第14話:やんごとなき方の依頼
――――――――――王都聖教会本部礼拝堂にて。ゲラシウス筆頭枢機卿視点。
最近アナスタシウス大司教猊下が吾輩によく仕事を振ってくるである。
聖務聖務で疲れるである。
天気のいい日は外へ出て日光を浴びるべきなのだ。
吾輩、大司教猊下のように机に齧りつくのは趣味でないである。
息抜きに教会ホールにやって来た。
まだ奉仕の時間であったか。
癒し手の修道女達が動き回っているが、さほど忙しそうでもないであるな。
肩が凝ったであるから、癒してもらうのもアリであるか。
む、新聖女パルフェもいるである。
あの野蛮で無遠慮な小娘がやって来てから一ヶ月ほどになる。
聖女らしく、癒しの施しには精を出しているようではないか。
「あっ、カツラのおっちゃん、こんにちはー!」
「せめてダンディなおっちゃんと言え!」
大声でカツラと言うな!
礼儀が全くなっとらんである!
しかし?
「今日は比較的暇なのか?」
「最初の一〇日くらいすげー忙しかったけど、ここのところ少し患者さんの数も落ち着いてきたね」
「そうなのか? 何故だ?」
大層評判がいい、庶民からの寄付が増えたと聞いていた。
庶民どもが押し寄せてもおかしくないと思うのだが。
「だって皆治しちゃったもん。患者さん減るの当たり前。庶民は時間があれば働くもんなんだぞ? 用がないのに教会なんか来るわけない。急患さんくらいだね」
「お? おお」
本当であるか?
いや、魔法医連から癒しの施しをやめてくれと、悲鳴じみた嘆願があったと聞いたな。
ふむ、魔法医連など潰れても一向に痛痒を感じぬ。
もっとやれと言いたい。
そんなことよりも、この重い肩が問題である。
「吾輩、肩が凝ってかなわぬである。仕事に押し潰されそうなのである」
「んー? これは姿勢が悪いのと運動が足りないことによる筋力不足が原因だぞ? 仕事のせいにしちゃいけないよ。もっと働け」
「こんなに肩が凝っては仕事などできぬである。癒しを要求するである」
「我が儘だなあ。ヒール! もいっちょヒール!」
「おお! とても楽になったである!」
さすがの効果だ。
巷で評判になるだけあるである。
誰にでも取り柄の一つくらいはあるものだ。
ん? 背筋の伸びた老人と二名の従者。
あの明らかに貴族のいでたちは……。
「フェリックス様ではありませんか。このようなところまでようこそおいでいただきまして」
フェリックス様はドランスフィールド侯爵家の前当主である。
ローダーリック陛下の義父でもある大貴族だ。
吾輩も侯爵家の出であるが、ハッキリ言ってドランスフィールド侯爵家よりも格下である。
目上の方にはへりくだるのが貴族というものだ。
「おお、ゲラシウス枢機卿か」
「フェリックス様はいつまでも若々しいですな。羨ましゅうございます」
「ハハッ、聖女殿に診てもらって以来、すこぶる調子が良くてな」
「何よりですな」
小娘も無礼ではあるがなかなかに如才ない。
貴族邸への訪問診療こそ断っているが、フェリックス様のような大実力者との関係はいいのであるな。
役に立つではないか。
「どしたの、じっちゃん。もう治すとこないぞ?」
「うむ、実は聖女殿に相談があってな」
「何だろ? 今暇だから聞くよ」
「わしの孫がな……」
「じっちゃんのお孫さんが?」
フェリックス様に対して何と遠慮のない物言いであることか。
いっそ清々しいである。
感心するである。
しかしフェリックス様の孫で聖女に用があると言えば、まさかクインシー王子殿下?
正妃スカーレット様の唯一の御子であらせられる?
「一四歳だ。聖女殿と同い年だと思う」
「そーだね。同い年って聞くと親しみが湧くな。どうしたんだろ? ケガでもした?」
「七年前、病気で視力を失ってしまってな」
「そりゃ可哀そーだね」
「聖女殿の力で、もう一度見えるようにしてもらえぬか?」
「むーん?」
やはりクインシー殿下で間違いなさそうだ。
聡明ではあるがいかんせん盲目だと聞いている。
そのせいでこれまで王位後継者争いでは側妃腹の王子が本命、王女が対抗で、クインシー殿下は蚊帳の外と見られていた。
しかし目が見えるようになるなら話は別である。
何といっても正妃スカーレット様の御子なのだ。
王太子候補の大本命に躍り出るであろう。
クインシー殿下の目を完治させることができたとしたら大変な功績だ。
王家とドランスフィールド侯爵家に多大な貸しを作ることになる。
小娘が思案げな表情で聞いてくる。
「ねえ、カツ……ダンディなおっちゃん」
「何だ?」
「じっちゃんのお孫さんを治すとすると、あたし魔力使いきっちゃうと思う。一日何もできなくなるけど、調整できる?」
「治せるのか?」
「実際に本人を見ないと確定的なことは言えないけど、魔力満タンの状態なら多分」
「本当か! ゲラシウス枢機卿!」
大貴族にそんな期待に満ちた目で見られて断れるわけがないではないか。
もしクインシー殿下の目を本当に治せるのであれば……。
「ぜひとも調整いたしましょう」
「ありがたい! 明朝連れてくるがよいか?」
「あたしはオーケー」
「ならば構いませぬぞ」
「早速知らせねばならぬ。さらばだ!」
風のように去っていくフェリックス様。
お歳の割に随分と軽快に動けるものだ。
従者が置き去りではないか。
小娘に話しかける。
「おそらくフェリックス様が連れてくるのは、クインシー王子殿下である」
「へー、王子様か。どんな人?」
「お主は動じぬな。いや、目の見えぬ方だから公式の場に出てくることはほとんどないのだ。吾輩も遠くから拝見したことしかないである」
「そーかー」
「明日、お主が他に魔力を使うことがないよう、手配はしておこう。それ以外に吾輩はどうすればよいのだ?」
「ベッドのある個室を用意して。そこに患者さん達を連れて来てくれる?」
「わかったである」
ベッドが必要なのか?
クインシー殿下が悪いのは目であるぞ?
まあいい、言う通りにしよう。
「目が見えないんじゃ、ヒールではどうにもなんないと思う。もーちょっとランクが上の回復魔法使わなきゃいけないんだけど、そこはいいかな?」
「ああ、魔法についても調整が必要であるのか。王家ないしドランスフィールド侯爵家に料金を請求し、魔法医連にも分け前を渡せばよかろう」
「それからもう一つお願いがあるな。この件については内緒にしてくれる?」
「治療自体をか? 何故だ? もしクインシー殿下を治すことができれば、お主の名声は不朽のものとなるのだぞ。依頼者が引きも切らなくなるだろう」
「だからだよ」
何がだからなんだろう?
この小娘の考えはわけがわからん。
「あたしは国からお給料もらってる聖女だから、皆にあまねく恩恵を施さなきゃいけないじゃん? つまり税金で召し上げられているあたしの魔力は、皆さんのために使うべき。一人を全力で治療して対価をもらうってのは理屈に合わないよ。それは魔法医の仕事だと思うんだよね」
「……もっともなことを言うではないか」
こやつがこれほど真摯でまともな考えを持っているとは。
本物の聖女のようではないか
正直驚きだ、見直したである。
「まー今回はじっちゃんに頭下げられたから受けたけどさ。これが続くのは違う気がするの」
「わかった。聖女らしく振る舞いたいということだな?」
「そゆこと。お給料分はしっかり働くからね」
「よし、この件については秘密にすることを誓おう」
「薄毛に懸けて? それともカツラに懸けて?」
「何でそんなものに懸けて誓わねばならんのだ!」
ケラケラと笑う小娘。
まったく失礼な!
見直したのは取り消すである!




