第二章 彼女視点 第一話──何気ないやりとり
彼を△△。彼女を〇〇。
読者様の名前や好きだった人の名前に置き換えてお読みください。
うまくいかない一日だった。
期末テストの順位が少し下がってしまった事、友達との小さなすれ違い。
2年生になった私はそろそろ進路も考えなくてはいけない頃になっていた。
「私の未来…」
心の中に小石のような不安が溜まって、ため息ばかりが増えていた。
落ち込みながら自転車を押して帰り道を歩いているとポケットが震えた。
画面を開けば、そこにあったのは彼からの通知。
『元気してる?』
私の悩んでいる事が見透かされているようなメッセージ。
「え?」
どこかで私みられてる?周りを見渡したが彼の姿はない。
立て続けに添えられたふざけたスタンプを見た瞬間、思わず笑みがこぼれる。
――ただそれだけで、肩の力がふっと抜けた。
(ひとりじゃないんだ) そう思えるだけで十分だった。
たった一言なのに、ほっとしてしまう。
添えられたふざけたスタンプも、まるで「元気出せよ」って肩を叩かれているみたい。
『もちろん元気! そっちは?』
と元気なのを表現したスタンプを添えて返すと、
すぐに『足がゾンビ状態。歩くのが奇跡』という返事が届いた。
ゾンビみたいに歩く彼を想像して思わず吹き出してしまう。
毎日頑張っているのにそんな風に見せない姿にいつも尊敬する。
胸の中の重たさが少しずつ溶けていく。
『それは大変だ! でも頑張ったんだね。おつかれさま』
精一杯の労いを込めた私の気持ちを笑顔の絵文字と一緒に送った。
励まし、労える相手がいてくれる事。
彼と出会ってそんな存在が私の力になっている。
早く会いたい。
自転車を押す足取りが自然と軽くなった。
いつもの合流場所で待っていると、制汗スプレーの匂いが夕風に混じって漂い、
近づいてきた彼だとすぐにわかった。
彼の姿を一目見て自然と笑顔がこぼれる。
「おつかれさま」
「うん。待った?」
「ううん、今来たとこ」
短いやり取り。それだけで今日一日の沈んだ気持ちがすっと軽くなる。
ここから数百メートルで帰る方向が別々になる。
彼はいつも私の帰り道をついてきてくれる。
部活で疲れてるはずなのに、受験勉強もあるはずなのに、いつも家の近くまで送ってくれる。
「ここまででいいよ」
私がそう言っても、俺は首を縦に振ってくれない。
「いいって。大した距離じゃないし、自転車もトレーニングの一環です」
冗談交じりで笑う彼。ポジティブな考え方すごいな。私はすぐネガティブに考えてしまうのに…。
でも、今日はその言葉に甘えたくて、静かに前を向いて隣を歩いた。
途中にあるコンビニ。今日あったことを話す口実を作るために、
「ちょっと寄ってかない?」
「うん、いいよ」
彼がそう言ってくれるのわかっててワガママを言ってみた。
「これ、新発売なんだって。どうしようかな」
アイスケースの前で迷っていると、彼が言う。
「迷ってるならチョコにしといたら? 前にバニラ選んで、後で『やっぱチョコにすればよかった』って言ってたじゃん」
「……確かに」
「あの時すごい残念そうな顔してたよね」
「……やだ、恥ずかしい」
どんな顔してたの?なんか急に耳まで赤くなっていくのが分かる。
彼は優しい笑顔でからかってくれる。
その何気ない言葉や表情に、どれだけ救われているのだろう。
外に出て並んで腰を下ろし、アイスを食べながら話す。
クラスでの出来事、テストの愚痴、友達の笑える話。
彼にはなんでも話せて気づいたら今日の上手くいかなかった事も話してしまった。
「今日は失敗ばかりだったんだ。友達にも話聞いてる?って怒られちゃった…」
「んー。それ、ちゃんと頑張ってる証拠だよ」
「え?」
「上手くいかないときって自分が成長しようとする時だと思うんだよね。よく人生には壁があるって言うじゃん?」
「うん」
「壁を乗り越えるか、せっせと穴を開けてぶち破るか、壁を観察してみたら実は横から通れたりとかさ」
彼のそういう考え方、その発想は私には絶対出てこない。だから余計に憧れる。
私は一つのことをゆっくりとしかできないから彼の思っていることや頑張る姿勢をお手本に真似してる。
もちろん上手くできないけれど、いつか彼みたいになりたいから心のノートにメモをした。
「……(いつも)ありがとう」
彼のことまた一つ知れて嬉しい。
アイスも食べ終わり、ゆっくり自転車を押しながら歩く。
次の分かれ道、今日の彼との時間が終わる場所。
「じゃあ、また明日ね」 分かれ道でそう告げると、彼は少し照れたように笑った。
「……うん、また明日」
今日で終わりじゃない。私たちにはまだ明日がある。
気持ちを前に向け、自転車に跨りペダルを回した。