第20話:そして夢がある
――――――――――翌日、王都聖教会本部礼拝堂にて。アナスタシウス大司教視点。
「ヴィンセント」
「これは大司教猊下。いかがなされましたか?」
首尾よくヴィンセント聖堂魔道士長を捕まえた。
「昨日夜会でイーフレイム殿に会ったのだ」
「噂好きの伯爵殿ですか。パルフェ様について根掘り葉掘り聞かれましたかな?」
「うむ。パルフェがクインシー殿下の妃にという話があるそうなのだ」
「えっ?」
「王立学院高等部に入学という話が浮上するなら、かなり真剣に検討されているのではないかとのことだ。先日推薦入学の打診が来ただろう?」
「推薦入学の打診自体は当然と思いましたが……」
朗らかに笑うヴィンセント。
「まあでもクインシー殿下の妃というのは、実現が難しいのではないですか? 私は諸手を上げて賛成しますけれども」
「私は複雑な気分だ」
クインシー殿下は私の甥だぞ?
パルフェが親族になってしまうではないか。
「パルフェ様はいい子ではないですか。ハイスペックですし」
「ハイスペックなのは同意するが、いい子というのはどうだろう?」
「まだ考える段階じゃありませんよ。候補の一人というだけのことです」
ヴィンセントの冷静な指摘に安堵する。
ヴィンセントほどのパルフェ贔屓でも、その程度の可能性と見ているのだから。
「目先は学院高等部入学の方が重要ではないですか?」
「もっともだ。パルフェの学力はどうなのだ?」
頭の回転は速い。
読み書き算術と魔法は問題ないだろうが……入学しても問題を起こさないでくれよ。
「学力は全く問題ないです」
「そうなのか?」
「はい。どこで身につけたものなのか、特に外国語や地理については広い知識を持っておられます」
「ふうむ、さすがは辺境育ちだな」
「ダンスは御存じないかもしれませんが、あれほどの運動神経なら特に心配は要らないかと」
「とすると難題なのは行儀作法と選択の芸術科目か」
「芸術科目を選択せねばならぬという規則はなかったはずですよ」
なるほど、女子が剣術でもいいのか。
「……模擬剣でポカスカ殴りまくって無双する未来が見える」
「大丈夫ですよ。パルフェ様のヒールは最強ですから」
「安心感があるなあ」
行儀作法?
教えるだけムダだ。
あのパルフェが重視すると思えん。
「トータルではかなり優秀な成績が期待できるかと」
「推薦入学に相応しからぬ成績ではないようだという点では安心した。しかし……」
「御心配ですか」
「少しな」
王立学院は貴族社会の縮図のようなところだ。
王族貴族と騎士階級と富裕な平民の割合がおおよそ一対二対四くらいの割合で在籍している。
平民ではあるが聖女であるパルフェをどう扱っていいか、教師も生徒も戸惑うだろう。
おまけにたとえ成績は良くても、パルフェは優等生でも模範生でもないに違いない。
明るい未来予想図にならんのだが。
「入学を辞退させるわけにはいかないか?」
「推薦ですよ? 健康とか戦争とかのよんどころない理由がなければ難しいです。ましてパルフェ様は聖教会預かりなんですから、入学辞退はこちらの姿勢を問われます」
「ぐっ……」
兄陛下に今以上白い目で見られるということか。
それ自体は今更でどうってことないが、王と聖教会の対立が先鋭化していると思われるのは、国家の安寧のためによろしくない。
「パルフェが自分で断ってくれれば助かるのだが」
「学院には興味がおありのようですよ?」
「聖女の職務があるという理由で」
「それは通らないですよ。歴代でも学院に通った聖女様の方がずっと多いんですから。学院もわかっていて入学してくれって言ってきてるんですし」
思わず天を仰ぐ。
せめて聖教会の評判を落としてくれるなよ、と願いたい。
「……仕方ない。パルフェの入学を認めよう」
「それがようございます。ナイジェル神職長とパルフェ様には私の方から前もって伝えておきましょう」
「うむ、任せた」
頭の痛いことだ。
ヴィンセントはニコニコしてるな。
何が楽しいんだか。
「パルフェ様は社会を変えてくれるのではないかと」
「社会を変える、とは?」
「現在のウートレイド王国では、生まれでほぼ一生が決まるではないですか。上流階級だろうが平民だろうが、親の跡を継ぐこと、あるいはその補助が求められる」
「ふむ? どこの国でも同じではないか?」
「パルフェ様が育った辺境区では違うのでしょう?」
「そう言えば……」
パルフェは親の跡を継いで冒険者になったわけではない。
肉に不自由しない、魔物を倒して金を稼ぐからと自分で言っていたではないか。
自分に向いた職業を選んでいるのだ。
現在もおそらく、スカウトされたからではなくて自分向きで都合がいいから聖女を務めている。
「王家や領主貴族が跡取り重視なのは当然だとは思います。しかしそれ以外ではもっと職業選択の自由があってもいいと考えるのですよ」
「自分の能力を生かした職業をということか」
「はい。社会が活性化するとお思いになりませんか?」
「確かに」
ヴィンセントの考えは画期的だ。
自由なパルフェに可能性を見た?
「パルフェ様が学院に変革をもたらしてくれるのではないかと」
「学院だとさしずめ、身分に左右されない実力主義ということか」
「そうですな。可能でありますれば」
「ひいては社会全体に好影響を、という考えだな?」
「御意にございます」
面白い。
そして夢がある。
「しかしパルフェは面白過ぎるからなあ」
「ハハハ、やり過ぎないことを祈りましょう」
パルフェが何かやらかした時の対応は決めておかねばならぬ。
聖教会としての権威は重要だ。
相手が誰であろうと毅然とした態度が必要か。
「それからイーフレイム殿が貴殿に接触を図ってくるかもしれん。聖女パルフェのネタが欲しいようだ」
「イーフレイム殿はホットな話題に敏感ですからな」
「特に隠すべき情報はないから、適当に相手をしておいてくれ。外から見た聖教会と聖女がどうかという忌憚のない意見が聞けるといいな」
「了解です」
そんなところか。
「最近のパルフェはどうだ?」
「特には。五~一〇日に一度ほど休みが欲しいと申されまして、その通りにしておりますな。パルフェ様ほどの魔力持ちとなりますと、魔力の回復にも時間がかかるのやもしれません」
「聖女の務めに支障はないのだろう?」
「ございません」
「問題はなさそうだな」
いや、何かが引っかかる。
「……パルフェが休日に何をしてるか、貴殿は知っているか?」
「いえ、そこまでは」
「イーフレイム殿が言っていたことだが、騎士シリル・アーロンやスモールウッド家のクローディア嬢をパルフェが癒したという噂が流れているようなのだ」
「えっ? 初耳です」
「聖女の治療を受けたくばゲラシウス殿に相談せよという噂については?」
「それも存じません」
ヴィンセントが不安げな顔になる。
「……まさかゲラシウス殿が休日にパルフェ様を連れ回して、癒しを受けさせている?」
「かもしれぬな。しかし休日の行動にまでとやかく言うこともあるまい」
「ですが……」
「あのパルフェが自分の納得していないことをするはずがない」
「それもそうですな」
魔法医じみた行いは聖女らしくないとは言っていたが、休日ならばと折り合いをつけたのかもしれぬ。
聖女としての義務を怠っておらず、不良行為でもないなら目くじらを立てることではない。
が、ゲラシウス殿がウマが合わないであろうパルフェと行動をともにしているというのは、どう考えても違和感があるな。
全ては勘ぐり過ぎで、パルフェは王都での生活を謳歌しているだけなのか?
「ヴィンセント、引き止めて悪かったな」
「いえいえ、お気になさらず」




