第124話:将軍混乱する
――――――――――ライン川南岸に設けられたウートレイド軍陣地にて。ガルガン宮廷魔道士長視点。
「こんにちはー」
「あっ、パルフェ様とガルガン様?」
パルフェ殿の転移魔法で、ライン川南岸付近に設置してあるウートレイド軍の陣にやって来た。
警備兵が驚いている。
転移魔法でいきなり姿を現せばさもあらん。
「まだこっちは結界が張ってないんだねえ」
「陣容を整えている最中でありますれば」
「王様いる?」
「こちらへどうぞ」
本陣の天幕に案内される。
話が早いのはいいことだ。
「おう、聖女パルフェとガルガンか。援軍か?」
陛下の表情が冴えぬ。
総指揮官のランスロット近衛兵長も難しい顔をしている。
「援軍は今のところネスカワンにのみ要請し、既に王都コロナリアに向けて進発したという連絡を受けております。実際に戦端が開かれたら各国に、という王妃殿下の指示ですぞ」
「ふむ、予定通りではあるな」
「こっちはどーなの?」
「まだ何も起きてはおらぬな。しかし思ったより敵兵力が大きい」
「多いのはわかっておりましたが、想像以上で」
「へんぽんと翻る軍幟をあの数見せられると士気にも関わる」
それで渋い顔をしておられるのか。
まだ開戦していないとはいえ、敵陣営の威容をずっと見物させられては気が重かろう。
「傭兵が多いんだと思う。ハテレス辺境区でも募集してたよ」
「実際に攻めかかられたら、ライン川で防ぐのはとてもムリだな」
「難しい退却戦を迫られます。途中の大軍を展開できない地形を利用して少しずつ敵軍兵力を削っていくことになりそうですが」
「なるほどー」
「今のところは国境がどうのこうのという形式上のやり取りだがな」
「不気味です。どうも何かを待っているような……」
ミナスガイエス軍が機を窺っているということか。
つまり……。
「こっちで今日ちょっと事件があってさ」
「事件だと?」
「面白い話なんだけど」
ちょっとした事件ではないのではないか?
興味を惹かれる事件だとは思うが。
自然派教団のフューラーを逮捕したが自爆。
その供述からワイバーンの群れがウートレイドを襲うことが判明したが撃退したこと。
王宮に工作兵が侵入、クインシー殿下が危機に晒されたこと。
「何ということだ! やりたい放題やられているではないか!」
「王宮に? フィリップ近衛兵副長は何をやっているんだ!」
「タイミングが悪かったねえ。朝フューラーを捕まえたところだったから、慌てちゃってたかも」
「自然派教団と工作兵は連動していたのか?」
「いえ、全く別の命令系統と思われます」
「問題はないのだな?」
「ないない。それで帝国軍に通告したいことがあるんだ」
「む? 何だ?」
「襲ってきたワイバーンを全部帝国領内に転移させたから、帰った方がいいんじゃないのって教えてあげたい」
あっ、陛下とランスロット殿の目が点になってる。
「……一度行ったことのある場所じゃないと転移できないのではなかったか?」
「座標アバウトでいいんだったら、転移させることはできるよ。危ないから自分で移動するには使えないけど」
「実に面白いではないか。恩着せがましく伝えてみよう。目にもの見せてくれる」
「パルフェ殿、帝国の遠征軍全体に伝えることはできませんかな?」
「多分できるよ。音を遮断する結界なんて使ってないだろうから」
帝国軍はどんな反応を示すだろう?
◇
――――――――――ライン川北岸に設けられた帝国軍陣地にて。帝国軍総司令官ヴォルフガング大将視点。
『聞こえますか? こちら連合軍から帝国軍の皆さんへお知らせです』
突如響き渡るバカデカい声。
女性か?
一体何だ?
「何らかの魔法ですな。闇属性の魔法と思われます。さすが魔道の王国と呼ばれることはあります」
従軍魔道士の長が感心している。
「陣には結界が施されているのであろう?」
「はい。おそらく結界の外のある地点まで声を飛ばし、そこから我が軍全軍に聞かせる意図があるのだと思います」
「要するにコケ威しか」
兵力で劣るので魔道で驚かせたいだけだろう。
連合軍なんて吹聴しているが、まだどこの国の援軍も到着していないことは確認済みだ。
『今朝、王都でフューラーを名乗る男を逮捕しました』
「フューラー……マルティン殿下か」
自然派教団とかいう組織の長だったはずだ。
王都コロナリアで破壊工作に使えればという目論見があったが、潰されてしまったと聞いた。
再組織化を狙って捕らえられたか。
まあ仕方あるまい。
コロナリアには軍の工作兵も送り込んである。
「今朝の王都の話がもうここまで伝わっているのですな」
「そういえばそうだ」
「我らの知らない魔道技術があるのでしょうな。驚くべき情報の伝達速度です」
しかし圧倒的な兵力差は覆せまい。
王都の破壊工作とワイバーン隊による攻撃でウートレイド軍の士気が落ちたあと、堂々と進軍すればいい。
『フューラーは自爆してお亡くなりになってしまいました。お悔やみを申し上げます』
「マルティン殿下がお亡くなりに……」
「ウートレイドのせいではないと言いたいのか?」
まだ開戦していないという体裁だからか?
少々何を言いたいのかわからないが。
『驚くべきことに、フューラーは魔物を操ることができるそうで』
驚愕する魔道士長。
「何と! マルティン殿下は伝説のテイマーの能力をお持ちだったのですか?」
「貴殿は知らなかったか。殿下は『妖の口』をお持ちだった。魔道でその能力を拡張したのであろう」
「存じませなんだ。貴重な能力をお持ちであったのに……」
研究者的な興味だろうか。
この際どうでもいい。
次の言葉を待つ。
『フューラーはガーツ山脈のワイバーンの群れを手懐け、ウートレイドを襲わせようとしました』
「事実でしょうか?」
「事実だ。陛下から直接伺っている」
「その陽動があったからこその今回の南征でしたか」
「まだ南征と決まったわけではないがな」
「ああ、そうでしたな」
魔道士長は笑うが、俺の心は警鐘を鳴らしている。
ワイバーンが自国を襲うなど危機的な事態だ。
何故ウートレイドは自軍に不利な情報を流す?
国防結界が万全であることのアピールだろうか?
それとも……。
『フューラーが亡くなったことにより制御を失い、現在ワイバーンの群れは帝国を襲っています』
「何だと!」
しまった、これを全軍に聞かせるつもりだったのか。
兵士が動揺する!
「マルティン殿下が死去したせいでワイバーンが帝国を襲うなどということがあり得るのか?」
「わ、わかりませぬ! 殿下が自らのいる方向にワイバーンを向かわせていたなら……いえ、どういう術かの詳細が不明ですので……」
「くっ!」
マルティン殿下がコロナリアにいたのはそのせいなのか?
そしてそのカラクリがバレて処分された?
疑惑が疑惑を呼ぶ。
『国境の確定などいつでもできますので、一旦国へお帰りになったらいかがですか?』
何というのんびりした提案だ。
いや、ワイバーンが帝国本土を襲っているなど本当のことなのか?
信じがたいのだが。
本当なら我が軍に知らせず、大慌てで引き返すところを追撃してもよかったろうに。
何を考えているんだかわからん。
「将軍、いかがいたしましょう?」
「対話だ。緊急ではあるが、ウートレイドとの対談を申し入れる」
「はっ、直ちに!」
ワイバーンの情報を織り交ぜてくることからすると、ウートレイドがかなり事情に通じていることは確実だ。
しかしブラフも混ぜているのではないか?
何が本当で何が偽りなのかすらわからん。
実際に会ってみて判断してくれる。




