旅は道連れですよ魔王様
「現在、周辺には敵になりそうな者の気配はありません」
「は、はい…」
馬車で次の街へ移動している間、アンナが周辺を警戒していた。
馬車を操っている私にも伝わってくるぐらい気合が入っていた。
あまり気を入れすぎなくても大丈夫とは言ったのだが、「魔王の警護」という重要な任務だからやたらと気合を入れているようだった。
ちょっと堅苦しい所があるのは軍人だからなのだろうか。
(あんまり硬くならないでほしいなぁ…)
そう思っても彼女的には私の事を大事に思ってくれているという事でもあるので、彼女には悪くて言いづらい状況であった。
「ん?」
前方から何人かの人の気配を感じた。
正確には魔力の気配だが。
「どうなさいました魔王様?」
「いえ、前方に数名、おそらく5人ほどだと思われますが、このあたりの崖の道に陣取っている人たちがいますね」
「では私が蹴散らしてまいりましょうか?」
「…いえ、ただ何か待ってるだけだったりしたら気の毒ですし、このまま進みましょう」
「…わかりました」
そう言ってアンナはまた周辺の警戒に戻った。
しばらく馬車を進めると、馬の少し前辺りに矢が飛んできた。
「何者!?」
アンナが飛び出しそうになるのを止めた。
「おそらく馬を脅して馬車を止めようとしているだけですので、下手に前に出ると矢が当たっちゃいますよ」
「しかし…」
何とかアンナをなだめて説得して飛び出すのは止めさせた。
すると、5名の男たちがこちらに向かって歩いてきた。
また飛び出そうとするアンナを何とか抑え込んだ。
(魔王様、私でしたらあの程度の相手など1分程で…)
(やり過ぎると色々問題になるのでダメなんですよ。ここは人間の国の領土ですし…)
(しかし…)
(ここは私に任せてください。私が立ち上がったら、馬車の後ろから飛び出てあそこの岩陰に大急ぎで走っていって隠れてください)
(みすみす魔王様を危険な目に遭わせるわけには…)
(そこは大丈夫ですから…)
アンナに作戦を説明していると、男たちがさらに近づいてきた。
「お、すっごい美人の二人連れじゃないか」
「へへへ、姉ちゃんここで旅は終わりだ、痛い目に遭いたくなければ荷物をこっちによこして付いてきな」
思った通り山賊だった。
「いいですね?」
アンナにそう言うと私は立ち上がった。
納得はしていないようだが、魔王である私の命令だということでしぶしぶ従って走って逃げて行った。
「あ、あの女…!」
男のうち一人がアンナを追いかけようと走り出したその時、私は魔力を解放した。
辺りに嵐のような風が巻き起こり、馬車がガタガタと震えだした。
アンナが逃げた辺りまで風圧が届いており、彼女も必死で岩にしがみついている。
「う、うわぁ!」
「な、なんだこの魔力は!?」
山賊たちは私の魔力に驚いて腰を抜かし、吹き飛ばされないように地面にしがみついていた。
後ろの方からアンナの驚く声も聞こえた。
私は無言で馬車から降りた。
「あ…あ…」
先ほどまでの勢いと違い、山賊たちは皆震えあがっていた。
さらに魔力を解放しながら近づいていくと、全員泡を吹いて倒れてしまった。
「さて…」
アンナの方を見ると彼女もかなり驚いた様子だったが、私が彼女の方を見るとすぐに走って戻って来た。
「魔王様、今の魔力は一体…」
「今のでもまだフルパワーではないですよ」
「え!?」
「フルパワーだとこのあたりの地形変わっちゃうし、この人達や馬まで巻き添えでケガしてしまいますからね…」
アンナは絶句していた。
「あ、そうそう。彼らが隠れていた辺りを調べましょう。多分ロープがあるはずです」
「は、はい…」
二人で彼らの隠れていた所を探すと、予想通りロープがあった。
「これであの人たちが気が付く前に縛って動けないようにしましょう」
「はい」
軍隊で敵を捕縛する訓練でもあるのか、アンナは見事な手さばきであっという間に5人を縛り上げ拘束した。
「これでよろしいですか?」
「おお、すごいしっかり結んでますね。これなら逃げられませんね。では…」
そう言って私は馬車に積んでいた合図用の道具を取り出した。
「これは何でしょうか?」
「馬車での旅でトラブルがあった時に、これを使って空に光の弾を飛ばして近くの街の衛兵隊に知らせると助けに来てくれるんですよ」
「へぇ…」
「魔族の国ではこういうのは使わないんですか?」
「そうですね。大体は遠距離のテレパシーで街に連絡しますが、魔法が得意でない者はテレパシー用の道具を用います」
「なるほど」
「ただ、テレパシーはあまり遠いとかなり疲れるので、よほどの緊急事態でない限りは使いませんが」
やはり平均的に魔力が高い魔族の方が魔法の技術は進んでいるらしい。
そしてその道具を使い空に照明弾を飛ばした。
30分もしないうちに衛兵隊がやってきた。
事情を説明していると応援を呼び、手際よく連行していった。
「この連中はこのように賞金首となっていますね」
「あらそうなんですか?」
「はい。この証明を持って街の衛兵事務所へと行けば賞金がもらえますよ」
「わかりました」
どうやら賞金がかかっていた山賊団だったらしい。
その頃アンナは衛兵たちが使っている道具を物珍しそうに見ていた。
「…?どうかしたかい?」
「あ、いや、何でもない…」
衛兵に不思議そうに声をかけられたアンナは、そう答えながらもちらちらと道具をのぞき込んでいた。
彼女はぱっと見では魔族と見えないため、おそらく衛兵たちはどこの田舎の人なんだろうと思っていたに違いない。
こうして衛兵隊について行って次の街へとたどり着き、手続きをして賞金を頂いた。
「♪」
結構な額になったので宿屋の部屋でご機嫌で数えていると、アンナがしょんぼりとした様子で部屋の椅子に座っていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、魔王様があそこまで強いとは思っていませんでした…」
「危険ですし普段は抑えてますからね。気が付かないのも当然かと」
「そうなると、私は護衛として全く役に立たないどころか足を引っ張ってしまうのではないかと…」
なるほど、軍人となるとそういう考え方も出るのか…
「私はあなたの事を護衛とは思っていませんよ」
「え?」
「私はこの力をどう使うべきかを知るために色々な物を見て回ろうと思っています」
「最初にお会いした時にそうおっしゃってましたね」
「そしてあなたは一緒に見て回る仲間だと思ってます」
「仲間…ですか?」
アンナは少しキョトンとした表情になった。
「はい、私は魔族ですが、人間として育てられたので、魔族の感覚は分かりません」
「…」
「ですので、魔族の感覚で接してくれる方と一緒なのはすごくありがたいんです」
「…」
「それと、今日衛兵が色々やってるのを興味深そうに見てましたよね?」
「え?あ…え…」
「おそらく魔族の国では見ないような珍しい物があったんですよね」
「は、はい…」
アンナはちょっと恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「逆に私からすると、魔族の国にあるものは珍しくて面白くてしょうがなかったりしますよ」
「…」
「ですので、そういうのをいっぱい見てみたいと思っています」
「なるほど」
「私もあなたも、そういうのをいっぱい見ると、きっとプラスになりますよ」
「…」
「ですので、警護とか考えずに、私と一緒に旅をして色々見て回りましょう」
「魔王様…」
正直な気持ちを伝えると、アンナも少し落ち着いたようだ。
そして私はまた賞金を数えた。
「…旅で必要な物を買っても結構余る額ですね。明日ちょっと買い物してから美味しいものでも食べましょうか。何か食べたい物はありますか?」
「いえ、特には…それに、私は人間の国にどういった食べ物があるのかわかりませんので…」
「それもそうですね。じゃあ明日街で色々探してみますか」
次の日、街に出て色々買い物をした。
携帯用の食糧などを買いそろえた後、喫茶店を見つけたのでそこで昼食を取る事にした。
アンナの話によると、お酒以外の飲み物も多く揃えられている飲食店は魔族の国にはほぼ無いらしく、かなり珍しがっていた。
軽い食事をとった後、デザートにケーキを頼んだ。
これも魔族の国には無い種類のケーキらしく、やはり珍しがっていた。
味も満足してもらえたようだ。
こうして旅の準備や食事などを済ませてその日のうちにまた旅に出た。
アンナは相変わらず私の事を「魔王様」と呼んでいるが、先日までのような堅苦しい雰囲気は無くなっていた。




