第28話:我が世の春
――――――――――聖女パルフェ追放一ヶ月後、王都聖教会本部礼拝堂にて。ゲラシウス大司教視点。
季節的には夏だが、我が世の春である。
アナスタシウス大司教を追い落としてトップになれればいいなと漠然と考えていたが、まさか本当に実現する運びになるとは。
恐ろしいくらいツイているである。
しかし王族であるアナスタシウス殿下が大司教職をあっさり退くとはなあ。
世の中予想もつかぬことはあるものだ。
かなり儲けさせてくれたことといい、あの小娘は吾輩にとって幸運の女神だったのやもしれぬ。
『カツラのおっちゃん』
余計なことを思い出したである。
あやつが幸運の女神だったはずはない。
吾輩の得たものは被った精神的慰謝料だったと思うことにしよう。
「大司教猊下」
「おお、ヴィンセント殿か」
愛想のいい小男のヴィンセント聖堂魔道士長だ。
いつもせかせか忙しそうにしていながら、吾輩のつらい聖務をカーティス聖堂主管とともに最も補佐してくれる、使える男である。
大事にせねば。
「どうしたであるか?」
「方針を確認しておきたくてですね」
「方針?」
とは何だろう?
吾輩、特に問題なく聖教会の運営はできているという認識であったである。
というか運営については聖堂主管の職務であろう?
「元大司教アナスタシウス様と元聖女パルフェ様についてですが」
「うむ、聞こう。何かあったであるか?」
あの二人のことであったか。
問題でも起きたのだろうか?
アナスタシウス殿下はともかく、小娘の魔力は半端ないであるからな。
おそらくトラブル好きの、あるいはトラブルに好まれる性格であるし、特A級の危険人物である。
「特にどうだということではないのですが、現在のところパルフェ様が外遊、大司教職を降りられたアナスタシウス様が付き添いという体裁になっていますでしょう?」
「うむ」
自然派教団の卑怯なテロ事件の後、貴族からも平民からもあの小娘に対する非難の声は意外なほど上がらなかったである。
そのため聖女パルフェを追放処分にしたという事実は伏せ、教会外には外遊中であるということにしている。
反感が大きくなったらその時初めて追放処分だということを発表すればいい。
事なかれ主義と言わば言え。
方便も必要なのである。
「魔道具開発に協力願いたいと、パルフェ様に対して宮廷魔道士から内々に打診が来ています。パルフェ様を呼び戻すか、ないしは追放の事実を公表するかの措置が必要と思いますが……」
「難しい問題であるな。今小娘を呼び戻すことは、聖女の失態を改めて思い起こさせてしまい、聖教会が批判に晒される可能性がある」
「問題はまさにその点で」
「それでは何のための追放処分であったかわからなくなってしまうである。テロ事件の風化を待ちたいため、結論は数ヶ月先送りする。宮廷魔道士には帰りはいつになるかわからぬと伝えておいてくれ」
「わかりました」
吾輩が晴れて大司教となった今、正直小娘のことはどうでもよいである。
戻ってくれば再びリザレクションの患者をあてがい、儲けのタネにするだけである。
しかし今アナスタシウス殿下が帰ってきては、吾輩の居所がなくなってしまうかもしれないではないか。
押しのけられては堪らぬ。
となれば帰還は吾輩の大司教としての存在感が増してから。
遅ければ遅いほど良い。
「しかし建国祭はいかがいたしましょう? 聖女がいる以上、祝福なしとはいかぬと愚考いたします」
「ふむ……」
毎年の催しとしては最大の建国祭まで四ヶ月もないである。
新しき聖女が現れたことは知れ渡っているから、祝福に期待している市民は多かろう。
対応を間違えると聖教会への信頼と信仰が低下してしまうであるな。
いかにすべきか。
「……やむを得ぬ。建国祭前には追放を発表するか、連絡が取れないため今年の聖女による祝福はないとするか、どちらかにいたそう」
「猊下はパルフェ様を呼び戻すことはお考えになっておられぬので?」
ヴィンセント聖堂魔道士長が小娘贔屓であることは知れている。
アナスタシウス殿下がセットでなければ呼び戻してもいいのだがな。
「考えていないわけではないが、今呼び戻すのは不利益の方が大きいと吾輩は考えるである」
「パルフェ様の市民人気は非常に高いのですが」
「逆に貴族からの評判がいいとは言えぬ」
「し、しかし……」
「ヴィンセント殿。組織の運営においては、支持より不支持の影響の方が大きいのだ。不満を持つ者の声は、満足している者の声よりよく響くであるからな」
「そ、それは理解できますが……」
へ理屈であるが、ここは正念場である。
是が非でも説得せねば。
「聖女パルフェの魔力量は、当代で並ぶ者のないレベルなのであろう?」
「おそらくは、はい」
「優秀な魔道士であるヴィンセント殿が聖女パルフェを重視するのは、吾輩よくわかるである。むしろ当然である」
「猊下……」
「しかし吾輩こうも思うのだ。パルフェの存在はある意味爆弾であると」
「爆弾、ですか?」
「持つ力が大き過ぎ、キャラクターが強過ぎる」
「……」
考え込むヴィンセント聖堂魔道士長。
ふむ、もう一押しか。
「どちらかだけなら御せるであろう。また良い面だけ見せてくれれば偉大な聖女となるであろう。とはいえいい目だけ期待するのはあまりにも虫がよいというもの。聖教会を主導する者としては、あの野生の聖女の行動が裏目に出るケースもよくよく考えねばならぬ」
「仰る通りで」
「吾輩、あのパルフェを掌の上で動かす自信はないである。新米大司教の至らなさを許してくれい」
頭を下げる。
掌で動かす自信がないのは本音である。
こんなところでどうだ?
「そ、そんな! 猊下はよくやっていらっしゃいます。頭を上げてください」
「何だかんだで聖女パルフェ以前の聖教会は安定していた。まずはそこを目指し、しかる後にアナスタシウス殿下とパルフェを迎えようと思うのだ」
「猊下のお考えはよくわかりました。このヴィンセント、最大限の協力をさせていただきます」
「うむ、今後ともよろしく頼むである。聖女パルフェ関係の対応については、カーティス聖堂主管およびナイジェル神職長と考えを共有しておいてくれ」
「了解です」
王家との折衝は聖堂主管の仕事だ。
聖教会にアナスタシウス殿下がいない今、王家からの干渉が強くなる恐れもある。
また聖教会内の人間関係の調整は神職長の職務である。
うまくやってもらわねばな。
「もう一つだけよろしいでしょうか?」
「何であろう?」
「結界の基石への魔力供与についてですが」
「ふむ? 魔力供与はシスター・ジョセフィンが行っているのであろう?」
「はい、そうなのですが、蓄積魔力量が上がってこないのです」
「何? どういうことであるか?」
国防結界に関する不備か?
本当なら面倒なことである。
「パルフェ様が魔力供与するとすぐに魔力が溜まるのですが、シスター・ジョセフィンだとそうはならぬのです。どうも純粋な聖属性でないと魔力の蓄積が遅れるということが起きるのではないかと考えているのですが……」
「聖女パルフェが王都に来る以前はどうだったのだ?」
「前任の聖女ヘレン様の時代はパルフェ様と同じで、供与後すぐに魔力が溜まりました。遅れるのはシスター・ジョセフィンに特有の現象です」
「では、魔力の蓄積が遅れるだけで、特に問題はないのだな?」
「と、考えております。一応報告までに」
一応か、脅かしおって。
ヴィンセントも心配性なことだ。
「異常があれば改めて報告いたします」
「うむ」
「では、失礼いたします」




