魔族の街ですよ魔王様
「さて次は…」
勇者ジャンを訪ねた後、東の方へと向かっていた。
今まで集めた情報によると、魔族の前線基地とも言える都市がこの先にあるはずなのだ。
街で話を聞き、路銀を稼ぐためにバイトをして旅を続け、その都市の近くまでやってきた。
バイトをしながらの旅は思ったより時間がかかった。
「あんた旅の人かい?」
「ええ」
「次はどこ行くのか決めてるのかい?」
「ここから東の方にある街ですね」
「となるとあの魔族の街を通るのかい?」
「ですね」
すると彼は少し険しい表情になった。
「気を付けろよ。通り過ぎるだけなら問題ないが、滞在しようとすると追い出されるぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、魔族の街にしては珍しく我々が入っても嫌な顔をされる事も無いんだが、とどまろうとすると露骨に嫌がられるんだ」
「なるほど…」
ありがたい話を聞いて私はその街へと向かった。
その街が目的地だというのは黙っていた。
「うわぁ…立派な街だ…」
その街に着いた私はまずそんな感想を抱いた。
少なくとも私が育った村とは大違いだ。
私は見た目が完全に人間なので、住人の魔族たちはうさんくさそうな目で私を見ていた。
だが、言われてた通り特にも嫌な顔をされるようなことはなかった。
(まあ今はその方がありがたいんだけど…)
そして私は街で一番大きな建物を目指して歩いて行った。
「あのー、すみません…」
「なんだ!?」
その建物を警備している若い兵がやはりうさんくさそうな目で私を見ている。
「この街を治めている町長にお会いしたいのですが…」
「町長…ああ、人間の言う街で一番偉い人の事か?それならこの中にいるが、面会の予約はしているのか?」
「いえ…」
「となるとちょっと…」
「そこを何とか…」
何とかならないかと若い兵士と交渉していると、奥の方から年配の魔族が一人現れた。
彼は私と若い兵士たちがもめているのをちらりと見ると、みるみる顔が青ざめていった。
おそらく私の事に気が付いたのだろう。
私は口に指をあて片目をつぶって彼に合図を送った。
「…そちらの女性は?」
彼は少し震えた声で兵士たちに尋ねた。
「は、将軍に面会を求めている人間です。約束や紹介状などが無いので追い返そうとしてる所です」
「ふむ…もしかして私が少し前に書類を届けろと命令した者がいたがその代理かな?」
どうやら彼は私に話を合わせてくれているようだ。
「ええ、たまたま街のそばで倒れていた魔族の方を見つけ、頼まれた次第です」
「なるほど、では私の部屋に来てもらえるかな?」
「いいのですか将軍?」
「うむ、ちょっと急ぎの用事があったのでな…代理の者でも構わないよ」
そういう風に話が進んで、私はまだ少し声が震え気味の彼の執務室へと案内された。
部屋に入ったとたん、彼は真っ青な顔をして汗を流しながら土下座した。
「し、失礼いたしました魔王様!」
やはり私の正体には気付いていたらしい。
「あ、頭を上げてください」
「し、しかし部下が失礼な事を…」
「いえ、私の事に気が付かない方が今は都合がいいので…」
なんとか宥めて椅子に座ってもらった。
部屋に入ってすぐに防音の魔法をかけておいてよかった…
「魔王様が復活したとのうわさは聞いてましたが、本当に復活なされていたとは…」
「噂ですか?」
「はい、うさんくさい占い師が、魔王様が復活したという占いが出たということでそういう話を広めておりまして…大半の者は信じていなかったのですが…」
そう言えば、私の復活が占いで出た、という話は以前にも言われた。
「中には本気にして、部下を引き連れて人間の国に忍び込んだはいいが、全滅したのか帰ってきていない者もおりまして…」
きっと村に現れて私の魔力の覚醒で巻き添えになった一団の事だろう…
「しかし、今まで一体何をなされていたんですか?」
「以前の私が倒された後、自分の分身を解き放ったそうです」
「そう言えばそんな事を言っていた連中もいましたな…」
「それで私は人間の国に赤ん坊の状態で現れたんです」
「え…!?」
将軍は思わず目を丸くして、絶句した。
「そして親切な人に拾われて、そこで普通に育てられたんです」
「よくご無事で…」
「この手のあざ以外は見た目は普通の人間でしたしね…」
「なるほど…」
「それで20歳になってしばらくすると、魔族の一団が村に攻め込んできました」
「え!?」
「そこでその団の長に自分が魔王の分身だと知らされた次第です」
彼はまた顔が真っ青になった。
「もしかして、以前の魔王様の記憶が無いんですか!?」
「はい、私は以前の事を全く覚えていないので、村長の娘として育てられたミレーナという人間である意識しかありません」
「な、なんてことだ…」
「私からすると、以前の私を知る人が、魔王だと騒いでいるだけの状態です」
それを聞き、彼はちょっと困った表情になった。
「以前の私を倒したという勇者にも会ってきましたが、彼も私を魔王だと言ってました」
彼はその言葉で顔をさらに青ざめてしまった。
「え!?何という無茶を…よくご無事で…」
「彼は全てに嫌気がさしたとかで隠居してましたしね」
「な、なるほど…」
その話を聞いて彼は少しがっくりしたような様子だった。
「そう言えばすっかり忘れてましたが、魔王様、こちらへはどういったご用件で?」
「そうでした…以前の私がどういうことをしていたのかを知っておられる方からお話を伺おうと思いまして…」
「なるほど…」
そして彼に色々教えてもらった。
大まかにまとめると、かつての私は
・畑や鉱山などの開発に力を入れる
・こちらから人間の領土へと攻める事はせずに力を蓄える
・ただし攻めてきた場合への備えは怠らない
・人間が街に来た場合も特に追い返さず、通り抜けるだけなら放っておくようにする。ただし何かやらかした場合は厳しく罰する
と言ったような方針で政策を進めていたらしい。
「という感じで、領土を広げる事より国内を充実させる方針を取っておられました」
「なるほど…」
「ただ、人間達に土地を奪われた者たちは不満を漏らしていましたが…」
「あー、それはそうでしょうね…」
私も故郷を滅ぼされているのでその気持ちはわかる。
「そのため、国は魔王派と反魔王派で別れるような状態になってました」
「あらら…」
「ただ、以前より国が豊かになり食べ物に困るような事も減ってきた頃になると、反魔王派は少しおとなしくなりましたが…」
「なるほど、割と現金なものですね」
「はい。ただ、国が力付けてきたんだからそろそろ攻めようという意見の者も割と…」
「難しい所ですね…」
「はい…」
二人で顔を見合わせ、同じタイミングでため息をついた。
「魔王様が亡くなった後も、とりあえずはその政策を維持しておこうと各地の将軍で話し合い、魔王の座は空白のままで政策を進めていました」
「なるほど」
「この街も、当時の魔王様の政策を引き継いでおります。この街の者は当時の政策を支持していましたので…」
かつての私が恐ろしい事をしていたのではなさそうだと聞いて安心した。
「色々お話ありがとうございました。参考になります。」
「ところで魔王様、これからどうなさるおつもりですか?」
「どう、とは?」
出されたお茶を飲んでいると、将軍が私に質問してきた。
「魔王として我々の国に戻ってまた我々を導いていただけるとか…」
「いや、しばらくは大陸中を旅してみようと思っています」
「旅ですか?」
「はい、私が魔王であるという実感は今でもありません。ですが、とんでもない力を持っているのは分かっています」
「…」
「この力をどう使うべきか…世を見て考えようと思います…」
「なるほど、我々としては残念ですが、魔王様がそうお考えでしたら…」
そう言うと彼は少し残念そうな表情をしながら机の装置を弄った。
「あ、私だが…ああ、済まない、うん、うん、ちょっと持ってきてくれるか?ああ、頼む」
何かを部下に頼んだようだ。
しばらくすると若い部下が箱を持って部屋に入って来た。
「こちらでよろしいですか将軍」
「ああ、ありがとう」
「では失礼します」
そう言いながらその若い部下は私の事をいぶかし気に見ながら部屋を出て行った。
「では魔王様、せめてもの我々の気持ちとしてこれを…」
箱を開けると小さなカードと妙な装置が入っていた。
「これは?」
「かつて魔王様が特例で発行していた、人間の行商人向けの通行証です。これがあれば、身分を偽りながら我々の国はフリーパスになります」
「あら、それはありがたいですね。こちらの小さな装置は?」
「これを握って魔力を込めていただけますか?」
「はい…あ、魔晶石ができた!」
魔晶石とは、魔力を結晶にした物体で、各種の魔法の道具を使うのに用いるエネルギー源だ。
かなり貴重で高額な代物で、村で購入した際にその値段を見て驚いたこともある。
「はい、これは魔晶石を作るための道具です。かなりの魔力がある者でないと使えませんが…魔王様なら問題なく使えるでしょう」
「なるほど!」
「天然の物が割と採れる上に上位の魔族には普通に作れる我々にとってはそれほど珍しい物ではないのですが、人間の社会では貴重品でしょうし、路銀を稼ぐのに使えると思います」
思わず身を乗り出した。
「うわー、これはありがたいですね…それこそ大儲けできますよこれ」
「そんなにですか!?」
将軍はちょっと驚いた様子で、少し引き気味にこちらを見ていた。
「はい、私の育った村でもこれを使っている道具いくつかあったんですけど、魔晶石が切れると高いのでもう大変でして…村中の人からカンパ集めてそれでも足りないので村長である私の育ての親が借金までして買ってたんです」
「な、なるほど…」
「ほんとに大騒ぎでした…これ買い換えた後はしばらく食事の量が減ったりしたんですよ…」
「は、はあ…」
ちょっとはしゃぎ過ぎたのか、彼は驚いたようだ。
どうも魔族にとっては、この魔晶石はそんなに珍しい物ではないらしい。
将軍は思ってた以上に人間にとってはかなり貴重な品であるという事に驚いたようだ。
そして、私の感覚は魔族ではなく、人間のものなのだと改めて思い知らされた。
「しかしこんなすごい物を頂いていいんですか?」
「どちらも我々にとっては使いづらい代物ですしね。魔族であれば国内は自由に移動できますし、魔晶石を作れる魔族は、この街にはほとんどいないほど希少な存在です」
「なるほど…ではありがたく頂戴します」
カバンにそれらを入れようとした時、彼はこうも付け加えた。
「魔王様、我々としては魔王様に戻っていただき、人間に対抗できる国にしていただきたいという思いは変わりません」
彼は神妙な様子で話してきた。
「ですが、魔王様が世界を見たいとおっしゃるのであれば、我々はそれを支援いたします」
「…ありがとうございます」
「そして、いつの日か、また我々をよりよい方へと導いていただけることを祈っております」
「わかりました…私にできるかどうかは分かりませんが…頑張ってみたいと思います」
そう言って私は真剣かつうれしそうな表情をしている彼に頭を下げて部屋を出た。
そして彼は、私がその場を離れた後、一人でこうつぶやいた。
「魔王様、あなたが以前治められていた時代は、ある意味黄金時代とも言えました…反魔王派の者も、国内が豊かで平和になる事自体は否定しておりませんでした。我々は魔王様のお帰りをお待ちしております…」




