因縁の地ですよ魔王様
「うー…」
「ど、どうしました魔王様」
借りた馬車の中で私は先ほどからずっとうなっていた。
「いえ、この先に、かつての私が討ち取られたという街があるんですよね…」
「え!?…あ、確かに…」
「その時の記憶が無いとはいえ、なんかこう…複雑な気分になってて、立ち寄るべきか避けるべきか迷ってるんですよね」
「なるほど…」
その後もしばらくうなり続けていた。
「…よし、こうなったら立ち寄ってみましょう!」
「大丈夫ですか魔王様」
「覚えてないから大丈夫でしょう!…多分」
というわけでその街へと向かった。
「大きな街ですね」
「はい、私が子供の頃聞いた話によると、防衛拠点としてかつての魔王様が力を入れて開発していたそうです」
「なるほど」
「どうやら人間達は街を破壊せずにそのまま利用してる感じですね」
「そうみたいですね」
ざっと街を見て回った所、北東側にある大きな建物だけ半分ぐらい取り壊されて建て直して役所として利用してるようだった。
建築様式が明らかに半分だけ異なっているのだ。
(ここがかつての私が執務をしていた役所の跡なんですかね?)
(おそらくそうだと思います。残っている古い部分が他の街の役所の建物とよく似ていますので…)
記憶にないとはいえ、やはりここで倒されたとあっては複雑な気分になる。
何とも妙な気分のまま宿屋へと入り、防音魔法をかけた。
「しかし、街自体は割と栄えていますね」
「そうですね。かなりにぎわってましたし、今日見て回った範囲だけでもかなり便利な造りのようでした」
「言われてみるとそうですね。道もわかりやすかったですし」
「はい。おそらく魔王様が以前この街を作る時に、街の造り自体を色々考えて造ったのだと思われます」
「とはいえ私にそれができるとは思えないので、専門家を集めたんでしょうね」
そして次の日、昨日行かなかった方へと足を延ばした。
やはりどこへ行くにも便利で、買い物や水汲みなどもやりやすいように作られているようであった。
「昨日は気付きませんでしたが、防衛にも向いてるような造りですね」
「ふむ」
「防衛拠点として力を入れる一方で、生活もしやすいように作ったようです」
「なるほどー」
アンナはさすがに軍人だけあってそういうのには詳しいようだ。
そして昼食を取って最後に甘い物を食べて店から出た時の事だった。
「…ローネ様!?」
一人の男性が私の方を見て声をかけてきた。
その声を聞き、アンナが鋭い表情で男の手を掴んだ。
素早く、そして力強く…
「申し訳ないが、人の目に付かない所に案内していただきたい」
何事かわからないまま、男性の案内で病院へと向かうことになった。
「お、先生お帰りなさい」
「けがはどうだ?」
「先生のおかげでだいぶ楽になったよ。そちらのお嬢さんは?」
「いや、昔の知り合いの娘さんでね…ちょっと話があるんだ」
「そうかー、じゃあまた診てくれよな」
「ああ、次は1週間後ぐらいか」
どうやら男はここの病院の医者らしい。
そして奥の部屋へと入り、また防音魔法をかけた。
アンナが鋭い表情で男性に問いただした。
「さて、なぜこの街の住人が、その名前を知っているのか説明していただきたい」
アンナはなぜか男が「ローネ」という名前で私を読んだことが非常に気になるらしい。
何がそんなに気になるのだろうか…
「私の名はクラウス。かつての魔王様、ローネ様とそのご両親に仕えていたお抱え医です」
「!?」
服装や髪の毛で隠れていて気が付かなかったが、どうやらこの医者、短い角が生えている魔族らしい。
「かつてのローネ様そっくりな女性を見かけたので思わず声が出たのです」
「なるほど、そういう事ですか」
二人で納得しているが私にはどういうことかわからなかった。
「一体どういうことですか?」
詳しく聞いてみると、どうやら生まれ変わる前の私は「ローネ」という名前だったらしい。
軍にいるアンナはそのことを教わっていたそうだ。
最初に魔族と気が付かなかったせいで、アンナは彼を人間だと思った。
そして、20年前に死んでいる魔王の名前を知っているのを不思議に思い警戒したそうだ。
人間社会では「魔王」としか呼ばれていないはずだからだ。
「もしかして噂になっていた、ローネ様の生まれ変わりですか?」
「そういう事らしいです」
そう言って掌のあざを見せると、男は泣き出してしまった。
「おお、そのあざはまさしく…」
そしてしばらく泣いて落ち着いた頃に、かつての私の事を聞いてみた。
簡単にまとめると、両親は私の事を溺愛しており、国の方針を攻める方から守る方へと変えてしまうぐらいだったそうだ。
だがその両親も人間との小競り合いの際に亡くなってしまい、その後はまだ20歳にも満たない私が跡を継いだらしい。
「ローネ様のご両親である魔王様は魔力はそこそこぐらいで、戦いにおいてはそれほど強くありませんでしたから…」
「なるほど…」
そして跡を継いだかつての私は、親の政策を引き継ぎ、やはり守りと国内の発展をさらに重視する政策を取ったそうだ。
「その発展は素晴らしい物でした」
今まで魔族の街で聞いた通り、国内の開発をどんどん進めていき国が豊かになっていったそうだ。
「ですが、あの日…」
・・・・・・・・・・
彼がちょうど別の街に薬を仕入れに行っていた時の事だった。
ジャンと私が戦いになり、私が亡くなってしまったそうだ。
「あの時私が街にいれば、ローネ様を救うこともできたかもしれないのに…」
そう語る彼は後悔に満ちた表情をしていた。
何とも言えない気持ちになったが、少し気になっていた事を聞いてみた。
「ぶしつけですが、あなたは街の人間達に魔族とバレていないのですか?」
「いえ、皆私が魔族だというのは知っています」
「え!?」
「よくご無事で…」
他の街では追い出されたりしていたはずなのに…
その辺の事情を詳しく聞いてみた。
街から帰ってくると、あちこちで戦闘が起こっていた。
すでに私がジャンに倒され、人間の軍隊が街に入り込んでいたタイミングだったそうだ。
「なんという事だ…」
そしてそばに、一人の兵士が倒れているのが気付いた。
「おいお前ケガしてるのか!」
「ま、魔族!?」
「ちょっとケガを見せてみろ」
「トドメを刺しに来たのか!?」
「私は医者だ、目の前にケガしてるやつがいるなら人間だろうが魔族だろうが放ってはおけん」
そう言ってその人間の兵士を治療したそうだ。
魔法を併用しての治療に驚いていたらしい。
そして私が執務していた役所に向かいながらケガ人を見つけ次第治療して、役所に入り込むとすでに私は息をしていなかったそうだ…
魔族の兵の生き残りが私を連れて逃げていくのを見守ったらしい。
「お、あそこにまだ魔族が残っているぞ」
そこに人間の兵隊がやってきた。
たちまち捕まってしまい処刑されそうになったが、けがを治療された兵士たちの証言で処刑は取りやめになった。
「お前魔族なのに何で俺たち人間の治療をしたんだ?」
かなり年を取っていた人間の軍の従軍医が聞いてきた。
「街の入り口にいた兵士にも言ったが、私は医者だから目の前にケガしてるやつがいるなら人間だろうが魔族だろうが放ってはおけん性分なんだ」
そう答えるとその医者も大笑いしたそうだ。
それから街に残った従軍医と意気投合し、親しく付き合い色々技術の交換などを行ったりもしたらしい。
・・・・・・・・・・
その後街で医者を続け、今では「魔族先生」と呼ばれるぐらいになったそうだ。
「そんな事があったんですね…」
「はい。どうしてもケガ人を放っておけませんでしたので、ローネ様の治療ができなかったのが心残りでして…」
「でもその分大勢の人を助けたんですよね?」
「!?」
「お話を伺う限り、おそらくケガ人を見捨ててかつての私の所へ来ても間に合わなかったんじゃないですかね…私が倒れたから街に兵士がなだれ込んできたって事でしょうし」
以前聞いたジャンの話から推測しても、何となくそんな気がした。
それを言うと、彼はまた号泣した。
しばらくして落ち着くまでアンナと二人であたふたしていた。
「ところでその従軍医の方は…」
「我々魔族と違い寿命の短い人間で、高齢でした。10年ほど前に亡くなりました。病気ではなく老衰でした」
「なるほど…」
心の中で黙祷をささげた。
「あ、そうでした…ローネ様、これを」
彼は机の引き出しを開けて古い箱を取り出した。
「これは…?」
「15年ぐらい前の話ですかね。役所を解体し新しく立て直す時にちょっとしたケガ人が出たのですが、その彼が持ち込んできたものでして…」
「ふむ」
「そのケガをした人間が、偶然工事現場で見つけたものの、魔族の道具で何に使う物かわからないからと私に聞いてきたのです」
「ふむ」
箱を開けると、複雑な形状をした印鑑のようなものが出てきた。
「…?何でしょうかこれ?」
「代々の魔王様は、命令書などの公的な文章にそれと同じ仕組みの道具を使って魔法の刻印を刻み込むことで、魔王様本人の書いた文章であることを証明していました」
「ふむ」
「本人の魔力に合わせて作るため他人には扱えませんし、偽造も不可能なようになっておりますので…」
「刻印も偽造できないんですか?」
「はい。私は医者でその辺の技術に詳しくない上に、その辺の理論を説明するのに1週間では済まないぐらい時間がかかるぐらいややこしいそうなので、どういう仕組みなのかは私には説明できませんが…」
「な、なるほど」
アンナと二人でその道具を色々な方向から見ていた。
「ローネ様、その道具に少し魔力を込めてこちらの紙に押し当ててもらえますか?」
「え、あ、はい…」
言われた通りにやってみると、インクなどは付けていないにもかかわらず紙に複雑な紋章が書き込まれていた。
よくよく調べてみると、その紋章自体が微量な魔力を放出しているようだ。
しかも刻印の場所によって強くなったり弱くなったりで変動している。
今は刻印の左上が強くなっている。
「おお、刻印が紙に刻み込まれました。これでローネ様の証明ができるわけです」
「なるほど」
「この刻印自体から出る魔力がローネ様本人であることを証明するような仕組みになっております」
「ふむ」
「役所には今でも以前のローネ様の魔力を元に作った判別用の装置がありますし、魔力に敏感な者は装置が無くても判別できます」
「すごい仕組みですね」
魔族の魔法の技術に感心していると、彼はこう申し出てきた。
「これを受け取っていただけませんか?」
「いいのですか?」
「はい、これはローネ様が生まれた際に、ご両親が作らせたプレゼントですので、本来はローネ様の物ですし…」
「わかりました」
そう言って懐に収めた。
「これで、一つ肩の荷が下りました。まさか本当にローネ様にお返しできる日が来るとは思っていませんでしたので…」
そして彼はまた泣き出した。
どうやら彼は泣きやすい性格らしい。
そしてかつての私の話を他にも色々聞いて、数日後また旅に出ることになった。
「しかし魔王様、これはまたとんでもない物を手に入れましたね」
「そうなんですか?」
「その刻印を刻み込んだ命令書は我々にとってはかなり重大な命令になりますので…」
「なるほど…」
「場合によっては軍隊丸ごと命令することもできますよ」
私は刻印具を手に取って、角度を変えながらじっくり眺めてみた。
「んー、でもできればあまり使わないで済ませたいですね…」
「そうですか?」
「それに、私にとっては命令書に刻印を押すための道具というより、私の実の両親とのつながりを示す思い出の品と言う感覚が強いですから…」
「でも無くさないでください…簡単には偽造できませんが、時間をかけて解析すれば偽造できる可能性もありますし、それを悪用されると国が大変な事になりますから…」
「わ、わかりました」
そう言うと、「ローネへ」と小さな文字で書かれている刻印具を無くさないようにカバンへと入れた。




