第12話:聖女談義その1
――――――――――新聖女決定七日後、王都聖教会本部礼拝堂にて。アナスタシウス大司教視点。
聖務室を出たところで軽く伸びをする。
まったく忙しいことだ。
せめてゲラシウス殿が筆頭枢機卿らしく聖務に勤しんでくれればよいものの。
助祭クラスか、あるいは修道士の上位の者をもっとデスクワークに積極的に関わらせるべきか。
機密の条項もあるから人を選ばねばならんのは確かだが、人材を育てることも必要かもしれぬな。
ん? 小男と大男、あれはヴィンセント聖堂魔道士長とマイルズ聖騎士団長か。
あの二人がつるんでいるのは珍しいな。
何をしているのだろう?
「ヴィンセント、マイルズ」
「やや、これは大司教猊下ではないですか」
「どうした? 貴殿らも忙しい身であろうに」
「ハハッ、猊下ほどではないですよ」
というかヴィンセントとマイルズは、聖教会における魔道のトップと騎士のトップ。
反りが合わないのではなかったか?
いつから親しげに話をする間柄になったのだろう。
「情報交換をしていたのですよ」
「情報交換?」
「新聖女パルフェ様についての」
パルフェの?
情報交換をしなければならないほど取り扱いに注意が必要なのか?
ああ、まあ必要だろうな。
「あの野生の聖女が何かやらかしたのか?」
「ハハッ、野生の聖女ですか。言い得て妙ですな」
笑いごとではないんだが。
ヴィンセントが興奮気味に言う。
「国防結界の基石への魔力注入に関しては、全く不安がなくなりました。パルフェ様一人で十分余裕があります」
「シスター・ジョセフィンの負担がなくなったか?」
「はい」
それは良かった。
シスター・ジョセフィンはいつも身を削るようにして魔力供与してくれていたからな。
代わる者がいなかったので、本当に申し訳ないと思っていたのだ。
シスター・ジョセフィンは、学院高等部の最終学年の生徒でもあったはず。
今後は学業にもより力を割くことができるだろう。
「パルフェもやるじゃないか。さすがは聖女といったところだな。それではシスター・ジョセフィンに、本来の聖務である修道女のまとめ役に専念するよう伝えてくれ」
「その点で猊下に報告しようと思っていたところなのですが……」
「ん? 何か問題があるのか?」
「今まで結界を維持していたのは私だから、魔力注入はこれからも続けさせてくれと、シスター・ジョセフィンが言っておるのです」
「……」
シスター・ジョセフィンめんどくさっ!
マイルズがヒゲをしごきながら言う。
「プライドなのでしょうな。聖女代行として長年国防結界を維持してきたという」
「いや、しかしマイルズ殿。これまでのシスター・ジョセフィンの魔力供与は効果があったのか、私は疑問に思うのだ」
「いかなる意味ですかな?」
「パルフェ様が魔力を注入した時は、明らかに基石の残留魔力量が上がります。ええ、もうハッキリわかります。しかしシスター・ジョセフィンがへとへとになるまで魔力を注入しても、残留魔力量が増えたと実感できたことはなかったのです」
どういうことだ?
シスター・ジョセフィンの供与では、結界の基石の魔力量は増やせない?
「おかしいじゃないか。今まで結界が維持できていたのはシスター・ジョセフィンの魔力供与のおかげなのだろう? 理屈に合わない」
「私もそう信じておりました。シスター・ジョセフィンが魔力を供与した時には、即時ではなくともいつの間にか基石の残留魔力量が増える感じでしたのです。そういうものだと思っていたのですが……」
「パルフェの魔力供与ではすぐに基石の残留魔力量が上がるから、変だと感じ始めたと」
「さようです。あるいは供与された魔力が純粋な聖属性でない場合は、注入してから結界が利用できるようになるまで時間がかかるということなのかもしれませんが」
「ヴィンセントの説で筋は通るな。しかし異なる原因で残留魔力量が増えていたこともあり得る?」
「どうでしょうか? ちょっと考えづらいです。他の原因に心当たりがとんとありませぬので」
「考え過ぎではないですかな? 今までも大きな問題はなかった。パルフェ様がおいでになったことで、さらに危険は遠くなったのですから」
マイルズの言う通りだ。
特にこれといった懸念ではないはず。
しかし何だろう。
頭の隅に引っかかることがあるが……。
「調べられるか?」
「は?」
「シスター・ジョセフィンの魔力供与は、本人が望む限り続けさせよ。そしてシスターの注入した魔力量がどれほどになるか、数値で表せないかということだ」
「蓄積魔力量を数値で表す魔道具があれば可能です。シスター・ジョセフィンの供与した魔力があとから有効になるのが本当だとしても、パルフェ様の供与量を引けばいいのですから」
「その魔道具は入手できるか?」
「王家が所持しています。借りることができればよろしいのですが……」
舌打ちしたくなる。
私はウートレイド王国今上陛下ローダーリックの腹違いの弟ではあるが、兄陛下とは折り合いが悪いのだ。
借りるのは難しいかも知れぬ。
かといって単なる調査のために高価な魔道具を作らせることもできない。
「まあいい。当面パルフェがいれば国防結界の維持に支障をきたすことはないのだろう? シスター・ジョセフィンの魔力供与の謎については、いずれ機会があれば考えよう。癒しの奉仕についてはどうだ?」
「大変な評判です。パルフェ様の新しい概念による癒しで、古傷が完全治癒する者が多くなったのです。パルフェ様の指導を受けた癒し手の修道女も、意欲を持って施しに精励するようになりました」
「いいことばかりなのだな?」
「とは申せませず」
「何故だ?」
「魔法医連からクレームがついたのです。タダで治されては営業妨害だと」
パルフェのヒールの効果が高いと聞いた時から計算の内だ。
魔法医の利益になるはずの患者が、聖教会の評判に転化してしまっている。
とは言うものの……。
「それは報告を受けた。パルフェは規定通りヒールまでしか使っていないのだろう?」
「はい。あ、いや、パルフェ様は範囲回復魔法リカバーも使っておられますが」
「リカバーについては規定がないから、使用しても構わぬはずだ」
ヒールより効果の高い回復魔法であるハイヒールによる魔法治療は、緊急時以外魔法医しか使ってはならないという取り決めがあるのだ。
高価な料金を受け取る魔法医と無償の施しを行う聖教会の住み分けとも言える。
「規定違反でないなら、魔法医連に関しては突っぱねていい。パルフェに異存がなければ、ヒールのコツを魔法医連に教えてやってもいいな。他には?」
「貴族の方々からの評判が芳しくありません」
「貴族? 貴族は魔法医にかかるだろう? 教会の無償奉仕にどうして関係する?」
パルフェの無作法が貴族ウケのいいわけはない。
だがこんなに早く貴族からの評判が悪くなるというのは想像の外だったな。
何が起きた?
「それがドランスフィールド侯爵家の前当主フェリックス様のお身体をパルフェ様が治した、という噂が社交界であっという間に広まったそうです」
「実際にフェリックス殿がピンピンしていればさもあらん」
「パルフェ様御指名で貴族のお屋敷にお呼ばれするのですが、パルフェ様は全て断っていらっしゃるのです」
「ほう? そんな報告はなかったな」
貴族の対応はゲラシウス殿か聖堂主管かの管轄だな。
貴族どもの機嫌を取ろうとして私に情報を伏せ、パルフェに言うことを聞かせようとしているのか?
小賢しいことだ。
あの野生の聖女は思い通りに動かんぞ?




