第47話:従者イヴ
――――――――――学院高等部の廊下にて。クインシー第一王子の従者イヴ視点。
何をどう間違ったか、私がクインシー殿下の学院高等部での従者を仰せつかった。
本当に何で?
私の父は男爵家の出ではあるけどただの憲兵だし、その娘の私じゃ殿下の従者としては身分が全然足りてないんじゃないの?
両親は喜び、また励ましてもくれたけど、私自身は困惑しているのだ。
だって私と殿下の接点なんてほとんどなかったし。
「イヴ、大丈夫かな? 頼りにしているよ」
「は、はい」
私が不安がってることを殿下に見透かされているようだ。
殿下は目がお見えにならなかった期間が長かったので、その分他人の内心を推し量ることに長けている気がする。
私はビビリだけど、外見だけは超然としていると言われているのにな。
しっかりしろ私!
「今通ったクインシー様のお付きの方、見た?」
「もちろんよ。背が高くてとても格好いいわね」
「きっと素敵なだけじゃなくて優秀なのよ。きゃっ!」
あああ、お嬢様方。
ヒソヒソ声ですが聞こえてますよ。
学院での成績が良かったことは否定しないけど、私はそれだけなんだよお!
王宮付き文官に就職できて喜んでいたらこんなことになろうとは。
あと私は正真正銘の女だから!
初見で女だってわかる人はほとんどいないけど!
文官の制服も女物では合うサイズがなくて男物を着ているけど!
我ながらどういうわけか似合ってると思うけど!
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
何ということ、トリスタン様にまで気遣わしげに声をかけられた。
トリスタン様は近衛兵長の令息だ。
高等部一年生でありながら、現役の近衛兵に混ざっても剣術の実力は中位にランクされるだろうという、すごい腕の持ち主だと聞いている。
つまり殿下の取り巻きにトリスタン様がいるから、私のようなへっぽこでも従者が務まると思われているのだろう。
いけない、へっぽこはへっぽこなりに仕事に精を出さないと。
感知魔法に意識を集中する。
私は雷の魔法属性持ちで、いくつか魔法を使うことができる。
中でも感知魔法は得意で、かなり長時間持続できるのだ。
唯一の取り柄とも言う。
「イヴは学院時代、魔法クラブに所属していたのですよね」
「はい、よく御存じで」
「どんな雰囲気でしたか?」
クインシー殿下も課外活動に興味があるらしい。
自分の興味ある分野を、学年の垣根を越えてワイワイ楽しく学べるのだものな。
もっとも殿下の身分では忖度されてしまって十分楽しめるかはわからないけれども。
殿下は何クラブが御希望なのだろう?
「楽しかったですよ。ソーサリーワードを記述してはああでもないこうでもないと、仲間達と議論を重ねたものです。そういうのが性に合っていたのでしょうね」
「聞いたところによると、近年魔法クラブは人気がないという話でした」
「私は高等部を卒業して二年目になりますが、私の同期で魔法クラブは四人でした。先輩後輩の学年を見ると、それでも多かったのですよ」
「よろしくないですね」
「は?」
まさか殿下は魔法クラブに入るおつもりなのだろうか?
それで魔法クラブの人気のなさを憂いている?
殿下に魔道理論の基礎を教えていたフースーヤ殿によると、殿下の魔道の筋はよいとのことだったが。
「ウートレイドは国防結界を守る国です。魔道は国力に直結しますよ。なのに学院高等部で魔法クラブの人気がないというのは、嘆かわしいとしか思えません」
なるほど、天下国家の視点だったか。
線が細く見えてもさすがは第一王子殿下。
やはり王太子に相応しい器量をお持ちだ。
しかし殿下はどこのクラブに入られるのだろうな?
相談されなかったところからすると、既に決めているに違いない。
トリスタン様はおそらく剣術クラブか、さもなくば正規の講義のない馬術を学ぼうと考えるだろう。
となると殿下も同じクラブに入られるんだろうな。
御自身が長年の目の病のため、軟弱だと言われていることは御存じだろうから。
「一学年の一組、ここですね」
教室に着いた。
緊張するなあ。
いやいや、私が緊張してどうするのだ。
扉を開けて殿下とトリスタン様を通す。
「あっ、殿下がいらっしゃったぞ」
「トリスタン様!」
「お初にお目にかかります。私、スピアーズ伯爵家の……」
あっという間に取り巻かれた。
これは予想の内だ。
危険がないよう、トリスタン様と気を配る。
しかしこれは……感知魔法だ。
誰かが芸術的なほど細やかな感知魔法を張り巡らせている。
ここまで薄いと術者が誰かすらもわからない。
思わず身震いしてしまう。
私も感知魔法は得意だと自負していたが、これにはとても敵わない。
努力しないと。
術者はおそらく同じクラスの一員である聖女パルフェ様だろう。
希代の魔法の使い手と聞いている。
王妃スカーレット様は仰っていた。
クインシーのお嫁さんになる子よ、と。
冗談なのか本気なのかはわからなかったが、重要人物であることは間違いない。
ただ私は聖女様の容姿は知らないのだ。
辺境区出身の平民であるという、一般的な知識だけ。
ゲラシウス筆頭枢機卿が従者としてついて来るだろうという話だったが、それらしい姿も見えないし。
「テンプル男爵家のアデラインと申します」
「ネイピア商会の嫡男ミッキーです。どうぞお見知りおきを」
一気に押し寄せたって覚えきれまいに。
聖女様は一説に殿下の目を治療したと言われている。
当然面識があるから挨拶に来るものと思ったが、そうでもなかったな。
人が集まり過ぎていたから迷惑と考えたのかもしれない。
となると群がってこない生徒の中にいるんだろう。
登院しているのは間違いなさそうだし。
『パルフェちゃんはとっても印象的な子よ。すぐわかるから心配ないわ』
王妃様はそう仰っていたが、サッパリわからない。
困ったな。
教室から追い出される前に把握しておきたかったのだが。
な、何だ?
急に感知魔法に強い反応が一瞬あった。
驚いてそちらを見ると黒目黒髪の小柄な少女がニコニコして手を振っている。
短い髪だから平民だろう。
何より確かに印象的だ。
彼女が聖女パルフェに間違いない。
あっ、私が感知魔法を使ってるのに気付いて、合図をくれたんだな?
何という魔道のセンス。
そういえば聖教会の魔道士長ヴィンセント殿が仰っていたな。
聖女様は魔法を教え渋ることがないと。
親しくなったら私も魔法の教えを乞いたいものだ。
それにしても聖女様は小さくて可愛いなあ。
クインシー殿下と並んでいるところを想像するときゅんきゅんするわ。
私も聖女様くらい可愛く生まれたかった。
高身長が呪わしい。
「パルフェ君を探していたのかい?」
「あっ、先生。お久しぶりです」
魔道学全般を担当しているアルジャーノン先生だ。
私が学生の時は講義でもクラブでも大変お世話になった、優秀な先生だ。
アルジャーノン先生が担任なら心配はいらない。
学院も殿下に配慮してくれているんだな。
「ほう? イヴ君がクインシー君の従者か。出世したね」
「いえいえ、そんな……」
お恥ずかしい。
私自身何故殿下の従者なのか、心当たりがまるでないんです。
「さすが王家だな。イヴ君なら間違いあるまい」
「ええっ?」
謎の高評価だ。
お世辞はいりませんから、ボロが出ないように祈っててくださいよ。
ほんと一杯一杯なんですから。
「はい、従者の皆さんは御退出ください」
先生に一礼して退出する。
ああ、大丈夫かなあ。
殿下のことを心がけるべきなのに、自分のことの方が不安でしょうがないんだが。
深呼吸して従者控え室の方へ足を運ぶ。




