から、リアル凸は遠方の為無理と判断。」ゲームをしながらも声だけで章介が反応する。
「ご苦労様です。ネットストーカー関連の相談依頼も増えてきましたし、インターネットに精通している章介にこういった案件は適任ですね。」
「…正直リアルより楽。」
「リアルな”人間関係”も大事ですよ。」
人間関係終了同盟は士郎、桃香、章介の3人で結成された組織だ。SNSで知り合った彼らはそれぞれ別の大学を卒業した後、就職した会社を各々とある理由で退職している。
その後士郎はアルバイトをしながらSNSで人間関係に悩む人の相談を受け、解決する事業を立ち上げたいと思い、その事業に賛同した桃香と章介が加入し、今の組織となったのだ。
現時点では会社でも法人でもないただの団体でしかないため、各々生計を立てるためにアルバイトをしながら活動している。
それぞれ役職はしっかり分けられており、士郎は活動の全てをまとめる実質的な取締役の立場。桃香は少しオツムが弱いところはあるが、桁外れのコミュニケーション能力を生かして、依頼人の人間関係の解決に向けて行動している。ただしSNSの使い方すら下手くそなレベルでインターネットの世界には疎いため、章介とだけはなかなか馬が合わないようだ。そんな章介は幼い頃からインターネットに費やしてきた経験を生かして、SNS上での人間関係に関する相談に対応している。その代わりにリアルな人間関係の形成が絶望的に下手だ。だが士郎と人間関係終了同盟の活動をしていくうちに、士郎と桃香とは徐々にコミュニケーションをとれるようにはなってきていた。
「…士郎」
「どうしました?章介。」
「…僕、頑張れてる?」
「ええ。あのお子ちゃまお嬢様よりかはよっぽど頑張ってくれてますよ。」
「だ〜〜れがお子ちゃまよ!!」
買い物から戻ってきた桃香に会話を聞かれてしまっていた。いつ帰ってきたんだろう。全く気配がしなかったが…
「なんであなたは帰ってくる時だけ静かなんですか。」
「ふふん、まるで探偵の潜入調査みたいでしょ?」ドヤ顔で胸をポンと叩く姿からは探偵というよりも、わがままお嬢様感が滲み出ている。お子ちゃまお嬢様の”お嬢様”の部分にツッコミを入れなかったのは自覚があるからなのだろうか。
「っと、そんなことよりも」
桃香は会話を続けず、別の話題を切り出してきた。
「外に依頼者がいたから連れてきたわよ。」
『どうも、初めまして。人間関係終了同盟さんはこちらであっているかな?』
「これはこれは、人間関係終了同盟へようこそ。ご依頼であればこちらへどうぞ。」
士郎は依頼者の男性を客間へと案内し、その間に桃香はキッチンへお茶を淹れに向かう。依頼者の来訪時のルーティンである。
「どうぞ、お茶です!」
『ありがとう。』
「それでは、ご依頼の内容をお伺いできますか?」
『ええ。」
依頼者は被っていた帽子を外し、深々と頭を下げた。
『私の経営しているレストラン、「ファム・ド・アルル」の”アルバイトの退職代行”を依頼したいのです。』
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
葛葉燐太郎です。
突如設定が降ってきたので、新たに執筆をすることになりました。不定期更新で執筆を続けていきますので引き続きよろしくお願いいたします。
前作「一人ぼっちの君に精いっぱいの哀を」も更新していきますのでそちらも併せて読んでみてください。




