海賊ですよ魔王様
船の旅は快適だった。
「思ってたよりは揺れないんですね」
「このあたりの海は寒いのですが波はさほどでもないですしね」
「なるほど」
「それにこのサイズの船ですと、魔晶石で動く揺れを抑える装置もついてますので…」
「それはすごい」
やはり魔晶石が豊富に使える魔族の土地ではそれを用いた機構も進歩しているようだ。
以前一度だけ人間の国で船に乗った時はもっと揺れていた記憶がある。
ただ、魔族の好む味付けのしょっぱい料理だけは困った。
保存の問題もあるので仕方がないとはいえ…
「甘い物食べたいですね…」
「そうですね魔王様…」
そんな船旅の途中、ある日の昼頃に水音がして船が大きく揺れた。
何事かと甲板に出てみると、そばにもう一隻の船が近づいてきていた。
船員に聞いてみると、あの船が砲弾をこの船の前方に撃ち込んできたらしい。
先ほどの揺れはそれが原因で、かなり大きな水柱が立ったそうだ。
その為船を止めたとの事。
「???」
「どうしました?」
アンナがその船を見ながら首をかしげていた。
「あの船が砲弾を撃ってきたんですよね?」
「らしいですね」
「…なんか変ですね」
「え?」
「いえ、ここから見る限りですが、その砲弾を撃ったらしい大砲の類が見当たらないんですよ」
「あ…ほんとだ」
「側面に大砲を出す窓のような四角い板も見えますが、適当に釘で打ち付けてるだけで開くように見えませんし…」
アンナの指摘通り、大砲を撃ってきたにしては妙な部分が多い船だった。
二人で首をかしげていると、向こうの船員が渡り板を手際よくこちらの船に繋いで数名が乗り込んできた。
「よーし、この船は我々が奪った!大砲で沈められたくなければ言うとおりにしてもらおう!」
どうやら海賊のようだ。
船員やその言葉を聞いて慌てて出てきた船長はかなり驚いた様子であたふたしていた。
だが、アンナは相手の船と乗り込んできた数名の男たちを交互に見ながらやはり首を傾げ続けていた。
「やはりあの海賊たち変ですよ魔王様」
アンナが小さな声で耳打ちをしてきた。
(どういうことですか?)
(いえ、剣の持ち方とかどう見ても素人ですし、相変わらず相手の船には大砲らしき物が見えません)
テレパシーで話を聞いてみた。
(それに、もし本当に大砲で沈める気があるなら、あんな大人数で乗り込んでこないと思うのですが…)
(あ、言われてみるとそうですね。全員いちいち船に戻ってから撃たないと、乗り込んでる彼らも沈んでしまいますよね)
(はい、戻ってから大砲を出して撃つ準備をしている間に、こちらの船には逃げられるでしょうし…)
(一体どういう事なんでしょうか?)
(わかりませんが、一つ言えるのは彼らは素人の集まりでとても海賊と呼べるような連中ではないと思われます)
(なるほど…)
(いかがいたしましょうか魔王様、私が取り押さえて来ましょうか?)
そう言われて改めて彼らを見ると、よくわからないがなんとなく追い詰められてて必死な感じがした。
(いえ、下手に刺激するとかえって危険そうなのでやめておきましょう)
そして今思いついた作戦をアンナに打ち明けてみた。
(ま、またそんな大胆な事を…)
(ただ、この方法ですと大砲の有無にかかわらず彼らもこちらを脅せなくなりますしね)
(確かにそうですが…)
(もし仮に暴れ出しても、大砲の驚異が無くなるので、この船の警備員とあなたで十分対処できるでしょうし…)
(ですが、決して無茶はしないでくださいよ?)
(わかりました)
こうしてある作戦を決行することになった。
船長と相手のリーダーの方へと歩いて行ってみると、どうやら食料を要求しているらしかった。
見つからないように反対側から回りこんで渡り板の方へと向かっていったが、誰もこちらに気が付いていなかった。
(なるほど、周囲を全然警戒してないのも素人っぽい感じですね…)
そう心の中で呟いてそっと渡り板を渡って相手の船の方へと乗り込んだ。
「あ、お前いつの間に!」
しばらく甲板を歩いていると、残っていた若い男が一人やっと私に気が付いた。
「いえ、海賊って若い女性さらっていくんでしょう?ケガしたくないので先にこちらから来た次第で…」
「そ、そうか…」
とっさに思いついたデタラメの理由を言ってみたが、怪しむことなく納得したのかそのまま私から警戒を解いた。
やはり警戒心とかが無さそうな素人のようだ。
少なくとも何度も船を襲ったりはしていなさそうである。
「さて…」
船の真ん中にたどりついた。
ざっと見回すと、船尾の方に小船が見えた。
何かあった時の避難用の船だろう。
魔力の気配を探ってみると、甲板にいる3名の魔族がいるだけのようで、やはり大半は向こうの方へと渡っているようだ。
「あの、あなたたちはあの後ろの船操れるんですよね?」
まだ近くで私たちが乗っていた船の方を向いていた海賊?の男に聞いてみた。
「ああ、もちろん」
「じゃあ大丈夫ですね」
「…え?」
そして私は魔力を解放した。
「うわぁ!」
船が大きく揺れ、残っていた3名が驚きの声をあげた。
そしてそのまま甲板に魔法弾を撃ち込んだ。
あっさりと穴が開き、船底まで貫通した。
手ごたえからすると、予想通り張りぼてのようだ。
「ではごきげんよう」
そう言って3名に軽く手を振って、そのまま身体能力を向上させ、全力疾走で渡り板を渡り戻ってきた。
船に戻った直後、タイミングよく渡り板が落ちた。
沈みかけた相手の船を見ると、残っていた3名が大慌てで小船の方に乗り込んでいた。
どうやら避難はちゃんとできそうで安心した。
甲板に戻ると、音を聞いた海賊たちが全員縁の方で沈んでいく船を見ながら慌てていた。
船員たちはきょとんとした表情でその様子を見ていた。
「船を沈めるというのは、こういうことですよ」
リーダー格らしい男の肩を叩いて笑顔でそう言うと、その場にがっくりと座り込んでしまった。
それと同時に、船員とアンナが海賊たちを取り押さえた。
「さて、なぜこんな事したのか説明してもらえますか?」
そう問いただすと、リーダー格の男が説明を始めた。
皆この近くの島民だが、今年は不作と不漁が重なってしまい困っていたそうだ。
まだ2か月分ほどの食料の備蓄はあるものの、春までは持たない量だった。
そこで背は腹に変えられないと、偽の海賊船をでっちあげて、この辺りを通る船を脅して食料を得ようとしたらしい。
大砲や砲弾などは持っていないので、祭りで使う魔晶石を用いた爆裂樽を定期船の航路に浮かべて破裂させ、砲撃をしたように見せかけたそうだ。
後でアンナから聞いた話によると、魔族の国ではこのような魔晶石を用いた爆発する物を祭りで使うのは珍しくないそうだ。
地域によってサイズが異なり、アンナと出会った街では大き目のマグカップぐらいのサイズの物を祭りの開始時に使うとの事。
「事情はわかったけど海賊行為はちょっとね…」
船長はそう言うと、法律的な説明を始めた。
初犯でケガ人なども出ていないので罪は重くはないが、一週間程は牢に入らなければならないとのことだった。
その後全員を船倉に閉じ込めて近くの港に寄る事になった。
この船のコースだと本来は停泊しない予定だったが、引き渡しや手続きなどで3日ほど停泊する事になるとの説明があった。
「無事解決して何よりでした魔王様」
「ですがちょっと気の毒ではありますね」
「とはいえ法は犯していますから、その罰は受けないとダメですが」
「ええ、そうですね…」
翌朝、船は港へと到着した。
私とアンナはこれ幸いと甘い物を買い集めたりなどをした。
とはいえ魔族の街なので人間の街ほど甘い物の種類は多くなかったが…
その後役所などにも寄ったりして色々と用事を済ませて船へと戻り、その後は無事に航海が終わった。
予定より数日遅れての到着となった。
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海賊行為をした村人達が島に帰った3日後。
島に大きな船がやってきた。
「な、何か問題でもありましたか?」
偽海賊のリーダーをやっていた村長が、船から出てきた役人に恐る恐る尋ねてみた。
「いや、実は魔王様からこの村の状況を伺ってな…」
「魔王様から!?」
「ああ、何でも不作と不漁が重なって大変だと…」
「確かにそうですが…」
「そこで、備蓄している食料をここに回せという指示があったので持ってきたわけだ」
「ありがたい話ですが、魔王様はどこでこの村の状況を知ったんでしょうか?」
「さあ、我々もそれはわからなかった。何でも旅の者が持ってきた手紙にそう書かれていたらしい」
「世の中、不思議な事もあるものですね」
「ああ、全くだ」
この地を治める将軍の机には、ミレーナの字で書かれた
「沖にある島が不作と不漁で食料が足りないそうなので、法定の量の食料を送るようにしてください」
といった内容の文章と、魔王を示す魔法の刻印が刻まれている手紙が置かれていた。




