第125話:帝国軍撤退
――――――――――ライン川南岸に設けられた陣地にて。帝国軍総司令官ヴォルフガング大将視点。
急遽ウートレイドの陣を訪れ、反応を見ることにした。
ウートレイド側にとっても予想外の反応なのではないか?
「ヴォルフガング大将でありますか?」
「いかにも」
「中へどうぞ」
「あっ、ちょっと待った!」
天幕の中から黒髪の少女が飛び出してきた。
さっきの魔法の声の魔道士か?
身のこなしからするとかなりできる!
「パルフェちゃんじゃねえか!」
「ハンスさん?」
意外にも我が方の傭兵隊長と面識のある少女のようだ。
何故少女が従軍している?
これも謎の一つだ。
「将軍、失礼しました。知り合いだったもので」
「構わぬ。どういうことだか説明せよ」
「ウートレイドの西の果て、ハテレス辺境区で冒険者をしていた少女です。王都コロナリアに移って、聖女をしているということまでは聞いております」
「聖女パルフェだよ。大将よろしくね。にこっ」
そうだ、現在の聖女がパルフェという名だった。
確かクインシー王太子の婚約者だったはず。
魔力と魔法が買われて従軍しているということか?
「ハンスさん、出世したねえ。隊長になったの?」
「傭兵のまとめ役を仰せつかっただけだぜ。ところでパルフェちゃんは何の用だったんだい?」
「皆さんが着てるマントは魔石の魔力をエネルギーにして攻撃を無効化するやつでしょ? この先は魔石がガリガリ削れちゃうからもったいないよ。魔石を外しておいた方がいい」
「しかし……」
「武装解除しろとは言わないから」
帯剣は認めるのか。
わかっていることはわかっているな。
ウートレイドの言うことを聞かねばならんのは、下手に出るようで面白くないが。
「あれはパルフェちゃんの親切ですよ」
「親切?」
「常時感知魔法をかけてるから、オレ達が来たのに気付いて知らせに来てくれたんだと思います」
そういえば報告にもあった。
ただの聖女ではなく優れた魔道士だと。
常に感知魔法をかけているほどなのか。
「フースーヤっていう旅の魔道士を御存じないですか?」
「漂泊の賢者だな?」
「そうです。パルフェちゃんはその弟子で、実践魔道技術では師匠を遥かに越えているんです」
「え?」
漂泊の賢者フースーヤといえば、当代一の魔道士と呼び声の高い方だろう?
それを遥かに越えている?
この少女が?
「ウートレイド軍が信用できるかは知りませんが、パルフェちゃんなら信用できますよ。正義の子ですから」
「信用されるのは気持ちいーなー。どーぞ」
中へ。
特に警戒している様子はない。
俺らが訪れることは予想していたのだろうか?
「おお、そなたがミナスガイエスが誇る名将ヴォルフガングか。会いたかったぞ!」
「は、光栄であります。何とぞよしなに」
握手。
ウートレイドのローダーリック陛下か。
なるほど覇気がある。
これは人物だ。
そしてまた随分と友好的だな。
両岸で睨み合っていたのを忘れるほどだ。
「して、どうされた?」
「は、ワイバーンが帝国内を襲撃しているとの情報の信憑性を伺いたく」
「む、その件か。聖女パルフェよ。説明せよ」
誰にも動揺はない。
ワイバーンが帝国を襲っていることに疑いを抱いてはいないようだ。
「ウートレイドには、こっちのガルガン宮廷魔道士長が発明した転移魔法ってものがあってさ。特定の条件を満たせば瞬時に移動できると思って」
「転移魔法だと?」
「そうそう。あたしもガルガンさんに教えてもらって使えるの」
我が軍の魔道士長が驚き、首を振っている。
帝国ではまだ実現が不可能な魔道技術のようだ。
「今日国内でちょっとバタバタしたから、それを王様に伝えるために転移でこっち来たんだよ」
「バタバタとは自然派教団のフューラーを逮捕ということだな?」
「あと一つ、王宮に帝国の工作兵を名乗る者達が侵入したっていう事件があったぞ? まーどうってことなかったし、本当に帝国に関係があるかはこれから調べるから、この場では何も言わんけど」
軽く流されてしまうほどの失敗か。
ローダーリック陛下がニヤニヤしているではないか。
友好的なのではなくて、単に帝国の失策で気分がいいだけだな?
やりにくい。
「して、ワイバーンが帝国を襲っていることの真偽についてなのだが」
「本当だけど、何でそれを知っているかは内緒」
「ふむ?」
どうやら転移魔法以上の機密らしい。
少なくとも転移魔法は、発明者であるガルガン宮廷魔道士長と聖女パルフェの二人が使えるということか。
そして転移魔法の存在自体は機密にするようなものじゃないという認識のようだ。
転移魔法以上の機密として考えられるのは、我が帝国にスパイ網が張り巡らされているということだろう。
得た情報は転移魔法を利用して、瞬時に王都コロナリアにもたらされると。
だからウートレイド首脳はこの兵力差を見せつけても余裕なんだな?
くっ、何ということだ。
「たかが国境の確認するのに大げさな軍隊率いてきたからさ。国内にワイバーンをどうにかできる人員が残ってるのかなって、心配になったんで教えてあげたんだよ」
「……」
押しつけがましい言い分じゃないか。
しかし先ほど工作兵の失敗も聞かされたし、どうにも分が悪い。
工作兵とワイバーン隊の両方が無力となったならば力押しになる。
であれば援軍を期待できるウートレイドに勝てる見込みがない。
それも今聞かされた情報が真実であればのことだが……。
工作兵がコロナリア王宮を急襲することもワイバーンが国防結界にぶつけられることも、ウートレイドは知っていたではないか。
ワイバーンが帝国で暴れていることだけを否定できる根拠があるだろうか?
「……ちなみに何体のワイバーンが帝国内に侵入しているんだ?」
「二〇体前後だよ」
二〇体だと?
大変な国難ではないか。
魔道士長が袖を引く。
「……ワイバーンのような大型飛行魔物は地上に引きずり下ろさねば、逃げられて被害が拡大します。一般兵では難しいです。ワイバーンを相手にできるほどの魔道士は、ほとんど今回従軍しておりますれば……」
やむを得ない。
作戦継続は不可能だ。
「我が軍は撤退します。情報の提供に感謝する」
「そうか。帰りには気をつけるのだぞ」
「今回は貸しだぞー」
何と性格の悪い。
追撃は勘弁しておいてやると言外に言われているではないか。
「国境決めるのは役人さんだけいればいいと思うよ。次回はそうしてよ。大軍で来ちゃうと、またワイバーンが帝国を襲うかもしれないからね」
「ハハハ、まさかそんな……」
と言いかけてある考えに思い当たる。
転移魔法だと?
まさか自国を襲うワイバーンを、転移で帝国に送りつけたのではあるまいな?
目の前でニコニコしている聖女パルフェとニヤニヤしているローダーリック陛下からは何も読み取れないが。
「……参考までに聞いておきたいが、聖女殿が相手にした魔物で最も強かったのは何だ?」
「アースドラゴンだな。その時ハンスさんもいたから覚えてるんじゃない?」
「当然だぜ。将軍、アースドラゴン戦ではパルフェちゃんが結界と魔法の盾で魔物の攻撃を完封したんですよ。死者ゼロの大勝利でした」
そんなことはどうでもいい。
どれほどの魔物と接触できるのかを聞きたかっただけだ。
アースドラゴンクラスの暴虐な魔物をいきなり転移で放り込まれてはたまらん。
もうウートレイドは敵に回せない。
我が帝国の覇道主義は転換の時期だと提言せねばならぬ。
「ローダーリック陛下。快く会談の場を設けていただき感謝いたします」
「うむ、また会おう」
「じゃーねー」




