第108話:第一王子と辺境聖女の波乱万丈ロマンス
――――――――――学院高等部講堂にて。ダドリー視点。
「あー、あー。私は大丈夫私は大丈夫」
「顔が強張っちゃうよ。いい表情にならない」
「マイク君の顔なんか誰も見てないから、心配いらんわ。自意識過剰だわ」
「聖女様は相変わらずひどいなあ」
「リラックスさせてやってるんだろーが」
そろそろ我がクラスの劇の出番だ。
緊張しているのは私だけではなさそうだ。
こういう時はどうするんだったか?
確か緊張という字を掌に書いて飲めばいいんだったか。
ダメだ、余計に緊張する。
「ふんふーん、準備は万端だな。いつ開幕してもオーケーだぞー」
平常運転だなあ。
こんな時ばかりは図太いチビ平民が羨ましい。
「あれ、どうしたダドリー君。ひょっとしてビビってる?」
「……有り体に言えばそうだ」
「何で演者でもないのにナーバスになってるのよ。昨日の劇は大成功だったじゃないか。心配する必要なんかないって」
平民の言う通りだ。
しかし文化祭二日目の今日は関係者開放日。
王陛下夫妻も見に来ているではないか。
「王様もスカーレットさんも楽しみにしてるってよ」
「王太子クインシー殿下の出番なのだから当然だな。しかし陛下自らが生徒の劇を見に来るなんて滅多にないことだから」
事実、一つ前のクラスの劇も出来がいいとは言えなかった。
雰囲気に呑まれてしまったのだろう。
「王様の圧が強いんだよね。ムダに存在感があるっていうか」
「ムダな存在感って」
「観客なら観客らしく大人しくしてりゃいいのに。わざわざ出てきて挨拶なんかするもんだから、先生も生徒も委縮しちゃってるわ」
言いたい放題だが、意味するところはよくわかる。
「期待に応えねば……」
「おいこら。ビビりが演者に伝染したらどーする。大体どーして演出担当のダドリー君が脅えてるのか、わけがわからん」
「失敗したらとんでもないことに……」
「おいこら。イメージが大切といつもあたしが言っとろーが。失敗することなんか考えんでいい」
失敗したってどうってことないわ、笑い話になるだけだわとブツクサ言う平民。
その通りだ。
その通りなのだが、身体の動きが硬くなるのを止められない。
「よく見るとあがってるの、マイク君やダドリー君だけじゃないな。おーい、皆集まって!」
チビ平民が演者を呼び集める。
正直ありがたい。
私も皆に声をかけられる精神状態じゃない。
「少々やらかしても構わないぞ? あっ、今のは演出だったかってふうにフォロー入れるから、大船に乗った気でいなさい。気楽にいこうぜ!」
ちょっと緊張がほぐれただろうか?
皆に笑顔が見える。
「さあ、始まりだ。頑張っていきまっしょい!」
幕が上がる。
冒頭、王子と聖女の出会いのシーンだ。
暗幕も使わずに舞台を暗くし、主役二人にスポットを当てる魔法の演出だ。
会場からおお、と声が上がる。
ん、どうした?
「ユージェニー嬢が頭からセリフ飛んでる!」
『凛々しいあなた。いずこから辺境へ?』
平民が小声で伝達魔法をユージェニー嬢へ。
よし、シーンが繋がった。
「助かる」
「任せろ。ユージェニーちゃんも緊張しいなとこあるからな。フォロー入ることが実感できれば安心できるでしょ」
うむ、ユージェニー嬢の動きが目に見えて良くなった。
これならバッチリだ。
「あたしの出番だ。行ってくるね」
始まりの聖女の幻影登場。
順調に愛を育む二人に試練が訪れることを予言する。
水魔法の応用だとのことだが、本当に幻影にしか見えない。
本当に魔法は様々なことができるのだと実感する。
「ただいまー」
「幻影だと本当に威厳があるように見える」
「でしょ? ちょっと補正かけてるから」
実物のチビ平民には威厳がない、ということを言いたかったのだが。
「さて、急展開だ」
「うむ」
後ろ盾のない平民出身の聖女。
二人が結ばれることを状況が許さない。
悪意に晒される王子と聖女。
「ここ好きなシーンだわ。ラインハルト君が本物の帝国の使者っぽくていい」
「そうだな」
留学生ラインハルトが、いかにも帝国流の言い回しを披露する。
帝国の皇女を王子に勧める印象的なシーンだ。
「……きらびやかなる都会の蝶と、草むらに身を隠すキリギリス。いずれをお選びになるのでしょうなあ」
ラインハルトの声が朗々と響いた。
「この後のキリギリスの声が好きっていう王子のセリフがいいなー。キュンキュンするわ」
「おい、自分の仕事を忘れるなよ」
「わかっているとゆーのに」
呪いで意識を操られ、聖女に婚約破棄を突きつける王子。
「泣けるわー。何度見ても泣けるわー」
「涙を拭け」
平民にハンカチを渡す。
クインシー殿下に婚約破棄されることを考えたら悲しいというのは、どうやら本当らしい。
普段の言動を見ているととてもそうは思えないのだが。
「ありがと。ダドリー君は優しいな」
微笑みかけるな。
ドキッとするだろうが。
「あっ、今ダドリー君の邪な心情を聖女センサーが察知したぞ?」
「よ、邪とは何だ!」
「ダメだぞ? いくらあたしが可愛いからって横恋慕しては。あたしはクインシー殿下の婚約者だからね」
「わかってる! 何とも思ってないわ!」
「何とも思われないのはそれはそれでどうなんだ? おっと出番だ」
クライマックスだ。
演者全員集合、王子の呪いを聖女が浄化する。
そして会場全体を巻き込んだ大規模な祝福!
「おお、本物の祝福だ!」
「奇麗……」
何度見ても祝福は素晴らしい。
勇気と希望が湧いてくる。
「私は」
「あなたと」
「「永遠の愛を誓いましょう」」
主役二人が宙に浮かび、くるくるとダンスを舞う。
感動のラストシーンだ。
徐々に舞台は暗転し、主役二人のみにスポットが当たる。
そしてゆっくりと着地。
まったくいくつの魔法を同時起動しているんだろうな?
「よーし、終わった。ダドリー君行ってこい」
「あ、ああ」
演出担当であった私の締めの挨拶だ。
「これにて二年一組の劇『第一王子と辺境聖女の波乱万丈ロマンス』は終了です。御歓劇ありがとうございました」
割れんばかりの拍手。
ステンディングオベーションだ。
よかった、大成功だ!
「アンコール!」
えっ? アンコール?
「「「「「「「「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!」」」」」」」」
期せずして巻き起こるアンコールの声。
思わず目が点になる。
「ど、どうする? 何の準備もしていないが」
「これは予想外だったね。まーいーや。殿下ユージェニーちゃん、ラストのダンスもう一回踊ってくれる? 浮かせるから」
「「わかりました」」
主役二人の浮遊ダンス再び。
観客の拍手に包まれて、ゆっくりクインシー殿下とユージェニー嬢が舞台上空を舞う。
そして幸せな表情のままフワリと着地する。
「サービスだ。ユージェニーちゃん、祝福しとこうか」
「はい。天の神よ、地にあまねく祝福を!」
先ほどの祝福の余韻が消えぬ内、再度の祝福だ。
素晴らしいの二乗。
鳴りやまぬ拍手の中幕は降り、片付けに入る。
クインシー殿下が嬉しそうだ。
「やり切りましたね」
「うん。よかったよかった。今日のあたし達は勝利者だ! 明日もう一日あるから、気を抜かずに頑張りまっしょい!」
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」
ネッサ嬢が同情気味に言う。
「しかし盛り上がり過ぎたように思える。この後の出し物が可哀そうだ」
「あっ、次の出し物二年生の合唱だわ。あたしの出番なのに、まいったなー」
「御愁傷様」
全員が笑う。
大仕事をやり終えた安堵の思いが多分に含まれている。
チビ平民は続けて出番か。
会場を興奮させてしまった責任は自分で取れ!




