第116話:春季休業直前
――――――――――学院高等部教室にて。ダドリー視点。
「おい、平民」
今日は二年次三学期の最終日だ。
スコアを受け取ったら用はないはずなのに、何故かチビ平民とマイクがまだ教室に残っている。
何の用だろう?
「おー、ダドリー君か。どーした。機嫌がいいね」
王太子クインシー殿下の婚約者に向かって平民もないもんだが、今更呼び名も変えられない。
依怙地だとわかってはいる。
マイクが言う。
「聖女様は将来王妃になる人だよ。平民と言うのはどうかと思う」
「わかってはいるんだが……」
「いーよ。学院は身分関係なしが基本でしょ? ダドリー君にパルフェ様とか聖女様とか言われたら、何か魂胆でもあるのかと疑ってしまうわ」
ケラケラと笑う平民聖女。
特に気にしてもいないようだ。
そう言ってもらうとありがたい。
卒業したら高位貴族としてけじめをつけねばならないのは私の方だ。
「で、どうしたの?」
「私は来年も一組に残れるのでな」
「それで安心した顔だったのか。ダドリー君がいると楽できていいわ」
文化祭のことだろうか?
一番働いていたのはチビ平民だろうに。
しかし認めてもらえると嬉しいものだ。
「君達はどうして帰らないんだ?」
「いや、魔法クラブ寄っていこうかと思ったんだ」
「ああ、例の魔法陣か」
「そうそう」
チビ平民がアイデアを出した、拘束の魔法陣を魔法クラブで図案化しているのだ。
ケープに仕込む魔法陣ではあるが、今までのものとは概念からして違う。
被拘束者自身の魔力を使って発動させ、身動きを取れなくするという。
それならケープに仕込まなくてもいい気はするな。
魔石を魔力源とする魔道具より格段に高価になるが、これほどの魔道具が必要になる場面があるのか。
「……戦争になるかもしれないというのは本当なのか?」
平民聖女はクインシー殿下の婚約者だけに、何かを知っているかもしれない。
少し驚いているようだ。
「ダドリー君鋭いね。いかにも怪しい魔法陣だったから気がついた?」
「それもあるが、父上にも言われたのだ」
「ダドリー君の父ちゃんは情報収集力があるね」
「ではやはり?」
「戦争になるかならんかは向こうさん次第なんだけど、まあいい情勢ではないよ」
「相手はミナスガイエス帝国?」
「うん。これ内緒ね」
何なのだろう?
情報通の父上よりも遥かに多くのことを知っているらしい。
おまけにあんな魔法陣を作らせているところからすると、チビ平民自身がかなり戦争に関係しているんじゃないだろうか。
あり得るか? そんなこと。
「あの魔法陣を使用するケープは?」
「強力な魔法の使い手をとっ捕まえた時にさ。一時的に無力化しとくにはいいんじゃないかと思って」
「なるほど」
帝国なら強力な魔道士も当然いるだろう。
仮にこの平民聖女ほどの使い手だとすると、並みの魔道具が通用するわけもない。
拘束者自身の魔力を使用するなら、急に対策されて逃げ出すことはおそらくできないだろう。
「結構デザインにも拘ってるケープだから、捕虜の尊厳を守ることにもなると思うんだ」
「尊厳なんてことまで考えているのか」
強力な魔道士ならば、当然高度な教育を受けている貴族だろうということか。
敵であっても名誉を守るというその考え方に感心した。
「今考えた理屈だけど」
ケラケラ笑うな。
感心して損したではないか。
「領兵を動員せよという命令がまだないだろう? 父上も困っていて」
「その辺はあたしじゃ何とも。まだ向こうさんの動きを掴みきれてないんだと思う。でもあたしのカンでは近々動員令は出るね。おそらく半月以内」
「半月! 風雲急を告げているじゃないか」
「うん。根拠がうっすら過ぎるけど」
何かしらの情報はあるらしい。
「ラインハルト様は帰国の予定はないようだ」
「ふーん、それは確かなん?」
「本人がそう言っていた。また父上が調べたところによると、結構社交の予定が入っているそうなのだ」
「なるほど? まあラインハルト君は生け贄だろうから」
「生け贄……」
戦争になった時はウートレイドに捨て置かれるだろうということか。
シビアな言い草に唖然とする。
彼はローゼンクランツ公爵家の嫡流だというのに、恐ろしいな。
「基本的に戦争はあたし達の考えることじゃないよ」
「まあな」
「ところでダドリー君の感知魔法はどれくらいまで進歩したかな?」
「一応立体で広げられるようになった」
「おお、やるね」
重苦しい話題から離れてホッとする。
感知魔法は雷属性の魔法だ。
持ち属性が雷の私が使えるようになるのは当然だ……高等部に入学する前はそんなこと思ってもみなかったが。
これも平民聖女が魔法に対する意識を改革してくれたおかげだ。
「だがまだ私の感知魔法はトリスタンにすら遠く及ばない」
「トリスタン君も熱心だよなー」
トリスタンの持ち魔法属性は火だ。
感知魔法は雷属性の私の方が長じていて当たり前なのに。
しかもトリスタンは高等部に入学する前は魔法に対して理解がなかったのにも拘らずだ。
魔法に関しては得意を自負していたのに、忸怩たる思いがある。
「魔法の習熟度は時間がものを言うからな? ダドリー君は感知魔法に取りかかったの遅かったし、今んとこトリスタン君に敵わないのは仕方ない」
「しかし……」
「感知魔法は立体で広げるだけが能じゃないんだ」
「えっ?」
感知魔法は立体で広げて人や魔力をサーチするための魔法だろう?
他の使い道があるということか?
そういえば以前、カークの祖母の骨折を治した際に、身体の中の魔力の流れまで見て治療に役立てていたな。
「感知魔法の最初の練習に、するするっと紐みたいに真っ直ぐ伸ばすってやつがあるじゃん?」
「ああ」
練習の第一段階だ。
紐のように長く伸ばせるようになったら面状に展開し、最後に立体にするというのが感知魔法の一般的な習得の仕方とされている。
「例えば紐状のまま真っ直ぐだーっと伸ばしていって、あっ、ここに結界があるなんて知ることもできるんだよ」
「何と、そんな使い方があるとは」
「多分今の段階でも、ただ感知魔法を伸ばすだけならトリスタン君より雷属性持ちのダドリー君の方が長い距離イケるでしょ。劣ってるところばかりじゃないよ」
劣っているところばかりじゃない、か。
やる気になるではないか。
「あと感知魔法はこういう使い方もできる。あそこにレイチェル先生いるじゃん?」
あのシニヨンに結い上げた特徴的な髪型は行儀作法のレイチェル先生だ。
しかし先生がいるのは一つ南の棟の中じゃないか。
それがどうした?
「よーく見ててね。感知魔法を伸ばすでしょ」
レイチェル先生に向かって感知魔法を伸ばす?
一体何をするつもりなんだろう?
「で、出力をちょっと上げてつんつんすると」
「あっ?」
レイチェル先生が気付いた。
平民聖女が手を振ってる。
『レイチェル先生。パルフェだよ、にこっ。今からそっち行くから待っててね』
「今のは?」
「声を飛ばす魔法だよ。劇でユージェニーちゃんがセリフ度忘れした時に使ったやつ。レイチェル先生にお肉持ってきてるんだ。渡しに行こっと」
「感知魔法にこんな使い方があるとは」
「他人の魔力の揺らぎまで感じ取れるようになると、その人がウソ吐きゃわかるよ」
マイクが羨ましそうだ。
「感知魔法はすごいなあ。オレも覚えたい」
「覚えりゃいいじゃん。あっ、マイク君の収納魔法ももうすぐ実用レベルってとこまできてるんだよ」
収納魔法?
超高等魔法じゃないか。
「それよりレイチェル先生を待たせると礼儀がなっとらんとかで怒られそうだ。早く行こ」




