第16話:リザレクション?
――――――――――同日、王都聖教会本部礼拝堂食堂にて。ゲラシウス筆頭枢機卿視点。
「ゲラシウス殿、今よろしいでしょうか?」
昼食を取っていたところ、ヴィンセント聖堂魔道士長に声をかけられた。
「おお、ヴィンセント殿。御苦労ですな。魔法医連との会合は恙なく終わったであるか?」
「はい、特に問題はありませんよ。何かと聖教会の癒しの施しに文句を言いたいだけの連中ですから」
「そうであるな。吾輩、魔法医のハイヒールより小娘のヒールの方がずっと効果があると思うである」
「ハハッ、さようですな。個人的にはヒールに劣るような技術しか持たない魔法医は必要ないと思っています」
「うむ、そうだな。ただのヒールだものな」
魔法医連との協約で、聖教会の無償奉仕の癒しはヒールしか使ってはならないことになっているのだ。
上級回復魔法のハイヒールを使えれば魔法医登録が可能で、患者に高額の料金を請求できるようになる。
前々から思っていたが、この仕組みはおかしいのではないか?
小娘の指導で癒し手の技術が向上している今、吾輩の肩凝りも治せないクセに高い料金をぼったくる魔法医は滅べばいいである!
「しかしパルフェ様は魔法医と並立していけばいいという考え方なのでしょう?」
「というか癒しの施し以上の魔力を使用することは、聖女の仕事の範囲ではないと考えているであるな」
おそらく小娘は魔法医のレベルを知らんのであろう。
知れば幻滅して考え方を変えるやもしれぬ。
「ところで本日のパルフェ様の癒しはいかがでした?」
「おお、そうであった。ヴィンセント殿に報告と相談があるのだ。まずは報告から。聖女パルフェのハイヒールにより、クインシー殿下の目は快癒に至った。目が見えると、フェリックス様ともども大喜びでお帰りになったである。めでたい限りである」
「やはり患者はクインシー殿下でありましたか。治癒されたことは大変喜ばしいことでありますが……ハイヒール?」
「む? 不審な点があるであるかな?」
首をかしげつつヴィンセントが言う。
「視力を失うというのは欠損と同じ。ハイヒールでは理論上治癒せぬはずなのです」
「そうなのであるか? しかし確かに……」
そういえばフェリックス様が仰っていたである。
魔法医は診るまでもなくムリだと判断したらしい。
理論上治癒せぬなら当然であるな。
そうだ、吾輩がかつて見たことのあるハイヒールは、小娘のかけたものほどの魔力の高まりを感じなかったである。
どういうことであろう?
小娘のハイヒールは何が違うのだ?
「クインシー殿下の目が見えるようになったのは事実なのだ」
「創傷治癒によって視力を回復させ得る特殊なケースだったのでしょうか? 見極められたパルフェ様は大したものです」
「ふむ、なるほど?」
はたしてそうなのであるか?
クインシー殿下を頭の方までよく観察していたのは事実である。
いや、やはり魔法だ。
小娘のあの術は何かがおかしい。
カラクリがあるのではないか?
「して、パルフェ様はどうされておいでで?」
「術をかけた途端、ひっくり返って気絶してしまった。大半の魔力を使ったのだと思う。今は寝ておる」
「えっ? ハイヒールごときでですか? いかに高等回復魔法と言えど、パルフェ様の魔力量は桁外れですぞ?」
「言われてみれば……」
「いや、王族が相手でしかも対象が目です。綿密なコントロールと極度の集中力が必要だったに違いありません。おそらく何度も練習を繰り返して、魔力が切れかかっていたのでしょうな」
違う。
小娘は魔力が満タンならと言っていた。
患者の状態を見もせず、多分治せると前日に言ったである。
王族が相手だろうが普段と態度に変わりはなかった。
そしてあの魔法発動時の驚くほどの魔力の高まりと眩さ。
あれは……。
「ヴィンセント殿のお説に従うと、クインシー殿下は運がよろしかったのですな。まあ結果としては重畳であった。聖女パルフェの名に傷がつくこともなかった」
一旦誤魔化しておいた方がよさそうである。
それにしてもあの魔法はどういうことなのであろう?
「さよう。こうなるとパルフェ様の魔法医療を秘密にしておかねばならぬことは、大いに残念ですな。ところで私に相談とは何でしたかな?」
「おお、そうだ。いかほど謝礼金をちょうだいして、魔法医連にどれほど回せばよいのかと思ってな」
「ああ、謝礼金のことでしたか。魔法医が治せないと判断した症例と聞いています。本来魔法医連に支払わなくてもよいと思いますが、今関係がゴタゴタしておりますのでな。対立してもよろしくない。三割出して手打ちにしましょう。ハイヒール一発なら謝礼金は……」
目が見えるようになるなら、クインシー殿下は将来の国王陛下の可能性が濃厚だ。
バカ安の金額と言っていい。
「助かりましたぞ。ではフェリックス様にはさよう伝えるである。謝礼金とは別に、寄進をしていただけるとも仰っていたぞ?」
「ほう、聖教会にとってありがたきことですな」
互いに笑い合う。
試みに聞いてみるか。
「後学のため、魔道に詳しいヴィンセント殿に伺いたいのであるが」
「何でしょう?」
「視力を失った場合、通常ならハイヒールでは治らぬのであろう?」
「はい。ハイヒールはヒールの強化版に過ぎませんから、生体の損傷の修復以外はムリです」
「では何の魔法なら治せるのですかな?」
苦笑するヴィンセント。
「リザレクションならば完全治癒させることが可能でしょうが」
リザレクション。
名前くらいは吾輩も知っているである。
四肢を失おうが内蔵が潰れようが元通りにできるという。
場合によっては死者さえも蘇らせることが可能という伝説の魔法だ。
初代聖女様が生み出したというが?
「聖女パルフェは莫大な魔力を持っているのだろう? リザレクションは使えぬのか?」
「ムリですな」
「ふむ? それは理由があるのであるか?」
「リザレクションは未完成の魔法なのです」
「未完成の魔法?」
未完成の魔法とはどういうことだろう?
ここはヴィンセントの学識を拝聴しようではないか。
「魔法は最初から完成されているものではないんです。難解なソーサリーワードの文法を長い時間かけて重積し、交換し、寛解し、短縮し、初めて少ない魔力の者でも使える形になるんです。リザレクションは初代聖女様のメモが残されているのですが、まあ常人が唱えられるような状態にありません」
「それでも聖女パルフェなら……」
「ハハッ、ゲラシウス殿はパルフェ様を相当買っているのですな」
あの無礼な小娘を買っていると思われるのは癪である。
気になるのは、小娘の使った魔法と効果の整合性が取れていないからである。
クインシー殿下の目を治した魔法、あれはハイヒールではなくてリザレクションなのではないか?
「なるほど、パルフェ様はリザレクションを使えるだけの魔力をお持ちかもしれません」
「であれば……」
「リザレクションは宮廷魔道士でもどうにもならぬレベルの魔法なのですよ。パルフェ様は初代聖女様のような魔道の研究者ではありませんのでムリです。いや、パルフェ様は大変カンがおよろしいので、誰かがリザレクションを唱えるのを聞けばあるいは使えるやもしれません。しかし現状誰も使えませんので、それもまた望みがありません」
ぐうの音も出ないである。
では小娘が自らの魔力を使い尽くすほどのあの魔法は……。
ヴィンセントが憧憬を帯びた微笑みを浮かべる。
「パルフェ様がリザレクションを使えたら、というのは夢のある話ですねえ」




