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第二章 彼視点 第二話──いつもの合流場所

彼を△△。彼女を〇〇。

読者様の名前や好きだった人の名前に置き換えてお読みください。

 あの学園祭から8ヶ月が経ち、僕たちは毎日スマホでやり取りをするようになった。


 季節も変わり夏休み前。高校総体では良い結果が出せず、悔しい思いをした。


 本当ならここで引退だけど、9月には学校対抗がある。


 各種目の順位でポイントを競い、学校ごとの順位を決める大会だ。


 特に男子は一部と二部に分かれ、僕らが入部する前の年に二部へ降格したらしい。


 前の先輩方が一部昇格を目標に掲げた色紙が今も部室に貼られている。


 種目ごとに人数制限はあるが、全ての種目に登録するほど部員が多くないため、


 うちの学校の3年はこの学校対抗で引退するのが伝統のようになっていた。


 2年の秋からタイムが伸び悩んでいた僕もこの大会で結果を出そうと意気込んでいる。 


 メッセージのやり取りを終えて、スマホをポケットにしまう。 


 ペダルを踏み出し、校門を出ていつもの帰り道へ。


 曲がり角を抜けた先に、小さな公園がある。


 そこは、いつからか二人の“合流場所”になっていた。 


 どちらからともなく決まったわけでもない。


  ただ気づけば、帰り道の途中で自然と顔を合わせるのが日課になっていた。


 今日もまた、その場所に彼女の姿があった。ただ少し元気なさそうに見える。


 自転車を止め、彼女のもとへ駆け寄る。 


 目が合った瞬間、彼女はぱっと笑った。


「おつかれさま」

「うん。待った?」 

「ううん、今来たとこ」


 ――きっと少し前から待っていたんだろうな。


 そう思いながらも、僕はそれ以上言わなかった。


 並んで自転車のハンドルを握り、二人は同じスピードで歩く。


  夕焼けに染まる風が頬を撫で、どこか心地よかった。


 家は反対方向なのに、気づけば俺の足はいつも彼女の家の方へ向かってしまう。 


 ――ただ、もう少し一緒にいたいから。


「ここまででいいよ」 


 彼女がそう言っても、俺は首を横に振った。 


「いいって。大した距離じゃないし、自転車もトレーニングの一環です」 


 冗談交じり笑うと、彼女も観念したように隣を歩く。


 途中のコンビニに差しかかったとき、彼女がハンドルを傾ける。


「ちょっと寄ってかない?」 

「うん、いいよ」

 

返事は自然に口をついて出た。俺も、まだ帰りたくなかった。


 店に入ると、冷房の涼しさが汗ばんだ肌を落ち着かせる。


 前のめりになってアイスケースを覗き込む彼女が、真剣な顔で商品を見比べていた。 


「これ、新発売なんだって。どうしようかな」 

「迷ってるならチョコにしといたら? 前にバニラ選んで、後で『やっぱチョコにすればよかった』って言ってたじゃん」

「……確かに」

「あの時すごい残念そうな顔してたよね」 

「……やだ、恥ずかしい」

 彼女が赤くなってうつむく。


 その姿が可愛くて、胸がくすぐったくなる。


 会計を済ませて外に出ると、夜の気配が街灯の下に広がっていた。 


 コンビニの隅に自転車を寄せて腰を下ろし、アイスを食べながら他愛もない話を続ける。


 クラスでの出来事、部活のこと、女子マネの面白話。ちょっとした噂話。


「今日は失敗ばかりだったんだ。友達にも話聞いてる?って怒られちゃった…」

「んー。それ、ちゃんと頑張ってる証拠だよ」

「え?」

「上手くいかないときって自分が成長しようとする時だと思うんだよね。よく人生には壁があるって言うじゃん?」

「うん」

「壁を乗り越えるか、せっせと穴を開けてぶち破るか、壁を観察してみたら実は横から通れたりとかさ」


 そう言うと、彼女は少し驚いた顔をしてから、小さく笑った。 


「……ありがと」


 どれも取るに足らない会話のはずなのに、彼女が笑うだけで、自然と頬が緩む。


 最近彼女のちょっとした表情で気持ちが見分けられるようになってきた。


 待ち合わせた時の嬉しそうな笑顔。


 恥ずかしそうに俯いたときに見える、照れ隠しの表情。


 アイスを食べるときの無邪気な横顔。


 何かに悩んでいるときの、かすかな強がり…。


 どれも自分に向けてくれた笑顔だから、全部が愛おしいという気持ちになる。


 何に悩んでいるのか、詳しくは聞かない。


 会話の中や表情、彼女の気持ちを察することができるようにしたい。


 一緒にいることで重くならないようにしていた。


 アイスを食べ終えて、再び自転車を押しながら、街灯に照らされた道を進む。


 やがて分かれ道が見えてくる。 ここから先は、本当に僕の家と彼女の家が逆方向になる場所だった。


「じゃあ、また明日ね」 


 彼女が笑顔でそう言う。


「……うん、また明日」 


 その言葉に返すだけで、名残惜しさを胸にしまい、前へ踏み出せる。


 どれだけ練習で疲れていても、勉強で追い詰められていても――。 


 彼女が笑って「また明日」と言ってくれるだけで、全部報われる気がした。


 彼女がペダルを踏み出していく後ろ姿をしばらく目で追い、俺も逆の道へとハンドルを切った。


 ――その笑顔があれば、明日も走れる。


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