第113話:私はこの誘惑に耐えることができません……
――――――――――王都コロナリア離宮にて。側妃マリリン視点。
「……ということですね」
「……」
目の前の人の良さそうな中年の女性は、馴染みの商人の推薦状を持っていました。
もとより訪れる者も少ない離宮です。
興味本位で会ってみました。
初めは当たり障りのない珍しい商品を見せてきました。
それはそれで興味があったのですが……。
ここだけの話と人払いを要求され、語られたのはその愛想のいい笑顔とはかけ離れた剣呑な誘いだったのです。
「クインシー殿下とエグバート殿下を比較しますとですね。エグバート殿下は大変快活でいらっしゃる」
「何を仰りたいのですか?」
「いえ、別に」
その女は卓上の飲み物に手をつけます。
私を十分に観察しながら。
「ただもったいないですよね」
「何がですか?」
「エグバート殿下の素質がですよ」
おそらくこの女は……外国のスパイです。
「何が仰りたいのかわかりかねますわ。エグバートを褒めていただけるのは嬉しいですけど」
「おやおや。マリリン様は欲がないですね」
段々愛想笑いが気味悪くなってきます。
「優れた王を戴くことは、ウートレイドのためになることなのですけれどもね」
「理屈はわかりますけれども」
「ウートレイドのためになるということは、周辺諸国にもかなりの恩恵が及ぶということなのですよ。何故ならウートレイドは国防結界同盟の盟主なのですから」
だから何なのですか。
言わされてしまう。
「……エグバートが優れていると言いたいのですか?」
「優れていますね」
お腹を痛めて産んだ可愛い子であるエグバート。
その子を優れていると断じてくれるのは正直嬉しいです。
あの子は努力していますが、側妃腹の第二王子ではなかなか認めてもらえる立場じゃありませんから。
「傍目でも王太子クインシー殿下より覇気がありますよ。ローダーリック陛下によく似ておいでです」
「それは……」
私も感じることでした。
エグバートは陛下の気質に似ていると。
「ローダーリック陛下は名君であらせられますよ」
「はい、しかし……」
クインシー王太子殿下は大変優秀だと聞きます。
エグバートの出番はやはりないと思わざるを得ないのですが。
女は笑顔を崩さないです。
「学院のスコアがよければ国が治まるのですか? それが真実なら王は必要ありません。成績優秀者が国を治めればいいのですから」
「……そうですね」
「クインシー殿下には明確な欠点があります」
「欠点とは何でしょう?」
「ゴールデンエイジと呼ばれる、人間の生涯において心身発育の重要な期間をムダに過ごしてしまっていることです。目の御病気のせいですから、クインシー殿下の責ではありませんけれどもね」
王太子殿下の眼疾でロスした経験不足についてはしばしば言われることです。
にわかには否定しづらい事実ですね。
「しかし王には結果が求められます。頑張っているから、ではすまされないことなのです」
「陛下はそれを見越して、これまた大変優秀だという聖女パルフェを王太子殿下の婚約者としたのです」
「存じています。聖女様はクインシー殿下の目を治癒されたという噂が巷に流布されておりますけれども、本当なのでしょうか?」
「本当だそうですよ」
王太子殿下の目が治ったという報を聞いた時は複雑な思いでした。
盲目の王はまずありえない。
そして王妃スカーレット様が二人目を妊娠される気配がない。
ならばエグバートが次代のウートレイド王だろうと考えていたものですから。
聖女パルフェに対しては、軽い恨みにも似た感情が芽生えました。
「聖女様がエグバート殿下のパートナーではまずいのですか?」
「えっ?」
段々不穏な話題になっていくのに止めることができません。
聖女パルフェがエグバートの妃に?
エグバートも聖女パルフェはすごいと言っていました。
あっという間に魔法を使えるようにしてもらい、その実力を尊敬しているようです。
もし王太子殿下が亡くなるのならばそういう未来も……王太子殿下が亡くなる?
「クインシー殿下が目を患っていた時、エグバート殿下は大層努力されていたと聞きますよ」
「頑張る子ですからね」
今だってエグバートは努力を欠かしておりません。
王位を継ぐことがなくても、王族に相応しい実力を身につけようとしているのです。
王太子殿下がクローズアップされることにより、急に日陰の身に追いやられたことは母として不憫に思いますが……。
目の前の女が愛想笑いを強めます。
「仮の話ですが」
さらに不穏な話を聞かされる気がします。
ああ、邪悪な陰謀は聞きたくない。
聞きたくないのに聞くのを止められないです。
「不慮の事故でスカーレット王妃殿下とクインシー王太子殿下が亡くなったとします」
「不敬な!」
「あくまでも仮の話です。そして起き得べからざることも思慮に入れなければならないのが、統治者の心得でもあります。ですから王位継承権には順位があるわけで」
「……それで?」
「エグバート殿下の王位継承順位は二番目ですね。一番目の方がいなくなれば当然繰り上がります」
「あなたは何を……」
「マリリン様に手を汚せとは言いません。王宮内部の間取り図を手に入れ、私どもに渡してくれるだけでいいのです。それで皆がハッピーになれます」
ああ、恐ろしいこと。
私はこの誘惑に耐えることができません……。
◇
――――――――――同刻、学院寮の一室にて。モアナの侍女キキ視点。
「にゃにゃにゃにゃにゃ……」
モアナ様が身体強化魔法の練習をしている。
現在モアナ様がマスターしている魔法は回復と治癒の魔法だ。
「モアナ様は聖属性と闇属性をお持ちなのでしょう? 火属性の身体強化魔法よりも、先に覚えるべき魔法があるのでは?」
「覚えたい魔法を覚えるのにゃ! パルフェもそれでいいと言ったにゃ!」
やる気になって覚える魔法の方が上達が早いそうだ。
何となくわかる気がする。
モアナ様が集中していらっしゃるので邪魔はしたくないのですが……。
「三学期終了後は早くカメハメハに帰るべきだと、パルフェ様が仰っていたでしょう?」
「言ってたにゃ」
「あれはやはり……」
「ミナスガイエス帝国が攻めてくるからだと思うにゃ」
迎えの時期について問うと、パルフェ様が困ったような顔をされていたのだ。
『察して』とだけ言っていた。
「国防結界のあるウートレイドは、人類社会の要なのだにゃ! うまく治まっているものをひっくり返そうとするのはアホのやることだにゃ! 帝国はアホだにゃ!」
これは賛成せざるを得ない。
帝国が人類社会の統一を国是としていることは知っている。
しかし国防結界のあるウートレイドに攻め入って、何の益があるというのか?
帝国の自己満足に過ぎないのではないか?
「まあいいにゃ。どうせ帝国はウートレイドに勝てるわけないにゃ」
普通に考えればそうだ。
ウートレイドは隣国から援軍を期待できるが、帝国は単独だからだ。
いかに帝国が最強の軍事力を所持していると言っても、兵站の伸びきる大遠征で持久戦になったら勝利の条件など整わない。
短期決戦などそれこそムリだ。
ウートレイドが応じるはずがない。
「帝国は何を考えているかわからんにゃ。戦争は嫌いだにゃ」
思わず苦笑する。
モアナ様の言うことは子供っぽいが、その通りだ。
カメハメハのような小さな島国では、ウートレイドに援軍など送れない。
でもウートレイドにはぜひ勝ってもらいたい。
せっかくモアナ様が学院での生活を楽しんでおられるのであるし。
「モアナ様、そろそろ御就寝の時間ですよ」




