商売の勉強ですよ魔王様
「さてと、次は…」
かつての私が発行していた人間用フリーパスを手に入れて魔族の国へと入りやすくなった。
一緒にもらった説明によると、一部の信用できる行商人向けらしい。
となると、私もこれを使う以上、魔族の国を移動する場合には行商人の振りをせねばならず、その知識が必要になる。
「商売の基本とかは村で教えてもらってたけどなぁ…」
そこで私はこの大陸で中立を維持しているエルフ達の国へと向かった。
国と言っても大き目の街ぐらいの広さで、エルフ達が住んでいる大きな木とその周辺の土地を領土としている。
人にも魔族にも属さず、主に経済に関する仲介をすることで双方とつながりを持ち中立を守っているのだ。
人間の国からも魔族の国からも行商人が集まるエルフの国なら、行商についても学べるはずだ。
そう考え、馬車の中でパンフレットを読みながら街道を進んでいった。
「うわぁ…」
遠くに大きな木が見えてきた。
どうやらエルフの国に近づいてきたらしい。
「これがエルフの国…」
乗合馬車を降りて辺りを見回すと、あちこちに小屋のような物が見える大きな木がまず目に入り、その周辺の平地に小屋や露店が多く見えた。
更によく見ると、人間も魔族もエルフも普通にうろうろしていた。
あちこちで商取引の交渉をしているのか、活気に満ち溢れていた。
「とても人間と魔族の間で戦争が起こってるようには見えないですね…」
そうつぶやいているうちに周辺の平地の辺りにたどり着いた。
露店の多い地区だった。
育った村では見たことも無いような商品も多かった。
ざっと見た感じだが、人間の露店には酒が、魔族の露店には魔晶石が多い傾向があるようだ。
もちろんその他の商品も色々あるが。
しばらく露店の多い所を歩いていると、少し大きめの建物が見えた。
「…両替商?」
中に入ってみると受付がいくつもありそこで皆が手続きを行っていた。
入ってすぐの所にあるパンフレットを読むと、
・基本的にはエルフの使っている通貨がベースで、どちらの国の通貨も一旦エルフの国の通貨に交換してからまた別のに交換する形になっている
・交換レートが毎日ちょっとずつ変動しているがそこまで大幅に変わる事はない
・エルフ達は両替の際のかなり安い手数料で儲けを出している
・ここを通さずに個人同士で両替しても特に問題はないが、ごくまれにぼったくられる事があるので自己責任で
といった事が書かれていた。
そのためか、この国に滞在している間はエルフ達の通貨でやり取りし、自国に戻る際にまとめて自国の通貨に両替するのが普通のようだった。
一応、店によっては人間や魔族の通貨で買い物もできるが、基本的には面倒くさがられるようだ。
「私も両替してもらいましょうかね」
そして列に並んで両替してもらった。
手数料は確かに安かった。
儲け以外にも、「お金払ってもらう以上おかしなレートでは取引はしない」という保証の意味もあるそうだ。
受付の人によると、今日は人間の国の通貨が少し値上がっていたようでかなりお得だったらしい。
ここに来る前に、魔力で作った魔晶石を売って稼いでてよかったと思った。
その後、受付の人にこの辺の経済について知りたいならこれがいいということで、両替商にあったパンフレットをいくつかもらい宿屋に向かった。
宿代が安いのか高いのか、エルフ族の通貨の単位ではピンと来なかった。
パンフレットを読むと、この国の図書館などの施設の利用案内も入っていた。
時間が出来たら利用してみよう。
「あー、よく寝た…」
次の日、さらに平地部のあちこちを見て回った。
そんな中、ある建物に入ると、ちょっとしたもめ事が起こっていた。
「頼んでいたやつが無いんだけど…」
「申し訳ない!」
周りの人に何事かと聞いてみた所、ここは別の商人に注文して仕入れてもらい、その商品をやり取りする「注文取引所」と呼ばれている建物で、主に他所の国の商品を注文して仕入れてもらう仲介をしているそうだ。
そして、魔族の商人が人間の商人に頼んでいた商品の一部が入手できなかったらしい。
どうなる事かとヒヤヒヤしながら見ていたが、交渉の結果、人間の商人が代わりの商品をかなり格安で売る事で決着がついた。
魔族側の商人も、今回の取引には含まれていなかったが必要だった商品を安く買う事が出来て満足していたようだ。
後から知った事だが、こういう場合、人間の商人は足りなかった商品の代わりの商品を安くして売って同じぐらいの額になるように調整し、魔族の商人は足りなかった分の代金は受け取らない、という風にすることが多いらしい。
「なるほど、国によって商習慣も違いがあるんですね…」
こういう知識が無いと、何かトラブルがあった時に困りそうだ。
よく学んでおこう…
こうして色々な所を見学したり、エルフ達の図書館に行って本を読んだりして行商や商売の基本や商習慣などを覚えて行った。
そしてそろそろまた旅に出ようかと思い準備を始めた日の事。
「おい大変だドラゴンがやってきたぞ」
この大陸にもドラゴンは住んでいるが、普段は人間や魔族などは相手にせず悠々と暮らしているはずだ。
空を飛ぶ個体も、地上でずっと暮らす個体もいる。
かなり頭がよく家畜などを襲ったりもしないため、ドラゴンの被害と言えばたまにケガをしているドラゴンが街に落ちてくるぐらいだ。
どういう事かと思いドラゴンが来ているという方へ向かってみた。
「…あれ?ああ、こっちの方ですか…」
衛兵が相手をしているのは、鉱石などに魔力が集まってドラゴンのような姿になって襲ってくるモンスターの類だった。
正式な名前はミネラルなんとかかんとかで非常に長く覚えづらい。
その上、小型の陸上種の方に姿が似ているため、一般的には「ドラゴン」と呼ばれているのだ。
「話には聞いていましたけど現物を見るのは初めてですね」
初めて見るドラゴンを物珍しそうに見ていた。
だがそのドラゴンもかなり強いようで衛兵たちが苦戦していた。
街の道や周囲の屋台にもちょっと被害が出てきていた。
「お、おいあんた危ないぞ!」
衛兵を手助けしようと前に出ると、魔族の国の商人が止めようとしてきた。
だが私はそれに笑顔を返すとそのままドラゴンの方へと向かった。
そして衛兵が離れたタイミングを狙い、魔力を解放し魔法弾を撃ち込んだ。
「…あれ?」
かなり手加減したつもりだが、一撃で倒すことができた。
ドラゴンの身体に含まれていたであろう宝石だけが散らばっており、戦っていた兵隊たちも吹き飛んで転んでいた。
衛兵やエルフ、商人たちが集まってきて色々調べたりしており騒ぎになっている。
そんな中、エルフの役人らしき人がやってきた。
「ちょっとお話が…」
何か不味い事をしたのかと思いついていって話を聞くと、どうもあの手の「ドラゴン」を倒した場合、倒した人間、もしくはグループにその身体に含まれる鉱石などの権利が与えられるらしい。
それを目当てにしているハンターもいるそうだ。
衛兵が倒した場合は基本的にその国の物になって衛兵たちにボーナスが入るようになっているそうだが、今回の場合はほぼ私が一人で倒したのと同じなので、ほぼ全部の権利が私の物になるらしい。
そしてエルフの国の専門家が調べた所、少量だが何種類かの希少な宝石が含まれていたそうだ。
「これが鑑定結果であなたのものになる物とそれを売却した際の額の表です。このうちの1割を手数料、さらに1割を衛兵に支払う分として国が取る事になりますので、額としては8割があなたの物です」
渡された書類を受け取って見てみると、思わずむせてしまった。
8割でも故郷の村全体で入る収入の5年分を超えているではないか。
「こんなにですか!?」
「はい、ここにリストアップされている3つの宝石が非常に貴重な物なので、これぐらいの額になります」
かなり驚く額だったので何度も何度も鑑定書を見ていたが、ある事に気が付いた。
「…あれ?これは…」
そして希望をエルフの役人に述べた。
「え?それでよろしいんですか?」
「はい、可能でしょうか?」
「もちろん可能ですが、あなたの取り分はかなり減りますよ?」
「ええ、それでもかまわないのでよろしくお願いします」
数日後、エルフの国にある宝石店へと向かった。
「お待たせしました、ご注文の品です」
「ありがとうございます」
「しかしお客様、失礼ではありますが、かなり変わったご注文をなされましたね…」
「ええ、どうしてもやってほしかったものですから…」
そう言って一つの指輪を手に入れた。
「…懐かしいな」
そうつぶやくと、それほど価値のない宝石を付けている指輪を指にはめた。
数日前、鑑定書にある宝石が少量あるのに気が付いた。
割とあちこちで採れるので宝石としてはそれほど価値のない物だが、綺麗な赤色をしているため装飾品によく使われているのだ。
そういう用途で使われることが多いため、逆に指輪にすることはほとんどない。
私の育ての両親、特に母親がこの宝石の色が好きで、これをちりばめていた飾り箱を大事にしていた。
この箱を眺める時のうれしそうな母親の顔は、私にとってもいい思い出だ。
だが、魔族の一団が村に来た時に、その飾り箱も壊れてしまったのだ。
「この宝石以外を全部売っていただいて、手数料などを引いた残りの2割を先ほどのドラゴンの襲撃で壊れた街の修繕に回していただいて、1割を私が受け取りますので、残りの7割でこの宝石をはめたそう簡単には壊れないような指輪を作ってください」
その事を思い出した私は、エルフの役人にこう希望を伝えた。
そして役人に紹介してもらった宝石店に大金を持って行って、限界まで硬くした指輪を作ってもらったのだ。
「ちょっと酔狂だったかな?」
指輪を見ているとそんな考えも浮かんできたが、それ以上に村での暮らしの懐かしい思い出が沸き上がってきた。
「大陸全体がこのエルフの国みたいに平和になればいいのにね…」
そうつぶやいて私は、もっといろいろな世界を知るためにエルフの国を出発した。




