第104話:泣いた聖女
――――――――――学院高等部教室にて。クインシー視点。
「脚本完成しました! 我ながら傑作!」
ホームルームの時間に、脚本担当の文芸クラブ部員が誇らしげに宣言する。
仕事が早いなあ。
文化祭まで残り二ヶ月だから早いのはありがたいけど、相当ムリを押して書き上げてくれたのではなかろうか?
しかも草案じゃなくて完成だとは。
よほど自信があるみたいだ。
「配りますので読んでくださいね」
ふむふむ……笑いあり涙あり、スリリングなシーンからのハッピーエンド。
これは素晴らしい、名作だ!
皆も読み進めて興奮している。
「ドラマチックですわ!」
「完全に話題をさらえる。一組の勝利は間違いない!」
「起承転結の転がすごいな。これ演出可能なのか?」
「パルフェさんの浮遊魔法があれば……パルフェさん?」
聖女様がどばっと涙を流している。
それはもう、どばっと以外に表現できないほど。
ど、どうしたんだろ?
「せ、聖女様?」
「パルフェ様、どうされたんですの?」
「……ここの婚約破棄のシーンあるじゃん? 殿下に婚約破棄されること考えたら悲しくて悲しくて……」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
教室がシーンとなる。
いつもニコニコしている聖女様に、こんな乙女チックな一面があったなんて。
それだけボクのことを思ってくれているということなのだろうか?
聖女様の本心はよくわからなかったから嬉しいけれども……。
「ちょっと顔洗ってくるね」
聖女様が席を外したあとの教室が騒然となる。
「おい、これどうなるんだ?」
「ううん、婚約破棄のシーンは不敬、というか縁起でもないかもしれないですけれども」
「この衝撃的なシーンがあるからラストが締まるんだよ!」
「わかる。削りにくい」
「しかし上演時間の問題もありますのよ。これ詰め込み過ぎじゃないですか?」
議論がまとまらない中、聖女様が帰ってきた。
「いやー、まいったまいった。涙が止まらん」
「パルフェさん、どうしよう? 婚約破棄のシーン削ろうか?」
「何で? 名シーンじゃないか。あたしを泣かせるなんて大したもんですよ。本人がビックリの巻だわ」
いつもの聖女様の軽口が戻ってきたようだ。
少し安心。
「ただこれ、あたしが演じるのはムリみたい。ごめんよ、ユージェニーちゃん、代わってくれない?」
「えっ?」
全員がヒロインの辺境聖女役を当然聖女様がやるものと思い込んでいた。
が、別にそうでなくても構わないはずだ。
本来のユージェニー嬢の役は……印象的だが出番の少ない初代聖女の役と町娘Aか。
「その分あたしは特殊効果の方に専念するわ」
「わかりました。責任を持ってヒロイン役を務めさせていただきます」
「お願いしまーす」
聖女様も笑顔になった。
ハプニングはあったが、却ってクラスが一丸となった気がする。
「あっ、脚本を販売する時は、あたしが泣いちゃって演じることができなかったっていう煽りつけとくといいよ。メッチャ売れるわ」
笑いが出る。
聖女様はしっかりしてるなあ。
「さあ、文化祭まで頑張っていきまっしょい!」
――――――――――同刻、モアナ視点。
た、大変にゃ。
パルフェが泣いているにゃ。
私がクインシー殿下とのロマンスを出し物にすることを提案したから?
いやいや、そんなことないにゃ。
脚本が悪いにゃ。
脚本の婚約破棄からの急速な展開が……感動だにゃ。
これ以外に考えられないにゃ。
あっ、パルフェが戻ってきたにゃ。
「いやー、まいったまいった。涙が止まらん」
「パルフェさん、どうしよう? 婚約破棄のシーン削ろうか?」
「何で? 名シーンじゃないか。あたしを泣かせるなんて大したもんですよ。本人がビックリの巻だわ」
その通りだにゃ。
感動の名シーンだにゃ。
結局ユージェニーが演じることになったにゃ。
……あれ? よく読むと、ヒロインの辺境聖女はかなり受け身のキャラだにゃ。
パルフェよりもユージェニーが演じる方がピッタリの気がするにゃ。
ひょっとしてパルフェがユージェニーに役を譲ったのは……。
まあいいにゃ。
あちでパルフェをぎゅっとしてよしよししてやるにゃ。
――――――――――同刻、ダドリー視点。
「……ここの婚約破棄のシーンあるじゃん? 殿下に婚約破棄されること考えたら悲しくて悲しくて……」
いつもへらへら笑っているあのチビ平民聖女が泣いている。
正論で殴ることと冗談で躱すことしか知らないんじゃなかったのか?
涙なんてズルい。
ギャップで可愛く見えてしまうではないか。
結局平民はユージェニー嬢にヒロイン役を託した。
悪くない判断なんじゃないかと思う。
かつてクインシー殿下の婚約者にはユージェニー嬢という、巷の憶測もあったくらいだ。
平民がヒロイン役をあえて演じないところに、言外の含みがあって面白い。
というかあの平民の魔法を特殊効果として生かすなら、ほぼ出ずっぱりのヒロイン役じゃ難しいんじゃないだろうか?
脚本を見るとそれくらい特殊効果が多用されている。
まあいい、無事に収まった。
私の役どころは演出総監督か。
平民と脚本家の意見を聞きながら決めていけば特に問題はないな。
「さあ、文化祭まで頑張っていきまっしょい!」
こら、それは文化祭リーダーである私のセリフだ!
――――――――――同刻、エインズワース公爵家次女ユージェニー視点。
事件です。
パルフェ様が泣かれてしまいました。
あのお強くて何事にも動じないと思われていたパルフェ様に、これほど感受性の高いところがおありだったとは。
それほどクインシー殿下を愛していらっしゃるのですね。
ああ、何というロマンス!
「ただこれ、あたしが演じるのはムリみたい。ごめんよ、ユージェニーちゃん、代わってくれない?」
「えっ?」
私が主役の辺境聖女役を演じる?
いえいえ、これこそパルフェ様のためにある役でしょう?
私ごときが演じていいはずが……。
パルフェ様の目はまだ赤いです。
パルフェ様自身も傑作と認めたこの脚本、クラスの希望です。
今こそ私がお助けしないでどうするのですか!
「その分あたしは特殊効果の方に専念するわ」
「わかりました。責任を持ってヒロイン役を務めさせていただきます」
「お願いしまーす」
パルフェ様のホッとした表情が嬉しいです。
私も力になれたでしょうか?
――――――――――同刻、ローゼンクランツ公爵子息ラインハルト視点。
「パルフェ様、どうされたんですの?」
「……ここの婚約破棄のシーンあるじゃん? 殿下に婚約破棄されること考えたら悲しくて悲しくて……」
ウートレイドの誇る聖女パルフェが涙を流している。
正直俺は戸惑っている。
聖女パルフェのメンタルは金剛石だと思っていたから。
オパールのように脆いところがあろうとは。
帝国への報告書には聖女パルフェのことを最も多く記述している。
国防結界を維持する莫大な魔力。
全属性を操る驚異的な魔法技術。
その魔法を惜しげもなく教えて回る寛容さと指導力。
俺も恩恵を受けている。
回復魔法ヒールを覚え、感知魔法を教わっているところだ。
平民でありながら王太子クインシー殿下の婚約者になるのも、雨季に雨が降るほど当然と思わせる。
その聖女パルフェが……。
「あっ、脚本を販売する時は、あたしが泣いちゃって演じることができなかったっていう煽りつけとくといいよ。メッチャ売れるわ」
あれっ? 動揺しているだろう割には判断力が確かだな。
泣いたのはまさか演技でもないんだろうが。
「さあ、文化祭まで頑張っていきまっしょい!」
クラスをまとめる力はさすがだ。
俺も目立つ役を振ってもらった。
協力せねばな。




