第49話:魔道理論の初講義その1
――――――――――学院高等部教室にて。スピアーズ伯爵家令息ダドリー視点。
面白くない、全く面白くない。
何が私の人生を狂わせているって、その原因はあのチビ聖女だ。
ケラケラ響く笑い声からして癇に障る。
最初はただからかうだけのつもりだった。
私はジェントルマンだから、普段は女性に対してちょっかいかけたりはしない。
たまたま私を良く思っていないことが丸わかりのマイクと連れだって来たから、出来心で足を出しただけだ。
あろうことかチビ聖女は思い切り蹴とばしやがった。
『あんまり長い足だから引っかかっちゃったよ』
私の足が長いのは単なる事実だが、あのチビ半笑いで言ってたじゃないか。
マイクも明らかにざまあみろって顔だったし!
回復魔法後にまだ痛いって嫌味かましたら、もう一度折ってくっつけるなんてとんでもないこと言い出すし!
しかも冗談じゃなさそうだったし!
さらに気に入らないのは、チビ聖女がクインシー殿下と同じ魔法クラブに入ったことだ。
どうして?
ほぼ従者ポジションにいるトリスタンが剣術クラブだという確実な情報が流れたから、殿下も同じだと思ってたら完全に裏をかかれた。
まあ殿下は生徒が同じクラブに集中し過ぎないよう、配慮して人気クラブを避けたのだろうと想像はできる。
あのチビは何なのだ。
聖教会の修道士修道女は課外活動を免除されてるはずじゃないか。
どうしてクラブに入る?
しかも殿下と同じ魔法クラブに!
気にいらん、全く気にいらん。
父上が仰ったことも私を苛立たせる。
『ダドリー。新聖女パルフェと学院高等部で同じクラスになったそうではないか』
『はい、その通りです』
『賢く付き合っておけ』
は? 父上は何を仰っているのだ。
『……お言葉ですが、あのチビは愚にもつかぬ平民ですよ? 意識するだけバカバカしいと思いますが』
『わかっておる。わしもそう考えていたが、スカーレット様の聖女パルフェに対する評価が高いらしいのだ』
『王妃様の?』
あの平民、どうやって王妃様に取り入ったというのだ。
いや、クインシー殿下の目が治ったのは聖女の癒しの術だという噂を聞いたことがある。
そのせいか?
小賢しい。
『現在のウートレイド王国の情勢は、聖女出現以前の一年前と大きく異なる。クインシー殿下が王太子候補の大本命となったからには、生母たるスカーレット様の存在感は不動のものだ。わかるな?』
『もちろんです』
『王家と聖教会は蜜月の時代となる。新聖女パルフェがクインシー殿下の妃となるのではないか、という説もまことしやかに流れているのだ』
『まさか!』
『とも言い切れない成り行きであることは理解せよ。スカーレット様は陛下以上に好き嫌いが激しいとも言われているからな』
王妃様は人を見る目が厳しい、とは私も聞いたことがある。
その王妃様に気に入られているとはあのチビめ。
しかも王太子妃候補という噂があるだと?
『父上。クインシー殿下の妃の本命は、エインズワース公爵家のユージェニー嬢で間違いないですよ』
『根拠は?』
『お二人とも学院高等部の課外活動で魔法クラブを選択しているのです。示し合わせているに違いありません』
『ふむ? 考慮に値するな。いずれにせよ新聖女パルフェの重要性は変わらん』
『私は……あのチビと対立してしまったんです。浅慮はお詫びいたします』
『聞いている。構わん』
『は?』
従者からの報告があったか。
しかし構わんとはどういうことだろう?
父上の意図が掴めない。
『出会いは少々インパクトがあった方がいいくらいだ。その程度でダドリーを嫌うくらいなら、聖女の器も知れるではないか』
『なるほど?』
つまり父上は様子見と言うことか。
チビ聖女が私を嫌うなら、聖女らしからぬ醜い感情を大げさに吹聴する手もあるということだろう。
また逆に今後チビ聖女が私と和解することもあり得る。
両面を考えて私は聖女パルフェに接せよと。
面白くはないが、父上の言うことはもっともだ。
それを理解できないほど私は愚かではない。
とまあ昨晩、父上の方針には納得したが、現在のこの状況は一体どういうことだ?
「魔法とは魔力を用いた事象一般を意味します」
「魔法は特別なものじゃないよ。誰でも使えるようになるからね」
今日は一回目の魔道理論の講義だ。
私は大いに魔道に興味があるので楽しみにしていたのに、何故アルジャーノン先生はあの平民を当たり前みたいに助手にしているのだ?
あのチビ、ちょっと魔法が使えるからって調子に乗りやがって。
「諸君に言っておかなければならないことがあります。今年は実践魔法に長けた聖女のパルフェ君が入学してきたので、来年の魔法実技の講義は、実験的に二つのコースに分けます」
考慮の外にあったアルジャーノン先生の発言に、ふとチビ平民に対する怒りを忘れる。
二つのコース?
何だろう? それは。
「今までのように何でもいいから魔法を一つ習得すれば単位を認めるというコースに加え、より実用的な魔法の習得を目指すコースを新設します」
「今まではちょろっと火を出せたり風を吹かせたら合格だったんだって。でもそんなんつまんないから、もうちょっと使える魔法を覚えようじゃないかっていうことね。自分の持ち魔法属性に合致するんだったら、魔法の教科書に載ってるくらいの魔法であればどれも習得できると思って」
何だと?
教室が騒然とする。
教科書に載ってるくらいの魔法って、ほとんど使い手のいないようなものだってあるんだぞ?
誰かが挙手した。
クインシー殿下の腰巾着トリスタンか。
「例えば自分は火属性持ちだが、身体強化魔法を習得できるということか?」
「身体強化魔法は難しくはないよ。火属性持ちでなくても習得するところまでは楽勝でーす。でも効果はどれだけ理論を理解しているかやイメージ力にもよるから、座学も大事だよ」
身体強化魔法なんて伝説上の戦士が使うような技だ。
それを簡単に習得できる?
冗談じゃないだろうな。
しかしチビ聖女もアルジャーノン先生もいたって真面目顔だ。
あのいつも仏頂面のトリスタンの頬が紅潮している。
当然だ、私だって興奮を抑えきれない。
私は既に雷魔法を使える。
と言っても触れた相手を少しピリッとさせられるくらいの簡単なものだ。
魔法は面白い。
丸暗記でなくソーサリーワードを自由に操れたなら、かなりさまざまなことができるはずだ。
もし感知魔法などの上級の魔法が使えたら。
私も憧れの宮廷魔道士になれる?
「さあ、雑談はここまでだ。今日は七属性の話をしよう。パルフェ君」
「はーい。皆、見ててね」
皆の興奮が冷めやらぬ中、色違いの七つの魔力塊を出現させるチビ。
あれはおそらく各属性の魔力塊を作り出しているのだ。
地味で役に立つわけじゃないので教科書にも載ってない魔法だが、だからこそあれを作れるかが宮廷魔道士の採用基準の一つになっている。
「これはそれぞれが火・水・土・風・雷・聖・闇属性の魔力塊です。魔法属性とは別々な方向を向いたカオスな力を各方向に沿わせたもの。つまり全部を混ぜれば消えてなくなります。パルフェ君」
「え? 割と危ないんだけどな。結界張るね」
七つの魔力塊を出現させている上に結界を張るだと?
あのチビは一体いくつ魔法を同時に使えるんだろう?
結界が張られ、内部で七つの魔法属性の魔力塊がぶつけられる。
ちょっとした爆発が起き、そして消滅した。
なるほど、理論通りだ。
実にわかりやすい。
しかし私だって負けられない。
魔法はあのチビの専売特許じゃない。




