第二章 彼視点 第一話──夏休み前の僕ら
彼を△△。彼女を〇〇。
読者様の名前や好きだった人の名前に置き換えてお読みください。
放課後のグラウンド。 青とオレンジが溶け合うグラデーションで染まった空。
アスファルトの焼けたような匂い。
日が暮れる前でも気温が高く、これから来る夏の暑さが恐ろしく感じるくらい蒸していた。
期末テストも終わりもうすぐ夏休みがやってくる。
走り込みを終えたばかりの身体はまだ熱を帯びていたが、
汗ふきシートで顔や首筋を拭き、制服に着替えると少しだけ落ち着いた。
「おつかれー。今日、めっちゃ走ったな」
「お前とのラスト一本、ヤバすぎ。あれだけ走ったのになんでラストあんなに元気なん!おかげで明日絶対筋肉痛だわ」
「俺からのプレゼントー」
「いらねーよ!」
くだらないやり取りに笑いが弾け、練習の疲れが軽くなる。
仲間より先に部室を出て校門へ向かおうとした時。
顧問の先生の用を済ました女子マネが前からやってきた。
「先輩!お疲れ様です!」
「マネージャーもお疲れ様!」
「夏休みも合宿あるんで頑張りましょうね!」
「あのキツい合宿ね。楽しみにしてる(苦笑)」
「…そういえば先輩、進路はどうするんですか?」
「進学するよ。××大が第一志望」
「…そうなんですね。じゃあ勉強も頑張らないとですね!」
「こう見えて勉強は嫌いじゃないからね!」
「成績優秀な人の感覚がわかりません」
そんな話を軽くして別れた。
合宿も今年で最後か。去年や一昨年の事を思い出しながら校門近くの自転車置き場へ向かった。
ポケットからスマホを取り出し、親指で画面を開く。
打ち込んだのは、たった一言。
『元気してる?』
毎日顔を合わせているのに、わざと送ってみた。
――まるで久しぶりに会う人に声をかけるみたいに。
照れ隠しのように、ふざけたスタンプを添えて送信した。
送信ボタンを押してから、ほんの数秒。
スマホの画面に「既読」の文字が浮かぶ。
すぐに返ってきたのは、元気そうな顔のスタンプと、短いひと言。
『もちろん元気! そっちは?』
(……やっぱ、こういうの嬉しいよな)
画面を見つめながら、不意に頬がゆるむ。
「疲れた」とか「きつかった」とかは言いたくない。
だから、ふざけた返しを打ち込む。
『足がゾンビ状態。歩くのが奇跡』
またすぐに返信が届く。
『それは大変だ! でも頑張ったんだね。おつかれさま』
添えられた絵文字の笑顔が、彼女の表情と重なるように思えた。
ただのやり取り。なんでもない会話。
どれだけ疲れ果てた一日でも、彼女の笑顔ひとつで世界が夕焼けみたいに鮮やかになる。