番外編:僕の婚約破棄宣言その2
ピクニック、美術館巡り、大道芸の見物等々。
どうして今になってアイナとの楽しい思い出が頭に浮かぶんだろう。
決まってる。
僕にとってアイナはかけがえのない存在だからだ。
「ええい、二千万ゴールドだ!」
ヒューバートが二千万ゴールドを提示した。
コービーが両手を挙げた。
降参のようだ。
……アイナの価値はお金なんかじゃ決められない。
だってアイナはあんなに悲しそうな顔をしてるじゃないか。
でもお金でしかアイナを購えないならば……。
「二千万ゴールドないか?」
「一億ゴールド!」
思わず叫んでいた。
父様ごめんなさい。
絶対に返すから。
ヒューバートが呆れたような顔で首を振っている。
「一億ゴールド、ハンマープライスです! 愛を取り戻したクリフトン君、おめでとう!」
アイナが僕の胸に飛び込んできた。
そうだ、僕はアイナを取り戻したんだ。
婚約破棄しながら抱きしめているなんて、我ながら何て我が儘なんだろう。
皆が拍手してくれる。
「ごめんよ、アイナ。遠回りしたけど、やっぱり僕にはアイナが必要みたいなんだ」
「もう、クリフはおバカなんですからっ!」
「でも僕は自信がなくて。アイナの足を引っ張ってるんじゃないかと……」
「クリフだからいいのですわっ!」
アイナが完璧な令嬢だと思っていたから、僕じゃダメなんだと思い込んでいた。
アイナを幸せにするのは僕以外の誰かなんだろうと。
でも違った。
いまここで泣きじゃくっているアイナは普通の女の子なんだ。
少し肩の力が抜けた気になる。
アイナは僕が婚約者でいいと思ってくれていたみたいだ。
そんなそぶりを見せたことなんか、今までなかったのになあ。
女の子の気持ちは複雑怪奇だ。
でも嬉しくて心が温かくなる。
いや、違うな。
客観的に考えて、今の僕がアイナに劣っているのは明らかだ。
伸び代を見てくれているってことじゃないかな。
子供っぽい僕は今日で卒業だ。
高等部の僕を見ていろ。
学院長先生が声を張り上げる。
「さあさあ、生徒諸君。誰しも道を誤ることはある。最後まで間違っていなければいいのであります。友なるクリフトン君が道を誤りかけた今日のこの場、皆の力で引き戻したのでありますぞ。我ら全員の勝利じゃ!」
「「「「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」」」
「クリフトン君とアイナ嬢にもう一度拍手!」
「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」
丸く収まった。
卒業パーティーを台無しにしないですんだ。
学院長先生ありがとうございます。
「さてさてこれも勉強じゃ。もう少しクリフトン君にはお付き合い願おうかの」
「はい、何でしょう?」
「先ほどの一億ゴールド。これは迷惑料としてツィルハーマン侯爵家に払わずばなるまい。しかと心得ておくのですぞ?」
「はい」
ハハッ、借金持ちになってしまった。
でも不思議に爽やかな気分だ。
「結構な金額じゃが、ダンブルフロウ侯爵家嫡男の成長代と思えば高くない。いや、高くないと思わせねばならんのですぞ?」
「心得ております」
「それからどうやらクリフトン君は自分に自信がないようじゃ。それで婚約破棄などと言い出したのだとお見受けするがいかに?」
「その通りです」
学院長先生はお見通しだ。
僕は何一つアイナに勝っているところがないから。
「生徒諸君も皆聞くのじゃ。自分自身を客観的に捉えることは難しい。儂などこの歳になっても何故女性にモテぬのかわからぬくらいじゃからの」
アハハ。
学院長先生は面白いなあ。
こんな突然の婚約破棄イベントなんて、責任者として普通だったら持て余してしまうと思う。
それなのに奇麗にまとめてくれたくださったし。
若い頃はきっとモテたと思う。
「クリフトン君は自分の優れているところはどこだと思っているんじゃ?」
「優れているところなんて……」
「ふむ、アイナ嬢はどうじゃな? クリフトン君の優れているところをよく知っているじゃろう?」
「はい、クリフはとても優しいです。平民相手でも決して威張ったりしないのです」
自分に自信がないことの裏返しのような気もするけど、アイナは僕のこと、そんなふうに思っていてくれたのか。
ちょっとくすぐったいな。
「そ、それにクリフはイケメンですし」
「「「「「「「「ヒューヒュー!」」」」」」」」
うわあ、恥ずかしい!
いや、アイナの顔も真っ赤じゃないか。
アイナは大人っぽくて美人だと思ってたけど、可愛いところもあるんだな。
頷く学院長先生。
「優れたところでなくてもいいのじゃ。ちょっとした特徴、好みのポイントであっても、長所に発展させることはできるからの。しかしクリフトン君には客観的に見て明らかに優れたところがある」
「何でしょうか?」
「魔力の質じゃよ」
……僕の魔力属性は珍しい聖属性らしい。
男で聖属性の持ち主は例がないと言われたこともある。
聖属性魔力の単独抽出が不可能だった昔なら、国防結界を維持するのに僕も役に立てたのかもしれない。
魔道具の発達している現在では活躍の機会なんてないと思うけど、研究の余地でもあるのかな?
「珍しいかもしれませんが、特にいいことがあるわけでもありませんし」
アイナも聖属性持ちだ。
アイナは他に風属性まで持っている。
僕よりすごいから、僕の魔法属性が優れてるなんて思ったことはなかったな。
「聖女王妃パルフェ様がクリフトン君に興味を示しているのじゃよ」
「えっ?」
聖女王妃パルフェ様は、辺境出身の平民だったけど聖女として見出された人と聞いている。
盲目だった現在の陛下の目を治癒し、北のミナスガイエス帝国との和平修好に尽力し、宮廷魔道士をリードして聖女に頼らない国防結界のシステムを構築した、生ける伝説とまで言われている方だ。
その聖女王妃様が僕に興味を示している?
「男なのに聖属性持ちとはどういうことだとな。ホッホッ、あのお方は好奇心旺盛であるから」
そうなの?
変なところが評価されているとくすぐったいなあ。
えっ、何だろう?
魔力が高まる?
小柄な女性?
「おお、パルフェ様ではありませぬか」
「レックスさん、こんにちはー」
突然聖女王妃様が現れた。
何これ?
あっ、噂の転移魔法?
聖女王妃様にしか使えないと言われる?
「レックスさんも学院長が板についてきたねえ。すっかりジジイ口調が馴染んできたじゃん。まだ若いのに」
「ホッホッ、おかげ様で。パルフェ様こそ王妃らしくなってきたではありませぬか」
「先王様とスカーレットさんが、あたし達に仕事押しつけて引退しちゃったからしょうがないじゃんねえ。あの二人今ネスカワンに遊びに行ってるんだぞ? 明後日転移で迎えに行かないといけない」
「パルフェ様今妊娠されていると伺いましたが。転移で飛び回ってお身体は大丈夫なのですかな?」
「まー子供も三人目になると扱いがぞんざいになるわ。間違えた、経験値がものを言うわ」
聖女王妃様と学院長先生が大笑いしている。
聖女王妃様って建国祭の祝福の時に遠目で見たことがあるくらいだったけど、豪快な人だなあ。
「あれ、今日の卒業パーティーは雰囲気が微妙だね。ひょっとしてあたし歓迎されてない?」
「いや、そうではないのですぞ。ちょっと前に婚約破棄劇がありましてな」
「それは泣けるわー。あたしも高等部の文化祭で婚約破棄の劇やったことがあるんだよ」
「ほう、さようでしたか」
「あたしも本物の婚約破棄見てみたかったな。参考のためにって、何の参考だ」
聖女王妃様はとても明るくて気さくな方だなあ。
そしてあっという間に場を支配するような雰囲気がある。




